EP 6
炎上配信開始。ヤラセ魔物襲撃事件
「フッ……交渉決裂ですね。ならば、実力で『救出』するまで!」
白銀の鎧を纏った勇者ゼロスが聖剣を天に掲げ、背後のエスター王国軍が武器を構えた。
一触即発の空気が張り詰め、龍魔呂さんの赤黒い闘気がさらに濃度を増そうとした、まさにその時だった。
「――と、言いたいところですが」
ゼロスは突如として聖剣を鞘に収め、わざとらしくため息を吐いてみせた。
「野蛮な輩とはいえ、流血の事態は光の勇者である私の本意ではありません。……リリアナ殿。あなたが自らの過ちに気づき、私の手を取ってくれるまで、今日は一旦引くことにしましょう。軍を後退させろ!」
「は、ははっ!」
龍魔呂さんの殺気にチビりそうになっていたエスター軍の兵士たちは、ゼロスの号令に安堵の表情を浮かべ、一目散に村の防壁から距離を取り始めた。
太った使者も、兵士に抱えられながら逃げるように後退していく。
「……なんだ、アイツ。ビビって逃げたのか?」
龍魔呂さんが闘気を霧散させ、訝しげに眉をひそめる。
「いや、違うね。あの目……絶対に何か裏で汚い真似を企んでる目だよ」
キャルルちゃんが、退いていくエスター軍の背中を鋭く睨みつけながら言った。
彼女の予感は、見事に的中していた。
ポポロ村の防壁から少し離れた小高い丘の上。
エスター軍を待機させたゼロスは、一人テントの中で、隠し持っていた『エンジェルすまーとふぉん』の画面をニヤニヤと眺めていた。
「クククッ……バカな連中だ。あのまま正面からぶつかって、野蛮人どもの血で俺の美しい鎧が汚れてはたまらないからな。それに、俺の『配信』には、もっと劇的で悲劇的な展開が必要なんだよ」
ゼロスは、炎上神ワイズの提供した裏アプリ『モンスター・パニック』を起動した。
これは、神界の裏ルートで流通している違法ツールで、課金(ワイズからの無限の資金提供)によって、付近の魔物を強制的に凶暴化させ、指定した座標へと誘導するという極悪非道なシステムだ。
「よし、まずは手始めに……この近辺の森に生息している『ロックバイソン(狂暴化個体)』と『トライバード』の群れ、さらに『ゴブリン・ハイロード』の一団をポポロ村に差し向けるとするか」
ゼロスは画面をタップし、ポポロ村の座標を入力する。
彼の計画はこうだ。
まず、魔物の大群にポポロ村を襲わせる。
防壁が破られ、村人たちが絶望と恐怖に泣き叫び、リリアナが魔物の牙にかけられそうになったまさにその瞬間。
光の勇者ゼロスがさっそうと登場し、魔物たちを一網打尽にする。
そうすれば、リリアナは涙を流して彼に惚れ込み、ゴッドチューブの視聴者たちは「さすが勇者様!」「なんて美しい救出劇!」と大熱狂し、スーパーチャットの嵐が吹き荒れる。
完全なる自作自演のマッチポンプ。ヤラセ炎上配信の極致である。
「ひゃはははっ! 俺ってば天才すぎるぜ! 金も名声も女も、全部この俺の思い通りだ!」
ズズズズズズズ……ッ!!
