EP 10
アイドル・リーザの【貧乏神】降臨(強制徴収ライブと無課金勇者)
「ふふふっ。あなたのその汚いお金、そしてその薄っぺらいステータス。……私の『お賽銭箱』に、ぜーんぶ投げ込んでもらいますわよ♡」
月明かりに照らされた、えぐり取られた大地の中心。
ボロボロになった課金勇者ゼロスの前に立ち塞がったのは、ルナミスデパートの特売品である臙脂色の芋ジャージを着て、足元に健康サンダルを突っかけた美少女――リーザ・シーラン・リヴァイアサンだった。
「は……? なんだ貴様は! どこから湧いて出た、その薄汚い乞食女!」
ゼロスは、リーザのあまりにもチープな格好を見て、鼻で笑った。
「そのふざけたサンダルとジャージ。俺のこの白銀の鎧の、留め具一つの価値もない貧乏人が! 俺の有り余る財産を奪うだと? 笑わせるな、俺には神のバックアップである無限の資金が――」
「あら、乞食とは失礼な。私はしがない『地下アイドル』ですわ」
リーザちゃんは、どこからともなく取り出した『みかん箱』を地面にコトンと置き、その上にピョンと飛び乗った。
「それに、お忘れですか? アイドルというのは、ファンの皆様の『時間』も『心』も、そして『全財産』も……すべてを笑顔で奪い尽くす、最高に強欲な存在なんですのよ?」
リーザちゃんが、手作りのマイク(先端に丸めた新聞紙が付いている)を握りしめ、ウインクを決めた。
その瞬間。
彼女の背後に、ズゴゴゴゴォォォッ!! という不気味な地響きと共に、巨大な木製の物体が地中からせり出してきた。
「なっ……なんだあれは!?」
ゼロスが目を見開く。
それは、神社に置いてあるような巨大な『お賽銭箱』だった。しかし、そのお賽銭箱には、掃除機のような極太のホースと吸引ノズルが取り付けられており、周囲の空間を歪ませるほどのドス黒い重力場を形成していた。
これこそが、リーザちゃんのユニークスキル【貧乏神】の具現化――『お賽銭箱型掃除機』である。
相手の能力、運気、全財産、電子マネー、隠し財産に至るまで、すべての『資産』を強制的に没収し、この世から消滅させるという、資本主義社会における最悪のチートキラー能力だ。
「さぁ、哀れな成金勇者さん! 私のステージ(搾取)の始まりですわ! 歌います、私のデビューシングル……『Love & Money』!!」
リーザちゃんがみかん箱の上でステップを踏み、人魚姫としての魅惑の歌声を響かせ始めた。
『愛!アイ!愛!アイ!ラ〜ブラブ!
マネー!マネ!ローン!ダーリン!グ!』
その歌声は、腐っても本物の人魚姫のもの。
聞く者の心を強制的に惹きつけ、判断力を奪い、愛と熱狂の渦へと引きずり込む魔のセイレーンボイス。
「ぐっ……な、なんだこの歌は……!? 頭が、ボーッとして……っ」
ゼロスが頭を振り、耳を塞ごうとするが、リーザちゃんの歌声は彼の脳内に直接響き渡る。
『さぁショーの始まりよ (It’s Show Time!)
のんびりな私は 1LDKに置いて行くわ (バイバイ!)
扉を開ければ 私が主人公 (オ・レ・の! アイドルー!)』
「や、やめろ……俺は光の勇者……俺の、俺の金が……っ」
ゼロスが抵抗しようとしたその時。
背後の『お賽銭箱型掃除機』のノズルが、彼に向かって一直線に伸び、凄まじい吸引力を発揮し始めた。
――ギュイィィィィィィンッ!!!!
