EP 11
処刑人、出陣。炎上神の呪毒を砕く無敵の拳(愛する女は俺が守る)
「リリアナ殿ォォォ……! 俺ノ、俺ノモノニナレェェェェェェッ!!」
炎上神ワイズの呪毒によって、理性を失った異形のバケモノへと成り果てた勇者ゼロス。
全身から鋭い骨の棘を突き出し、ヘドロのようなドス黒い瘴気を撒き散らす巨大な質量が、月明かりを遮りながら監視塔の私へと向かって降ってきた。
「きゃっ……!」
あまりの風圧と殺気に、私は思わず目を強く閉じた。
だが、私を切り裂くはずの巨大な爪は、いつまで経っても届かなかった。
――ガキィィィィィンッ!!!!
鋼鉄と鋼鉄が激突したような、恐ろしい鈍音が監視塔を揺るがす。
恐る恐る目を開けると、私の目の前には、黒いレザージャケットを着た大きく頼もしい背中があった。
「……キャンキャンとうるせぇ野良犬だ。誰の女に向かって吠えてやがる」
龍魔呂さんだった。
彼は右手を軽く上段に掲げ、怪物の振り下ろした巨大な爪を、なんと『素手』でガッチリと受け止めていたのだ。
彼の手の平からは、地獄の閻魔大王をも震え上がらせた『赤黒い闘気』が炎のように噴き出し、怪物の爪をギリギリと軋ませている。
「ギギ……ガ、アガガガッ!?」
怪物が信じられないというように、血走った眼球をギョロリと動かした。
『ほう。たかが人間の闘気で、俺の与えた神の呪毒を受け止めるか。……だが、無駄だぜ! そいつの肉体は神の悪意によって限界突破している! 貴様ら野蛮人ごと、その村を更地にして――』
空中に浮かぶ炎上神ワイズのホログラムが、マイタンブラーを傾けながら下劣に嗤った。
しかし。
「……神様気取りの、三流配信者が」
龍魔呂さんの三白眼が、絶対零度の冷酷さを伴ってワイズのホログラムを射抜いた。
「テメェの書いた安っぽいヤラセの台本に、俺の女を巻き込んでんじゃねぇぞ」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!
龍魔呂さんの全身から、先ほどまでの何倍もの濃度を持った赤黒い闘気が、間欠泉のように爆発した。
それは、ただの人間が放つ気迫ではない。
賽の河原で数万の亡者を挽肉に変え、神威を内側からの執念だけで押し返した、純度百パーセントの『修羅の殺意』。
「な、なんだこのプレッシャーは……っ!?」
安全圏にいるはずのワイズのホログラムが、ノイズ走って激しく明滅し始めた。
「リリアナ」
龍魔呂さんは私を振り返り、その鋭い目をフッと和らげ、優しく私の頭を撫でた。
「一瞬で終わらせる。……あんな汚ねぇゴミが潰れるところ、お前が見る必要はねぇ。目、瞑ってな」
「はい……っ」
その低くて甘い声に、私の心臓は早鐘のように打ち鳴らされた。
怖いなんて感情は、もう微塵もなかった。ただひたすらに、彼に守られているという絶対的な安心感と、胸が焦げるほどの愛おしさでいっぱいだった。
私が両手で顔を覆った次の瞬間。
「さぁ……処刑の時間だ」
カチンッ、と。真鍮のオイルライターが冷たい音を立てて蓋を閉じる音が響いた。
――ズンッ!!
監視塔の床が爆発し、龍魔呂さんの姿がフッと掻き消えた。
琉球古武術の歩法『縮地』。
空間そのものを圧縮したかのような神速の踏み込みで、彼は巨大な怪物の懐へと一瞬にして入り込んでいた。
「ギィッ!?」
「遅ぇよ、木偶の坊」
龍魔呂さんは腰を深く沈め、赤黒い闘気を極限まで圧縮した右拳を、怪物の巨大な胴体へと深々と叩き込んだ。
八極拳――『猛虎硬爬山』。
ドッッッッゴォォォォォォォォォォォン!!!!
