15 ダンジョンの無自覚な悪魔
『裂け目の処置をしても反応は残る? 反応、さらに増大。協会に連絡、急いで』
陣内さんも困惑しているようだ。
俺もこの感覚を不思議に思い、このままに残ることにした。
嫌な予感がする。空気が重く、粘りつくようだ。
「気が激しく乱れています……近隣のかたは避難の準備を」
『は?』
『え?ガチ?』
『気?』
『避難指示は出てるけど?』
「避難指示の出る範囲が広がるかもしれません」
そして──次元の裂け目は閉じないまま、急速にその姿を変えていった。
周囲の空間が歪み、高架下のコンクリートが植物の蔓のようなものに侵食されていく。
ダンジョン化。
最悪のシナリオだ。
裂け目の中心から、これまでのエネミーとは明らかに格の違う存在が這い出てきた。
外見は、巨大な花と女性の身体が融合した、アルラウネのような姿。
まるでゲームから出てきたようだ。
その瞳には明確な知性が宿っている。
複数のエネミーを従えた、使役系の高知能個体だ。
『まずいこれ』
『学生が相手していいやつじゃないだろ!?』
『警報変わった!』
本来、ダンジョンのエネミーは、プロヒーローや自衛隊の専門部隊が処理するレベルの脅威度だ。
俺たちはまだ学生。その成長途中の心に、拭いきれない傷を負わせないために。
しかし、エネミーが逃がしてくれる様子は……ない。
上半身の女性が唇を歪めて笑う。
「幾度かの侵攻でそなたらの傾向は掴めておる。くひくひくひ、蕾に戦場を任せるなど──油断が過ぎたな、人間ども」
怪物が俺たちの言葉を流暢に話す。
鳴神さんが銃を構え直すが、その指先が微かに震えている。他のみんなもそうだった。意思の疎通ができる相手に攻撃を加えるのは、躊躇しても当然だ。
「侵攻用の拠点はいただいた。今日は挨拶だけにしておいてやろう。恐怖に震えて短い平和を噛みしめるのだな、くひくひ」
エネミーは傲慢に告げると、従えていたエネミーを俺たちにけしかける。そして次元の向こう側に去って行った。対人戦闘なんてしたことがないだろうみんなは、ショックを受けているようだ。
会話できる相手に暴力を振るうのはな……。
「ですが──これくらいなら私にお任せあれ!」
誘拐事件がこんな時に役立つとはね。
手に残るあの嫌な感触は忘れてはいないが、あえて明るく行こうじゃないか!
俺はこの植物型触手エネミーに、攻撃が通ることを願いながら踏み込む。
「ふんっ! あ、イケますイケます。柔らか仕上げですから、片付けちゃいましょう」
ヴォーンヴォーンとリズム良く退治していける。
「ぎ、銀髪さん!? ううん、そうだね。エネミーを処理しないと!」
うむっ。みんな動き出して、サクッと解決。配信のチャット欄も、いつもの雰囲気が戻ってきた。
ヒーローは安心を届けなくてはな!
あとはヒーロー協会が今後のことを決めるだろう。
なので俺は未解決の魔法陣みたいなのに乗ってみることにした。
ボス個体が帰っていったヤツだしな。
「ダンジョンの向こう側、凄く気になります! 私」
「「「え?」」」
『ん?』
『え?』
『は?』
『ちょ、なにしてんの?』
『ん?』
『ん?』
「ちょっと行ってきますねー」
魔法陣が眩い光を放ち、視界がぐにゃりと反転する。次の瞬間、目の前に広がったのは美しい未知の世界だった。
巨木がそびえ立ち、空にはパステルカラーの雲が流れている。
そんな幻想的な空間の中で、さっきまで人類への宣戦布告をのたまっていた高知能個体アルラウネが、急に生活感溢れる呟きを漏らしていた。
「日報も書き終わったし、お仕事完了~。はーぁあ、疲れた。早くニョロちゃんたちにご飯あげ──」
どうやら彼女の言うお仕事とは、俺たちの世界への侵攻のことだったらしい。もちろんカメラの向こうのリスナーにも、この光景はリアルタイムでお届けされておりますぞ。
「なんでいる!?!?」
『なにしてんの!?』
『ばかなのしぬの?』
『なにやってんの!!』
「ここがダンジョンの向こう側ですか。ご覧ください、リスナーのみなさん! 異世界ファンタジーが広がってますね! うわあ、テンション上がりますよこれは!!」
異世界転生の気分を味わえるとは、とてもラッキーだな。
俺はカメラに向かって最高にキュートな営業スマイルを浮かべつつ、優雅に一礼してみせた。
「あ、趣味で配信をしているものですが、お邪魔してもよろしいですか?」
「いいわけがないだろうが!?」
『いくない』
『いくない』
『いくない』