「ぎゃあああああっ!?」
ゼロスの懐から、エンジェルすまーとふぉんが宙に浮き上がり、ノズルの前に固定された。
画面には、炎上神ワイズの裏口座と直結している莫大な電子マネーの残高が表示されていた。
しかし、掃除機の吸引が始まると同時に、その数字が恐ろしい速度で減り始めたのだ。
『99,999,999,999』
↓
『50,000,000,000』
↓
『300』
↓
『0』
「あぁぁぁぁぁっ!? 俺の口座残高がァァァッ! ワイズ様からの軍資金が、一瞬でゼロにィィッ!?」
ゼロスが血涙を流して絶叫する。
しかし、貧乏神の搾取は『お金』だけにとどまらなかった。
『今日も私の為に世界が動く (まわって!まわって!)
全て上手くいくわ (絶対!)
愛も富も一つの物 (どっちもちょーだい!)
ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪ (Want You! Want You!)』
みかん箱の上で、リーザちゃんが可愛らしくターンを決める。
そのアイドルスマイルの奥には、「お前のすべてを寄越せ」という底なしの強欲が燃え盛っていた。
ギュイィィィィンッ!!
お賽銭箱型掃除機が、今度はゼロスの肉体から発せられていた『黄金色のオーラ』を吸い込み始めた。
「な、なんだ!? 俺の力が……俺が課金で買った、100倍のステータスが吸い出されていくッ!?」
ゼロスのユニークスキル【マネー】は、あくまで『資金』をステータスに変換する能力だ。
つまり、彼の筋力も、魔力も、絶対防御の盾も、すべては『資産』の一部。貧乏神の没収対象に完全に引っかかっていたのである。
「や、やめろぉぉっ! 俺のレベル100の腕力が! 光の速さの俊敏性が! 返せ、俺の課金バフを返せェェッ!」
黄金のオーラが掃除機に吸い込まれるたびに、ゼロスの身体が急激に重く、貧弱になっていく。
さらに。
ズボォッ! ポロォッ!
「あべっ!?」
ゼロスが履いていた『特注の5センチ厚底ブーツ』のインソールが掃除機に吸い込まれ、彼の身長が一気に縮んだ。
続いて、ルナミス帝国で高額を叩いて入れた『インプラントの白い歯(差し歯)』までが、スポポポーンッと連続で抜け飛び、掃除機の中へと消えていった。
「あ、あがぁっ……俺の、俺のイケメンフェイスがぁぁ……ふんがぁぁっ」
差し歯が抜け、口元がフガフガになり、身長も縮んでただのチビになったゼロス。
彼が纏っていた白銀の鎧も、魔力を失ってただの重い鉄クズと化し、その重みに耐えかねた彼自身が「ぐえっ」と地面に這いつくばった。
『だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ
だから、何処までもついて来てね♡
(一生ついていくよー!!)
ダーリン!
(チュッ♡)』
リーザちゃんが、最後にバチコンッと完璧なウインクと投げキッスを決め、曲が終わった。
ズズズン……と、お賽銭箱型掃除機が満足げにゲップのような音を立てて、地中へと帰っていく。
後には、静寂だけが残された。
「……はぁ、はぁ。皆様、本日は貧乏神アイドル・リーザのゲリラライブにお越しいただき、誠にありがとうございました! ……ふふっ、最高の『御縁(五円)』でしたわ!」
リーザちゃんが、芋ジャージの裾を少しだけ持ち上げて、優雅にお辞儀をする。
その足元には。
金も、名声も、課金ステータスも、イケメンの顔面も、シークレットブーツのプライドも、文字通り『すべて』を剥ぎ取られ、ただのレベル1の貧弱な男に成り下がったゼロスが、白目を剥いてピクピクと痙攣していた。
「あ、あばばばばば……俺の、俺の全財産……俺のステータス……あばばばば……」
精神が完全に崩壊し、口から泡を吹いている。
監視塔の上でその光景を見ていた私は、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。
「……リーザちゃんの能力、えげつなすぎますね。ある意味、暴力よりも心が折れそう……」