「アッ…………!?」
怪物の巨体が、まるで『く』の字にへし折れるようにして、空高くカチ上げられた。
数トンの質量を持つはずの怪物が、物理法則を無視したかのように宙に浮く。
「逃がすかよ」
龍魔呂さんも地を蹴り、空中の怪物に向かって一直線に跳躍する。
『バ、バカな! 神の呪毒で強化された外殻が、たった一撃でヒビ割れただと!? やれッ! そいつを呪いの瘴気で溶かせェッ!』
ワイズが焦燥に駆られて叫ぶ。
「ギャァァァァァッ!!」
怪物が全身の骨の棘から、猛毒のドス黒い瘴気を四方八方に噴射した。触れれば一瞬で肉を腐らせる、神の悪意の結晶。
だが、龍魔呂さんはその瘴気の嵐の中へ、一切の躊躇なく突っ込んでいった。
「神の悪意だぁ? ……笑わせるな」
バチバチバチッ!!
怪物の放つドス黒い瘴気が、龍魔呂さんの纏う『赤黒い闘気』に触れた瞬間、ジュワッと音を立てて蒸発していく。
地獄の業火すらも焼き尽くした処刑人の闘気の方が、炎上神の呪いよりも遥かに凶悪で、圧倒的な濃度を持っていたのだ。
「テメェらの悪意なんざ、賽の河原の重圧に比べりゃ、そよ風以下だぜッ!!」
龍魔呂さんは空中で身体を捻り、怪物の頭部に向かって、赤黒い流星のような回し蹴りを叩き込んだ。
メキャァァァァァンッ!!!!
「ギャアアアアアアアアアアアッ!?」
顔面の外殻が粉々に砕け散り、怪物の巨体がきりもみ回転しながら、ポポロ村の防壁の外へと一直線に墜落していく。
ズズドォォォォォンッ!!
大地がクレーター状に陥没し、凄まじい土煙が巻き上がった。
『ヒィッ……!?』
ワイズのホログラムが、完全に言葉を失っている。
龍魔呂さんは、空から怪物の墜落地点へと真っ直ぐに着地すると、地面に倒れ伏してピクピクと痙攣している怪物の背中に、容赦なく馬乗りになった。
「これで終わりだ」
ドゴッ! ボゴッ! バキィッ!
赤黒い闘気を纏った、無慈悲な鉄拳の雨。
それはまさに、悪を絶対的に裁く『処刑』の時間だった。
一発殴るごとに、怪物を覆っていた神の呪毒が悲鳴を上げて霧散し、分厚い外殻がメリメリと剥がれ落ちていく。
「アギャァァァッ! 痛イ! 痛イィィィィッ!」
怪物の声が、徐々に元のゼロスの声へと戻っていく。
『や、やめろ……ッ! お前、何者だ!? ただの人間が、神の力をここまで一方的に……っ!』
ホログラムのワイズが、ついに恐怖に顔を引き攣らせて絶叫した。
龍魔呂さんは怪物の外殻を完全に叩き割り、中から現れた『チビで差し歯抜けの、元の貧弱なゼロス』の首根っこを掴んでズルリと引きずり出した。
そして、傍らに落ちていた『エンジェルすまーとふぉん』を拾い上げ、ワイズのホログラムに向かって冷たく言い放った。
「ただの、小料理屋の主夫だ。……テメェのクソみたいな炎上番組、今日で打ち切りにしてやるよ」
メキョッ!
龍魔呂さんが右手に力を込めると、炎上神のスマートフォンは音を立ててひしゃげ、ホログラムは『アアアアァァァッ』というワイズの断末魔と共に完全に消失した。
「ひ……ひぃぃぃぃぃっ! た、助けて……っ、殺さないでくれぇぇっ!」
すべてを失い、ドロドロの地面に放り出されたゼロスが、涙と鼻水にまみれて龍魔呂さんの足元にすがりついた。
光の勇者の面影など欠片もない。ただの哀れで、醜い敗北者の姿だった。
「ひぐっ、あ、謝る……謝るから……っ! 許して……!」
ガチガチと歯を鳴らし(差し歯が抜けているためフガフガと)、命乞いをするゼロス。
龍魔呂さんは、靴の裏に付いた泥を払うようにゼロスの手を振り払うと、見下すような冷たい視線を向けた。
「……俺はお前を殺さねぇよ。お前みたいなゴミを殺して、俺の手が汚れるのを……俺の愛する女が、悲しむからな」
龍魔呂さんが背を向け、監視塔の上にいる私へ向かって、フッと優しく微笑みかけてくれた。
あぁ、もう。
この人は、どこまで私を惚れ直させれば気が済むのだろうか。
エスター王国の圧倒的な軍勢も、神の呪いも、すべてを一人で粉砕してしまった私の最強のスパダリ。
私は、両手で顔を覆った指の隙間から、彼のかっこよすぎる背中を見つめ、顔を真っ赤にして胸をときめかせることしかできなかったのだ。
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