EP 9
満月の狂兎。課金勇者の絶望と、超電光流星脚
「……こうなれば仕方ない! この俺自身が、金の力で貴様らを全員消し飛ばしてやる!」
ポポロ村の自警団、マンミアとフェイトのたった二人に自軍を蹂躙され、完全に追い詰められた勇者ゼロス。
彼は血走った目でエンジェルすまーとふぉんを取り出すと、震える指で『課金』のボタンを乱打した。
「喰らえ! 俺のユニークスキル【マネー】の真髄をォォォッ!!」
ピロリンッ、ピロリンッ! という軽快な電子音が鳴り響く。
それは、炎上神ワイズの裏口座から、国家予算レベルの莫大な資金がゼロスのステータスへと直接変換されている音だった。
ゴォォォォォォォォンッ!!
「な、なんだぁっ!?」
前線で戦っていたフェイトさんが、あまりの突風に腕で顔を庇い、後退した。
ゼロスの身体から、目が潰れるほどに眩い黄金色のオーラが爆発的に噴き上がったのだ。
その光は、修行によって得られる純粋な闘気や魔力ではない。ひたすらに現金を注ぎ込み、システムの限界を突破して強制的に付与された、極めて人工的でいびつな『ステータスバフ』の光だった。
「フハハハハハッ!! 力が……力が湧いてくるぞォォッ!」
ゼロスは両手を広げ、天を仰いで下劣な笑い声を上げた。
「これぞ資本の力! 課金によって俺の全ステータスは、今までの100倍に跳ね上がった! 剣術、魔力、防御力、すべてにおいてレベル100をも凌駕する、神に等しき絶対の力だァァァッ!」
彼は白銀の聖剣を引き抜くと、無造作に横薙ぎに振るった。
――ズバァァァァァァンッ!!
ただ剣を振っただけで生じた凄まじい衝撃波が、ポポロ村の防壁の前の中間地帯を深くえぐり取り、巨大なクレバスを作り出した。
「くっ……! なんてデタラメな威力だ。フェイト、不用意に近づくのは危険だぞ!」
マンミアさんがパイルバンカーの盾『アグニ』を構えながら、油汗を流す。
「ちくしょう、俺のコイントスの2倍バフじゃ、100倍の課金バフには到底届かねぇ……! 世の中、結局は金なのかよッ!」
フェイトさんが悔しそうに舌打ちをした。
「その通りだ! 努力や才能など、圧倒的な財力の前には無力! さぁ、貴様ら野蛮人どもをチリ一つ残さず消し去り、俺の栄光の配信を再開してやる!」
ゼロスが聖剣を上段に構え、黄金の魔力を極限まで収束させ始めた。
その一撃が放たれれば、ポポロ村の分厚い防壁といえどもタダでは済まないだろう。
……しかし。
ポポロ村の真の恐ろしさは、魔導兵器の火力でも、自警団の強さでもない。
この村の『長』に君臨する少女の、理不尽極まりない暴力性にあるのだ。
「――ねぇ、龍魔呂」
防壁の監視塔の上。
分厚い雲が風に流され、夜空にポッカリと『満月』が顔を出した、その瞬間だった。
村長のキャルルちゃんが、不意に空を見上げ、どこか熱を帯びた、甘ったるい声で呟いた。
「ん? どうした、キャルル」
龍魔呂さんが怪訝そうに眉を寄せる。
「今日ってさ……お月様が、すっごく綺麗だねぇ……?」
キャルルちゃんの頭に生えているピンと立った兎の耳が、ブルブルと震え始めた。
彼女の身体から、ユイちゃんの神雷にも似た、強烈な紫色の電光がバチバチと放電を開始する。
そして、いつもは優しくて頼りになるお姉さんの瞳が、完全に焦点の合っていない、狂気と歓喜に満ちた『ヤバい目』へと変貌していた。
「なっ……おい、まさかお前!」
龍魔呂さんが顔を引き攣らせ、私を抱き寄せてバッと後方に飛び退いた。
「リリアナ、耳を塞いで伏せろ! あのバカ兎、完全に『ハイ』になりやがった!」
月兎族の最高位種。
満月の夜、彼女たちの身体能力は限界を突破し、有り余るエネルギーによって脳内麻薬がドバドバに分泌され、完全なる『狂化状態(テンションMAX)』へと突入する。
「あはっ……あははははははッ!!」
キャルルちゃんが、両手で顔を覆いながら、監視塔の上で狂ったような高笑いを上げた。
「血が滾るぅぅッ! 力が溢れるぅぅッ! ねぇ、あそこでピカピカ光ってる成金野郎、私がぶっ壊してもいいよね!? 熱いヤキを入れて、地獄を見せてから全回復させて、もう一回ぶっ壊してもいいよねェェェッ!?」
「勝手にしろ! だが村の設備は壊すなよ!」
龍魔呂さんの許可が出た瞬間。
ドンッ!!!!
