↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『無能と追放された令嬢、辺境の強面料理人に拾われる。極上ご飯と規格外の溺愛で満たされ、私を捨てた国は親友が滅ぼすそうです』  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/41

EP 8

炎上神の罠と、子供の悲鳴(最凶の覚醒トリガー)

 二人が心を通い合わせ、深く抱きしめ合った夜から一夜が明けた。

 ポポロ村の朝は、いつも通り爽やかな風に包まれていた。だが、『鬼龍』の厨房には、ほんの少しだけ、くすぐったくて甘い空気が漂っていた。

「……おはようございます、龍魔呂さん」

「……おう。おはよう」

 私が少し照れくさそうに挨拶すると、龍魔呂さんもぶっきらぼうに返しつつ、視線をスッと逸らした。

 昨晩、彼の腕の中で泣きじゃくりながら「ずっとそばにいる」と約束したことを思い出し、私の頬は火のつくように熱くなる。彼の方も、耳の裏が少しだけ赤い。

 無言のまま隣に立ち、二人で朝の仕込みを始める。

 彼が包丁で小気味よい音を立てて野菜を刻み、私が鍋の火加減を見る。手が触れ合うほどの距離。時折、彼が「そっち、熱いぞ」と私の手を庇うように腰に手を回してくれるたび、心臓が跳ね上がってどうにかなりそうだった。

(私、本当に……この人の特別になれたんだ)

 作ってくれた朝食を二人で向かい合って食べる。

 いつもの食事の風景のはずなのに、彼の淹れてくれたポポロ・コーヒーの香りが、今までで一番甘く感じられた。

 ――そんな穏やかな朝のひとときが、永遠に続けばよかったのに。

「きゃあああああっ!!」

「だ、誰か助けてくれぇっ!!」

 突如として、村の広場の方角から、悲痛な叫び声と建物の崩れるような轟音が響き渡った。

「な、なんだ……!?」

 龍魔呂さんがコーヒーカップをガタンと置き、立ち上がる。

 私も慌てて彼に続いた。ユイちゃんは昨晩のうちに「神界で急な野暮用ができちゃった。すぐ戻るね!」と言って、姿を消していた。今は、頼れるのは龍魔呂さんだけだ。

 二人で店の外に飛び出すと、村の広場には黒々とした煙が立ち昇り、異形の怪物たちが村人たちを追い回していた。

「な……なんですか、あれは……っ!?」

 私が息を呑んだのも無理はない。

 そこにいたのは、機械の装甲と巨大な虫の身体が融合したような、悍ましい姿の怪物たちだった。酸を吐き出す巨大な蟻(ネクロアント)や、空を飛び毒針を射出する蜂(ネクロワスプ)。それらは、神蟲魔大戦の遺物とされる『死蟲軍(ネクロバグ)』だった。

 そして、その怪物たちを統率するように広場の中央に立っていたのは――。

「ふははははッ!! 見ろ、大聖女リリアナ! これが神から授かった真の力だァ!」

 目を血走らせ、狂ったように笑っているのは、昨日龍魔呂さんに脅されて逃げ帰ったはずの、エスター王国の『騎士隊長』だった。

 しかし、彼の様子は昨日とは全く違っていた。白銀の鎧はどす黒く変色し、全身から悍ましい黒いオーラを立ち昇らせている。

(あんな禍々しい力、普通じゃない……っ!)

 神界のモニター越しにこの惨劇を眺め、嗤っている存在がいることを私たちは知らなかった。

 ゴッドチューブのPV(視聴率)を稼ぐためなら何でもする『炎上神ワイズ』。彼が、昨日の失態で絶望していた騎士隊長に目をつけ、裏から『加護』と死蟲軍を与え、わざとこの村を襲わせたのだ。