「全くだな。男から財布と見栄を根こそぎ奪うたぁ、地獄の拷問より質が悪い。……さすがの俺も、あいつを敵に回すのだけは勘弁だな」
あの無敵の処刑人である龍魔呂さんでさえ、ドン引きして顔を引き攣らせていた。
一方、戦場の端でエスター兵をボコボコにしていたキャルルちゃんが、マッハの速度で戻ってきた。
「あはははっ! リーザ、最高! あいつ、ただのちんちくりんのおっさんになっちゃったね!」
「ふんっ。これくらい当然ですわ。アイドルを舐めないでいただきたいですの」
リーザちゃんがふんすっと鼻を鳴らし、みかん箱を小脇に抱える。
これで、エスター王国の軍勢は完全に無力化され、首謀者である勇者ゼロスも社会的に、そして物理的・経済的に完全抹殺された。
ポポロ村の防衛戦は、私たちの完全勝利で幕を閉じるはずだった。
――しかし。
『……ク、クククッ。アハハハハハハッ!!』
突如として、地面に倒れ伏していたゼロスの懐から、不気味な笑い声が響き渡った。
リーザちゃんの掃除機で残高をゼロにされたはずの『エンジェルすまーとふぉん』の画面が、真っ赤に発光し始めたのだ。
「えっ……? な、何ですかあのスマホ。私のスキルで機能は全部停止させたはずなのに……っ」
リーザちゃんが警戒して一歩下がる。
『素晴らしい……素晴らしいまでの「ざまぁ」だ! ここまでコケにされりゃあ、見ている視聴者も同情するってもんだ。お前らの蹂躙劇のおかげで、俺のチャンネルの同接とPVが過去最高を叩き出したぜェ!』
空中に、炎上神ワイズのホログラムが浮かび上がった。
彼はマイタンブラーのカプチーノを片手に、極悪非道な笑みを浮かべていた。
「炎上神……ワイズ!」
キャルルちゃんがトンファーを構える。
『おっと、手出しは無用だぜ。俺はただの【スポンサー】だからな。……おいゼロス、聞こえてるか?』
ワイズが、泡を吹いているゼロスを見下ろす。
『お前は金も力も失った。だがな、俺が特別にもう一つだけ、お前に最高の【チート】をくれてやるよ。……神の怨念と呪毒。理性と引き換えに、すべてを破壊するバケモノの力だ!』
「なっ……!?」
ワイズが指を鳴らした瞬間。
ゼロスのエンジェルすまーとふぉんから、ヘドロのようなドス黒い瘴気が溢れ出し、レベル1となったゼロスの肉体を包み込んだ。
「ア……ガ、アガガガガガガガガッ!!」
ゼロスの身体が、異常な音を立てて膨張し始める。
白銀の鎧が内側からはじけ飛び、皮膚がどす黒く変色し、全身から鋭い骨の棘が突き出していく。
彼が失ったステータスを無理やり補うかのように、神の呪毒が彼を『レイドボス級の異形の怪物』へと強制的に作り変えてしまったのだ。
「ギィィィィィィヤアアアアアアアアアッ!!!!」
もはや人間の形を留めていない、巨大な四つ足の怪物が、月に向かって悲痛な咆哮を上げた。
その視線は、憎悪と殺意に完全に染まり、一直線に……監視塔の上にいる私へと向けられていた。
「リリアナ殿ォォォ……! 俺ノ、俺ノモノニナレェェェェェェッ!!」
怪物が、凄まじい地響きを立てて、一直線に監視塔へと跳躍した。
キャルルちゃんやリーザちゃんが止めに入ろうとするが、怪物のスピードと質量は先ほどまでの比ではなく、彼女たちを吹き飛ばして防壁を駆け上がってくる。
「リリアナッ!」
私に向かって巨大な爪が振り下ろされようとした、その瞬間。
私の前に、黒いレザージャケットの背中が、岩のように立ち塞がった。
「――チッ。どいつもこいつも、俺の女にばかり手ェ出しやがって」
カチンッ! と。
この世で一番頼りになる、真鍮のオイルライターの音が鳴った。
炎上神の呪毒によって生まれた絶望の怪物を前に。無敵の処刑人による、本当の『死の裁き』が、今まさに下されようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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