監視塔の頑丈なコンクリートの床が、蜘蛛の巣状に粉々に砕け散った。
キャルルちゃんの姿が、文字通り『消えた』のだ。
「えっ……!?」
私が思わず声を上げたのと、ほぼ同時だった。
――パァァァァァァァァァァンッ!!!!
空気を物理的に引き裂く、凄まじい破裂音。
遅れてやってきた爆風が、監視塔を揺るがし、私の髪を激しく巻き上げる。
マッハ1。
音速を超えた月兎の跳躍は、もはや目で追うことなど不可能な『紫電の流星』と化していた。
◆◆◆
「さぁ、消え失せろ野蛮人ども! 【ミリオン・ホーリー・スラッシュ】!!」
下で剣を振り下ろそうとしていたゼロスは、突如として頭上から降ってきた凄まじい雷鳴と殺気に、ピタリと動きを止めた。
「な、なんだ……!?」
彼が上を見上げた時。
そこには、紫色の雷光を纏い、狂気的な満面の笑みを浮かべた少女が、空中で身体を捻り、完璧な飛び蹴りの体勢に入っている姿があった。
「タローマン特注・雷竜石完全解放!!」
キャルルちゃんの足元、特注の安全靴に仕込まれた雷竜石が、臨界点に達して眩い閃光を放つ。
「死なない程度に、死んじゃえェェェェェッ!!」
「なっ、ぐおぉぉぉぉぉっ!?」
迎撃しようとしたゼロスの動きなど、マッハ1の速度の前には止まっているも同然だった。
ゼロスは慌てて聖剣を盾にして身を庇うが、そんなものは何の意味も持たなかった。
【超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)】。
一億ボルトの紫電と、約3万ジュールを超える圧倒的な運動エネルギーが、ゼロスの聖剣と、その背後にあったエスター軍の『指揮官用装甲馬車(太った使者が隠れている)』に、真っ直ぐに突き刺さった。
ドッッッッゴォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!
閃光。
そして、隕石が衝突したかのような、大地を揺るがす大爆発。
ポポロ村の防壁の前の中間地帯に、直径数十メートルにも及ぶ巨大なクレーターが穿たれた。
「ぎゃあああああああああっ!?」
「ひ、ひぐぇぇぇぇっ!」
爆心地から放たれた衝撃波と紫色の雷撃が、エスター軍の重装歩兵たちを紙くずのように吹き飛ばす。
使者が隠れていた頑丈な装甲馬車は、まるでミキサーにかけられたかのように粉々の木端微塵に砕け散り、中にいた使者は黒焦げになって空の彼方へと飛んでいった。
「うおぉぉっ!? なんだ今の爆発はァッ!?」
フェイトさんとマンミアさんも、あまりの衝撃に地面に伏せて身を守るしかなかった。
やがて、土煙と雷光が晴れると。
えぐり取られた大地の中心で、両手にダブルトンファーを構え、瞳を爛々と輝かせたキャルルちゃんが、ゆっくりと首を鳴らしながら立ち上がった。
「あはっ……あはははっ! あー、スッキリしたぁ! ねぇねぇ、次は誰? 誰に熱い抱擁を入れてあげようか!?」
周囲に散らばり、呻き声を上げているエスター軍の兵士たち。
キャルルちゃんは彼らを見つけると、マッハの速度でジグザグに戦場を駆け巡り始めた。
「ほーら、死にそうなら治してあげる! 【月光の癒やし】!」
ボロボロになった兵士に回復魔法をかけ、傷を完全に治したかと思うと。
「はい治った! じゃあ次、月影流・鐘打ちィ!」
ドゴォォォンッ!!