「あの馬鹿。昨日命を拾ってやった恩も忘れ、また戻ってきやがったか」

 龍魔呂さんが低い舌打ちをし、私を背に庇うように前へ出た。

 だが、騎士隊長は勝ち誇ったように狂気的な笑みを浮かべ、その手に持っていた剣を、足元に突きつけた。

「う、うぇぇぇんっ! おじちゃぁぁんっ、助けてぇっ!」

「――ッ!!」

 騎士隊長の足元で、泥に塗れて泣き叫んでいたのは、村の子供――私がよく一緒に遊んであげていた、五歳の小さな男の子だった。

 ネクロアントの鋭い鎌に押さえつけられ、身動きが取れない状態で、恐怖のあまり大泣きしている。

「卑怯者……っ! 子供を人質に取るなんて、騎士の誇りはないのですかッ!」

「黙れ! 俺の騎士としての誇りは、昨日この飯屋の男に完膚なきまでにへし折られたのだッ! お前らを無惨に殺すためなら、子供だろうが赤子だろうが使ってやる!」

 騎士隊長は狂ったように喚き散らした。

 私は怒りで体が震えた。あんな小さな子に剣を向けるなんて。

 龍魔呂さんは、無言のまま、ゆっくりと騎士隊長に向かって歩み出た。その姿は、昨日のように赤黒い闘気を纏ってはいない。ただ、静かに、ひどく冷たい声で言った。

「……その子から手を離せ。今すぐ離せば、一思いに殺してやる」

「ハッ! 誰が離すか! 貴様の強さは異常だ。だが、このガキの命がどうなってもいいのかァ!」

 騎士隊長はそう叫ぶと、これ見よがしに、持っていた剣の切っ先で、男の子の細い腕を浅く切り裂いた。

「痛いっ!! ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」

「ふはははは! いい声だ! どうだ、一歩でも動けばこのガキの首を刎ねるぞッ!」

 男の子の腕から、赤い血がツツーッと流れ落ちる。

 子供の悲鳴。

 恐怖と痛みに歪んだ、助けを求める泣き声。

 ――その瞬間だった。

 ピタッ、と。

 龍魔呂さんの足が止まった。

 彼の背中を見ていた私は、異変に気がついた。

 龍魔呂さんの肩が、小刻みに震えているのだ。

「……え?」

 横顔が見えた。

 彼の顔面から、全ての血の気が引き、蒼白になっていた。

 見開かれた瞳の孔は極限まで縮小し、光という光が完全に消え失せている。

『ユウッ!!』

 彼の脳内で、何かが弾ける音がした。

 子供の悲痛な叫び声。それは、彼が守りきれなかったたった一人の弟・ユウが、地下格闘場のゴミ捨て場で息を引き取る直前に上げた、最期の泣き声と完全に重なり合っていた。

 龍魔呂さん最大の弱点。

 そして、絶対に触れてはならない『最凶の覚醒トリガー』。

「……ぁ……」

 彼の口から、カハッ、と空気が漏れた。

 次の瞬間。

 ドゴォォォォォォォォォォッ!!!!!!

 世界が、真っ暗に塗り潰された。

「ひっ!?」

「な、なんだッ!?」

 太陽の光が遮られたわけではない。

 龍魔呂さんの左手、薬指の『鬼王の指輪』から、昨日とは比べ物にならない――天を突くほどの、濃密で巨大な『赤黒い闘気』の嵐が噴き上がったのだ。

 それはまるで、地獄の釜の底から溢れ出した呪いそのもの。

 闘気は空を覆い尽くし、ポポロ村全体を赤黒い闇へと沈めていく。

「龍魔呂、さん……?」

 私が震える声で呼んでも、彼は振り向かない。

 昨晩、私の手を取って「俺の居場所は地獄だ」と泣きそうに笑っていた、不器用で優しい彼は、もうそこにはいなかった。

 理性を完全に消し飛ばし、ただ己の目の前にある「悪」を、文字通り根絶やしにするためだけに存在する、殺戮の自動機械。

 伝説の処刑人『死を呼ぶ四番(DEATH4)』への、完全なる覚醒だった。

「……【排除(キル)】」

 機械のように抑揚のない、地獄の底から響くような声。

 その声を聞いた瞬間、騎士隊長と死蟲軍の怪物たちは、本能的な死の恐怖に凍りつき、一歩も動けなくなった。

 龍魔呂さんの足元から、放射状に地面がひび割れ、周囲の小石が重力を失ったようにフワフワと宙に浮き始める。

 ただ一人の男から放たれる殺意の質量が、物理法則すら歪め始めていた。

 世界で最も恐ろしい『死神』の処刑が、今、始まろうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。