11 とてもとても酷いこと
子供の鳴き声。男の怒鳴り声。
撮影現場なんかじゃあない。
僕のすぐ目の前にある、ドラマのような現実の光景。
薄暗い倉庫の床に、僕たちは両手両足をロープでがちがちに縛られて転がされていた。
「ガキの命と金。どっちを取るかなんて分かってるよな?」
『分かっている! 頼む、子供たちは無事か!? 声を聞かせてくれ!』
凄く取り乱したお父さんの声が、スマホのスピーカー越しに響いていた。
「おい、ガキ。ほら、なんか喋れ!」
頭を乱暴に掴み上げられ、口に貼られていた粘着テープを強引に剥がされる。
身代金目的の誘拐だってことは僕でも分かった。
「ううっ」
だってテレビで見たことがあるから。
隣には凄く怖がってるカグヤが、顔を涙でぐしゃぐしゃに濡らしながら震えている。
まだ小っちゃいカグヤ。
助けが来るまで……僕が守らなきゃ。
「お、お父さん! カグヤは無事だよ! お腹空いたけど、だっ、大丈夫だから!」
精一杯の強がりを振り絞って伝える。
隣でカグヤが、声を殺して泣いているから。
カグヤに大丈夫って伝えたいから。
ヒーローは、絶対に来てくれる。
「よし、聞こえたな高千穂の旦那。あとは1時間後に指定する場所へ、約束の2億を持ってきてもらおうか。いいか? お前だ、旦那。男のお前が、来い。子供を奪われた母親は強いもんだろう?」
犯人の男は冷たく笑って、通話を切った。
だけど、ヒーローの力を怖がってる。
だからお父さんを呼んでる。
どうしたらいい?
カグヤに声をかけてあげたい。でも犯人たちの機嫌が悪くなったら、ヒドイことされるかもしれない。それに電話を切った男は、僕たちをジッと見ているから、余計なことはできない。
「なあ、このガキどもはどうするんだ? 売りか?」
奥からぞろぞろと、犯人の仲間が出てくる。
「証拠は残さねえよ」
「身代金の2億と依頼料。しばらくは遊んで暮らせるさ」
「今頃は別チームがボディスーツの設計図も手に入れてるだろうさ」
「はっは! 高千穂の子供だったことを後悔するんだな、ガキンチョ」
「受け渡しのときに高千穂を始末して終わりだ」
リーダーらしき男が、手入れしていた銃をガシャンと鳴らして、満足そうに眺めた。
殺される。
僕の頭でも、それははっきり分かった。
横を見るとカグヤが凄く怖がってて、短くて変な呼吸を繰り返してる。小っちゃい身体をもっと小っちゃく縮めて、必死に僕にすがり付いてくる。
カグヤが死んじゃう。
僕が……。
僕が──守らなきゃいけない!
胸の奥から、どろりとした熱い塊がせり上がってくるのを感じた。
その瞬間なにかのスイッチが切り替わった。
世界が認めてくれた、僕だけの力。
性別反転……?
縄で縛られたままの僕の身体が、一瞬にして形を変える。
まだ小3の、ただの普通の女の子。
だけど、女の子の姿になった瞬間、僕の全身に爆発的な力が宿った。
バツンッ!
力を込めると僕をしばっていた頑丈なロープが、凄く簡単にちぎれた。
「あぁ!? なんだお前、なんで縄が──」
びっくりする誘拐犯たち。
僕は一歩を踏み出した。
頭に浮かんでいたのは、テレビで見た大好きなヒーローの姿。
ヒーローは悪をやっつけていいんだ。
カグヤを傷つけようとする悪い奴らは、みんなブッ飛ばしていいんだ!
コイツらがカグヤを怖がらせたって思ったら、僕の中の「怖い」がなくなった。
悪者は、僕がやっつける。
「カグヤに近寄るなぁぁっ!」
「てめゲぶェッ!?」
僕のパンチが、大人の男のお腹にめり込む。男の巨体がまるでトラックに撥ねられたみたいに真後ろへ吹っ飛んで、凄い音が倉庫に響いた。壁にぶつかって、骨が砕ける嫌な音を立てた男はそのまま意識を失った。
「ば、化け物か!?」
別の悪者が引きつった顔でナイフを抜いた。動きは凄くゆっくりだ。
カグヤを守るって決めたせいか、僕の心は完全に攻撃的になっていた。向かってくる男の腕を強引に掴んで、床へ投げつける。
男は白目になって、たくさん血を吐きながらピクピクし始めた。
「はぁ、はぁ、はぁ……次……」
「冗談じゃねぇぞ! 男じゃなかったのかよ! ガキィ!!」
残りの悪者たちが、喚きながら僕に銃を向けてくる。
でも見える!