「ぎゃべぇぇぇぇッ!?」
全回復した直後の兵士の腹に、容赦のない安全靴の蹴りを叩き込み、再び血を吐かせて沈める。
「はい次治す! はい蹴る! はい治す! はい殴るゥ!」
「ひぃぃぃぃっ! あ、悪魔だぁぁぁっ!」
「た、殺してくれぇ! もう回復しないでくれぇぇっ!」
戦場は、文字通りの『地獄と天国の無限ループ』と化していた。
傷を治されては殴られ、また治されては蹴り飛ばされる。エスター軍の兵士たちの心は、物理的な痛みよりも先に、その圧倒的なサイコパスっぷりに完全にへし折られてしまっていた。
「……相変わらず、満月のあいつはイカれてやがるな」
監視塔の上で、龍魔呂さんが呆れ果てたように呟く。
「キャルルちゃん……ストレス、溜まってたのかな……」
私は、あまりの惨状に引き攣った笑いを浮かべるしかなかった。
一方、クレーターの中心。
超電光流星脚の直撃を受けた勇者ゼロスは、どうなっていたか。
「ハァ……ハァ……ッ、ば、バカな……っ」
彼は、ボロボロになりながらも、辛うじて立ち上がっていた。
彼を守っていたのは、莫大な課金によって展開されていた『絶対防御の光盾』。
だが、その盾もキャルルちゃんの一撃によって完全にヒビが入り、パリパリと音を立てて崩れ落ちようとしている。
彼が誇っていた白銀の聖剣は、刀身の半ばから無惨にへし折れていた。
「俺の……俺の課金ステータスが……たかが野蛮な獣人の一撃で、破られかけただと……!?」
ゼロスはガタガタと震えながら、エンジェルすまーとふぉんを握りしめた。
「くそっ、まだだ! まだ俺には、ワイズ様から与えられた無限の資金がある! ここでさらに課金して、全ステータスを1000倍にしてやれば、こんなウサギなど――ッ!」
ゼロスが再び『課金』ボタンを押そうと、必死に画面をタップしようとした。
金さえあれば。金さえあれば、絶対に勝てる。
その薄っぺらい信仰心が、彼を辛うじて立たせていたのだ。
――しかし。
「あらあら。そんなにお金が余っているなら……私にも、お裾分けしてくださらない?」
突如として。
ゼロスの背後から、ひどく甘ったるく、しかし背筋が凍るほどに『強欲』な少女の声が響いた。
「なっ……!?」
ゼロスが振り返る。
そこには、ルナミスデパートの特売で買った芋ジャージに身を包み、足元には健康サンダルを突っかけた、一人の美しい少女の姿があった。
シーラン国の人魚姫にして、地下アイドル。
そして、この世のすべての富と運を吸い尽くす『貧乏神』――リーザ・シーラン・リヴァイアサンだった。
「ふふふっ。あなたのその汚いお金、そしてその薄っぺらいステータス。……私の『お賽銭箱』に、ぜーんぶ投げ込んでもらいますわよ♡」
リーザちゃんが、みかん箱の上に飛び乗り、手作りのマイクを握りしめる。
物理による蹂躙が終わった今。
課金勇者に対する、最も残酷で、最も絶望的な『概念による搾取』が、いよいよその幕を開けようとしていた。