「あ、異世界転生じゃなくて転移でしたね」
「なにを言っている!!」
『なに言ってんの!?』
『お前ガチでえええええええ!!』
そういえば異世界転生って思っただけだったか。
スマンスマン。
ところで──
「ニョロちゃんたちというのが、チョット気になってます。私」
『聞かぬ』
『聞かぬ』
『聞かぬ』
『聞かぬはいいから・・カエレ!』
「おい貴様っ! なにが目的だ!!」
アルラウネが鋭い蔓を威嚇するように波打たせるが、俺の関心はすでに柵の中の凶悪なエネミーたちに向いていた。
ペット感覚でエネミーを飼育しているとは、さすがは使役系の高知能個体。
だが、いくら私生活が微笑ましくとも、エネミーは侵略者であり、人類の敵なのだよ、諸君ッ。ここで見過ごせば、また日本が危険に晒されることになる。
今できる最善の備え。
それは害をなす可能性のある脅威を、未然に摘み取ることだ。
「触手エネミーのことなんですかねえ? だとしたら処分しておいたほうが安全……ですか」
「ま、まさか……? お、おいやめろ!」
俺は腰を落とし、氣を静かに練り上げる。
「発勁でどうにかなる柔らかさでしたので、処理しておきましょう」
「ちょっと! やめてお願い!!」
「そいそいテヤふんふんっ!」
俺はの発勁コンボを決める。
PPG前PGのリズムでイケるのだ。
題して『秘奥義! 瞬間──心、たぎらせて』である。
心のマッチョも、ちゃんと鍛錬すればエネミーにも効くようになるのさ。
「ああああニョロランんんっ! ニョロユリィいいいっ!」
ヴァムゥゥゥゥンッ! ムンッムンッ!!
圧縮された破壊の波紋がエネミーを包む。
空間がねじりこんにゃくのように、ぐんにゃりと歪む。
「ていていソイふんふんっ!」
ヴァムォォヮゥッ! ムンッムンッ!!
柵もろとも、中にいた凶悪な触手エネミーたちが、文字通り跡形もなく消し飛んでいく。
「うわあああああ! うわあああああぁぁぁっ!?」
『ちょww』
『カワイソウwwww』
『やめたげてよww』
『ああ・・・』
『もう映画より意味不明なカンフームーブ』
『可哀想になった』
『ごめんねエネミー・・』
『銀髪さんは話聞かないんだ・・・』
『泣いちゃった』
チャット欄はなぜかエネミーへの同情で埋め尽くされた。
おかしいな。俺はヒーローがその気になれば再現できる、簡単な技を披露しただけなのだが?
「殲滅完了。さすがに会話可能なエネミーを、私の独断で処理できませんので帰ります。さっきの魔法陣から帰れますよね?」
「ぐずっ……うん……どっかいけ悪魔」
「私は清楚枠ですが?」
『悪魔w』
『悪魔』
『エネミーないなった』
『汚清楚悪魔』
『悪魔w』
『タグが増えたw』
『悪魔も納得の所業だった・・・』
『清楚の要素あったか?』
『も、もうこないでね?危ないからね?』
「むむぅ、リスナーまで。心外な」
俺はどこからどう見ても、ヒーローの輝きを愛する清楚な銀髪の美少女だが?
「まあいいでしょう」
『かわいそう』
『かわいそう』
『かわいそう』
俺は開いたままの魔法陣へと飛び込んだ。
俺が帰還すると、次元の隙間も消えてダンジョン化が解けたようだ。どうやらあのボス個体は侵略を諦めたようだな。
高架下の見慣れたコンクリートの景色が戻り、禍々しい植物の蔓は塵となって消え去っていく。今日もヒーローの尊さを世界に届け、ついでにダンジョンの向こう側も配信できた。
「実に見事な大勝利ですね! って、あれ?」
周囲を見渡すと、そこには武器を構えたまま呆然と立ち尽くす鳴神さんや、他のクラスのヒーローたち。そしてジト目を極めた陣内さんの姿があった。
あ、やべ。
「そ、相談しないで行動してしまいました……ね?」
『そうじゃないw』
『ちがう!』
『そこじゃねええええ』
報連相ができてないのは……非常にマズいぞ?
「えっと、そ、それではみなさん、ごきげんよー。チャンネル登録、グッドボタン、よろしくお願いしまぁ~す」
俺はカンフーの特殊な歩法を使って、最速で戦闘区域から離脱する。
正体を知りたがってる人は多いしな。
事後報告がまだっぽかったので、今のうちに撤退だ。
「捕まえてーっ!!」
『逃げたw』
『戦略的撤退』
『逃げんなコラ!』
「待てぇー! 銀髪さん、なにしてるのよ!?」
逃げ出した俺に、そんな声がかけられた。
ちなみに陣内さんからは「逃がさない」とだけ……メッセージが送られてきた。
鳴神さんも一緒に来るだろうなあ。
2人は家も知ってるし。