ゼロスが下劣な笑い声を上げていると、大地を揺るがすような地響きがポポロ村の周囲を囲む森から鳴り響き始めた。
木々がなぎ倒され、土煙が舞い上がる。
狂暴化した数百頭ものロックバイソンの群れと、空を黒く覆い尽くすほどの凶悪なトライバード、そして武器を持ったゴブリンの大軍が、一斉にポポロ村の防壁へと向かって突撃を開始したのだ。
「おおっ、来た来た! さて、そろそろカメラ(配信)を回すとしますか」
ゼロスは、空中に見えない魔導カメラを展開させ、ゴッドチューブの生配信をスタートさせた。
瞬時に、何万人という視聴者が彼のチャンネルに押し寄せてくる。
ゼロスはわざとらしく息を荒げ、悲痛な表情を作ってカメラの前に立った。
「ああっ! 全土の視聴者の皆さん、見てください! なんという悲劇でしょう!」
ゼロスがカメラ越しに、魔物の大群が押し寄せるポポロ村を指差す。
「あの野蛮なポポロ村が……凶悪な魔物の大群に襲われています! あの中には、私の愛する祖国の聖女、リリアナ殿が囚われているというのに!」
彼の白々しい演技に、空中のコメント欄が猛烈な勢いで流れ始める。
『うわぁぁ魔物の大群だ!』
『ポポロ村終わったな……』
『ゼロス様、リリアナ様を助けてあげて!』
『勇者様しか頼れる人はいません!』
チャリーン、チャリーンと、高額なスーパーチャットが次々と投げ銭されていく。
「ええ、分かっています! たとえあの村の者たちが我々を拒絶しようとも、光の勇者として、見捨てることなどできません! 皆さん、私の勇姿をどうか最後まで見届けてください!」
完璧だ。これ以上ない最高のシチュエーション。
ゼロスは内心でガッツポーズを決めながら、魔物たちがポポロ村の防壁をぶち破り、村人たちがパニックに陥る『絶望の瞬間』を今か今かと待ち構えた。
「さぁ、泣き叫べ。助けて勇者様と、這いつくばって俺にすがりつけ……!」
――しかし。
いつまで経っても、ポポロ村から『絶望の悲鳴』は聞こえてこなかった。
「……ん? どういうことだ?」
ゼロスは不審に思い、カメラをポポロ村の防壁の上にズームさせた。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
数百の魔物の群れが防壁の目と鼻の先にまで迫っているというのに。
ポポロ村の住民たちは、誰一人としてパニックになってなどいなかったのだ。
それどころか……。
「あらあら、今日はお肉がたくさん向こうから歩いてきてくれたわね」
「うふふっ、新鮮なトライバードの卵も獲れそう。今夜は親子丼かしら?」
「おーい、ドンガン製の最新防衛システムのテストにはちょうどいいドスねぇ。焼き加減はミディアムレアで頼むドスよ」
村のおばちゃんや農家のおじさんたちが、防壁の上で世間話をしながら、ニコニコと魔物の大群を見下ろしているではないか。
逃げ惑うどころか、まるで『タダで肉がやってきた』とでも言わんばかりの、余裕の表情。
そして、その中心には。
「……なんだアイツら、自殺願望でもあるのか?」
ゼロスが呆然と呟く。
防壁の一番高い監視塔の上に。
黒のレザージャケットを着た龍魔呂と、彼に寄り添うリリアナ。
そして、ラフな格好のキャルルが、退屈そうにあくびをしながら立っていた。
「……おいキャルル。あんな雑魚の群れ、俺が数秒で挽肉にしてやろうか?」
龍魔呂さんが面倒くさそうに首をポキポキと鳴らす。
「ダメだよ、龍魔呂。あんたがやったら、肉も素材も全部炭カスになっちゃうでしょ? もったいない」
キャルルちゃんは、ポケットからハニーかぼちゃキャンディを取り出して口に放り込んだ。
「あいつら、うちの村を普通の『農村』だとでも思ってんのかな。……ドンガン地下帝国のオーパーツで完全武装した、世界一凶悪な要塞だってことを、少しは教えてあげないとね」
キャルルちゃんが、ニヤリと笑って指を鳴らした。
その瞬間、ポポロ村の防壁の至る所から、重厚な金属音が響き渡った。
ガシャァァァァンッ!!
壁の一部がスライドし、姿を現したのは――ドワーフの技術の結晶である『魔導誘導バズーカ』と、四連装の『魔導対空砲』の砲列だった。
さらに、村の広場からは、装甲にルーン文字が刻まれた『魔導戦車』が、低いエンジン音を響かせて防壁の前に陣取った。
「は……? な、なんだあれは……? 魔導砲……? それに、あんな戦車、帝国軍の主力部隊でも……っ」
カメラの前で、ゼロスの笑顔が完全に引き攣った。
「さぁて、ポポロ村自警団、出番だよ! 今日の晩ごはんは焼肉だァ!」
キャルルちゃんの号令と共に。
ズドドドドドドドドッ!!!!
ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!
ポポロ村の防壁から、魔物の大群へ向けて、一国の正規軍を凌駕するほどの圧倒的な『弾幕』と『爆撃』の嵐が放たれた。
狂暴化していた魔物たちは、ポポロ村に傷一つ付けることもできず、阿鼻叫喚の悲鳴を上げながら次々と吹き飛ばされていく。
「えっ……? あ、あれ……?」
ゼロスの計画していた『悲劇的な救出劇』は、開始数秒で、完全なる『ポポロ村による一方的な魔物蹂躙ショー』へとすり替わってしまったのだ。
「な、なんだよこれ……! 聞いてないぞ、こんなの……っ!」
隠しカメラの向こう側で、PV稼ぎのシナリオを完全にぶち壊された勇者ゼロスが、ただ一人、顔面を蒼白にして立ち尽くしていた。
しかし、ヤラセ配信の崩壊は、まだほんの序の口に過ぎなかった。
彼が知らないところで、さらに恐ろしい『暴露の反撃』が、今まさに上空から仕掛けられようとしていたのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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