EP 8
自警団出陣! コイントスと鎖の蹂躙(エスター軍の絶望)
「ぎゃあああああああああっ!?」
小高い丘の上に設営されたテントの中で、勇者ゼロスの絶叫が響き渡った。
炎上神ワイズの足元から放たれたドス黒い魔法陣が、ゼロスの身体を駆け上り、全身の血管が焼き切れるような激痛を与えたのだ。
『ハァ……ハァ……ッ! ワ、ワイズ様……お許しを……っ!』
床に這いつくばり、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら命乞いをするゼロス。
虚空から響くワイズの声は、絶対的な冷酷さに満ちていた。
『……チッ。今回はただの【警告】だ。お前を完全なバケモノに変えてもよかったが、まだ少しだけ使い道がありそうだからな』
「つ、使い道……ですか?」
『ああ。お前のヤラセがバレて炎上したのは事実だ。だがな、証拠を全員黙らせる手っ取り早い方法が一つだけある。……あの村の連中を、一人残らず皆殺しにして「真実」を闇に葬っちまえばいいんだよ』
ワイズの提案――いや、神からの絶対的な命令に、ゼロスはゴクリと息を呑んだ。
確かに、暴露配信をしたあのゴッドチューバーもろとも、ポポロ村の住民をすべて抹殺してしまえば、「魔物に襲われて全滅した哀れな村」というストーリーを強引にでっち上げることができる。
『お前が金で雇ったエスター王国の私兵どもがいるだろう? アレをけしかけろ。できなきゃ……次こそお前を、理性を奪った醜悪なバケモノに変えてやる』
「ひぃぃっ! や、やります! やらせていただきますッ!」
通信が切れると同時に、ゼロスは血走った目で立ち上がった。
もはや光の勇者としての余裕など微塵もない。己の保身と、失った名声を取り戻すための狂気だけが彼を突き動かしていた。
テントを飛び出したゼロスは、待機していたエスター王国の使者と私兵部隊(およそ五十名)の前に立ち、声を荒らげた。
「ええい、総員武器を構えろ! あの村は悪魔に魂を売った魔女の巣窟だ! 今すぐ総攻撃を仕掛け、村の連中を一人残らず皆殺しにしろ!」
「な、なんと!? 勇者殿、我々はあくまで聖女の奪還と交渉に来たのであって、あのような重武装の要塞に正面から突撃するなど――」
太った使者が青ざめて抗議するが、ゼロスは使者の胸ぐらを強引に掴み上げた。
「黙れ豚! お前もあの村の利益を独占したかったのだろう!? 奴らを殺せば、月光薬も何もかも我々のものだ! 行けぇぇぇッ!!」
ゼロスの狂気に気圧され、エスター王国の兵士たちは震えながらも武器を構え、ポポロ村の防壁へと向かって突撃を開始した。
「う、うおおおおおっ! 突撃ぃぃぃっ!」
◆◆◆
一方、ポポロ村の防壁ゲート前。
魔物の大群を魔導砲の弾幕でチリ一つ残さず粉砕した村の防衛システムは、砲身の冷却機能に入り、静かなシューッという排気音を立てていた。
「あらら。厚底ブーツの勇者さん、ついにヤケクソになって自軍を突撃させてきたみたいだね」
監視塔の上から、キャルルちゃんが呆れたように呟く。
土煙を上げて迫り来るのは、全身を分厚い鋼鉄の鎧で包んだエスター王国の重装歩兵部隊だ。通常なら、その質量と突進力で小さな村の防壁など容易く打ち破るほどの脅威である。
だが、ここは規格外のバケモノたちが集うポポロ村。
防壁の前に、二つの影が悠然と立ち塞がった。
「フッ……魔導砲の出番はここまでだ。ここから先は、我々ポポロ村自警団が相手になろう!」
誇り高きケンタウロス種の女性、マンミアさんだ。
彼女は巨大なパイルバンカー式刺突型シールド『アグニ』を左腕に構え、右手には分銅付きの極太の鎖『メビウス』を握りしめている。
そしてその隣には、先ほどまで「胃が痛い」とのたうち回っていたA級冒険者、フェイト・ラックさんが、ちゃっかりと剣を構えて立っていた。
「へへっ! 相手が魔物じゃなくて人間の兵士なら、話は別だぜ! ここでエスターの精鋭をぶちのめせば、俺の自警団での評価も爆上がり! 特別ボーナスで今夜はイモッカ飲み放題だァ!」
「フェイト、貴様という奴は本当に現金だな。……まぁいい、私の足を引っ張るなよ」
マンミアさんは鋭い視線を前方に向けると、四本の強靭な馬足を蹴り立てて、猛スピードでエスター軍に向かって突進を開始した。
「まずは牽制だ!」
彼女は走りながら、背中に背負っていたクロスボウを引き絞り、正確無比な連射を放った。
ヒュンッ、ヒュンッ!