動きがゆっくりだから!
だけど、1個の銃が、ゆっくり、カグヤに向けられた。
「カ、カグヤ!!」
「うーー、うーーーっ」
ゆっくり、弾がカグヤに飛んで行く。
そのとき、倉庫の頑丈な鉄扉が、外側からもの凄い勢いで吹き飛ばされた。
バチュイィィンッ!!
弾が扉で弾かれる。
「おいおい、派手にやってるねぇ! 大丈夫かい、おチビちゃんたち!」
モワモワのホコリの向こうから現れたのは、お祭りのときみたいな派手な服を着たお姉さん。
「あとはアタイに任せときな!」
お姉さんは、あっという間に残りの悪者をやっつけてしまった。
「す、凄い……」
お姉さんは床に転がる犯人2人と、女の子の姿で立ち尽くす僕を交互に見て、全部が分かったような苦笑いをした。
「なるほど、お前さんがやったのか。たいしたもんだ。でもさ──」
お姉さんはトコトコと俺の前に歩み寄ると、僕の頭を乱暴に、だけどとても優しく撫で回した。
「アタイなんてまだひよっこさ。お前さんのほうがスゴイ。命懸けで妹を守って、本当に偉いな! でもな、まだまだ危ないから、こういうお祭り騒ぎはヒーローに任せときな」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた緊張の糸がプツッて切れた。
全身から力が抜けてしゃがみ込む。
「くぅぅぅっ……ひーろー、凄いっ、本当に凄いよぉ……!」
僕の中の「怖い」が戻ってきて、声を上げて大泣きした。本物のヒーローの圧倒的な強さと、包み込むような優しさで、僕は凄く感動していた。ようやくロープから解放されたカグヤも、僕にしがみつきながら目を輝かせてる。
「おにぃちゃんも……おねぇちゃんも、すごかったっ!」
僕は──カグヤのヒーローになれたみたいだ。
◆
あかねさんの圧倒的な破壊力での突入シーンは、幼い俺たちの心に強烈な印象を焼き付けた。
この事件をきっかけに、俺はカンフーの世界にのめり込んでいくことになる。俺の固有能力は変身しかない。炎を出せるわけでも、雷を操れるわけでもない。
ただフィジカルが上がるだけなら、その力を100%活かすための技術、そして変身が使えないときのための自衛手段が必要だと痛感したからだ。
高千穂、誘拐。
今でもネットで検索すれば、当時の身代金目的の誘拐事件の記事がいくつかヒットする。
だからこそ、俺たちは身バレを防ぐために、父方の『高千穂』の名字ではなく、母方の『小柴』を名乗って生活しているのだ。
高千穂夫妻。
俺の両親は、ヒーロー用ボディスーツを開発した業界の有名人だからなあ。
「今ならウチだけで退治できっかんね!」
「ライバル企業はあのあとすぐ潰れたし、もう俺たち家族が襲われることはなさそうだけどな」
両親は今でも海外にある大手メーカーの本社で、最先端のヒーロー用ガジェット研究のチームリーダーとして働いている。
8年前のあの日、ヒーローに救われた俺たちは、今もそれぞれの方法で、ヒーローへの憧れを追い続けていた。
「とても衝撃的だった。その話」
「う、うん。どうしてそんなにヒーローを推すのか聞いただけだったのに」
あかねさんは当時、まだ高校2年生だったというのに本当に素晴らしい活躍だった。
だから動画にしたかったんだよな。
今からでも過去に戻れたなら絶対撮るというのに!
というのを語ったら、俺のライブ配信の熱を分かってもらえたようだ。
「つまり、兄のたぎる思い、止まらない」
「止まらぬ!」
「だね☆」
「そ、そうだね、無理そう……だなあ」
「アクティブ・ノイズキャンセリング・サイレンサー、マスクに付ける」
陣内さんの閃きは、とてもとても鋭く、とてもとても酷いものだった。
「それではヒーローの素晴らしさをお届けできないではないか! 却下である! 却下である!」