「ぐわぁっ!?」
装甲の隙間を的確に射抜かれた重装歩兵たちが、次々と足を止めて倒れ込む。
「ひるむな! 相手はたったの二人だ! 囲んで槍で突け!」
エスター軍の小隊長が叫び、十人以上の兵士がマンミアさんを取り囲もうとする。
「愚かな。ケンタウロスの馬力を舐めるなよ!」
マンミアさんは右手の鎖『メビウス』を大きく振り回した。
ただの鎖ではない。彼女は鎖の先にある分銅を、付近に転がっていた『巨大な岩石』に巻き付け、そのまま怪力で岩ごとぶん回したのだ。
「【メビウス・インパクト】!!」
「ウソォォォォォンッ!?」
ブォンッ!! という風切り音と共に、巨大な岩石がエスター軍の重装歩兵たちをボウリングのピンのように次々と薙ぎ払っていく。
ガシャァァァァァンッ!!
鋼鉄の鎧がひしゃげる悲鳴が響き、兵士たちが空高く弾き飛ばされた。
「ひぃぃっ! ば、化け物だ! 逃げろぉっ!」
「逃がすかッ!」
マンミアさんは逃げようとする兵士たちに鎖を巻き付け、そのまま大地を引きずり回す。
ズザザザザザッ!!
そして、手元に引き寄せた敵に向かって、左腕のパイルバンカー『アグニ』を容赦なく叩き込んだ。
ガキンッ! ドシュゥゥゥゥッ!!
鋼鉄の盾ごと敵の鎧を貫通し、衝撃波で吹き飛ばす。
「はぁっ! どうした、一国の正規軍が聞いて呆れるぞ! 25歳独身の行き遅れケンタウロスの鬱憤、たっぷりと晴らさせてもらうからなッ!」
マンミアさんの凄まじい無双ぶりに、エスター軍の陣形は開始数分で完全に崩壊していた。
「おっと、マンミアだけにいいカッコはさせねぇぜ!」
後方で様子を窺っていたフェイトさんが、ニヤリと笑って前に出た。
「さぁて、今日の俺の運勢は……最高潮だぜッ! ユニークスキル【コイントス】!!」
フェイトさんが、親指で銀貨を天高く弾き飛ばす。
「なんだアイツ? 戦場で金遊びだと?」
「ふざけやがって! 斬り捨てろ!」
エスター軍の兵士たちが、隙だらけのフェイトさんに向かって一斉に剣を振り下ろそうとした。
しかし。
チャリン。
彼の手の甲に落ちたコインは――見事なまでの『表』。
「っしゃオラァッ!! 大当たりだぜェェッ!!」
その瞬間、フェイトさんの全身が黄金色のオーラに包まれた。
ユニークスキル【コイントス】の効果により、彼の剣術、体術、闘気、さらには運気までもが『完全に二倍』へと跳ね上がったのだ。
「いくぜ……ッ!」
フェイトさんがミスリルソードを引き抜いた。
それまで「胃が痛い」と言っていたポンコツな姿はどこへやら。彼の姿が、瞬きする間にフッとブレて消えた。
「なっ……消え――」
ザシュゥゥゥゥッ!!
目にも留まらぬ超高速の剣閃が、エスター軍の兵士たちの武器を、鎧ごと綺麗に両断した。
「なっ……!?」
「俺の剣が、まるで紙切れのように……っ!」
「遅い遅い! 二倍のスピードとパワーを舐めんじゃねぇよ!」
フェイトさんは戦場を縦横無尽に駆け抜け、まるで踊るような軽やかな身のこなしで、エスター軍の精鋭たちを次々と峰打ちで沈めていく。
ミスリルの輝きが戦場に軌跡を描き、あっという間に数十人の兵士が地面に転がった。
「ば、馬鹿な……。なんだこの村は……っ。防衛システムだけじゃなく、ただの自警団員まで化け物揃いじゃないか……!」
後方で見ていたゼロスの顔が、信じられないものを見るように引き攣っていた。
彼が金で雇ったエスター王国の精鋭五十名が、たった二人の自警団員によって、手も足も出さずに蹂躙されてしまったのだ。
圧倒的すぎる戦力差。
ポポロ村の住民たちにとって、こんな軍勢など、畑を荒らす害獣よりも少しマシな程度の存在でしかなかった。
「ひぃぃぃっ! ゆ、勇者殿ぉぉ! 我々にはもう無理であります!」
「た、助けてくれぇぇっ!」
敗走してくる自軍の兵士たちを見て、ゼロスはギリッと奥歯を噛み締めた。
「チィッ……! 使えないゴミどもめ!」
このままでは、村の制圧どころか、自警団に捕縛されてルナミス帝国警察に突き出されてしまう。
ヤラセがバレた今、これ以上の失態は、炎上神ワイズからの『本物の死(バケモノへの変貌)』を意味していた。
「……こうなれば仕方ない! この俺自身が、金の力で貴様らを全員消し飛ばしてやる!」
ゼロスが、自身のユニークスキル【マネー】を解放すべく、エンジェルすまーとふぉんの『課金ボタン』に指をかけた。
神の無限の資金を使い、自身のステータスを青天井で引き上げる、この世で最も理不尽で薄っぺらい絶対の力。
しかし、彼がその力を見せつける前に、ポポロ村の『真の恐怖』が、上空から満月を背にして舞い降りようとしていることに、ゼロスはまだ気づいていなかった。




