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『無能と追放された令嬢、辺境の強面料理人に拾われる。極上ご飯と規格外の溺愛で満たされ、私を捨てた国は親友が滅ぼすそうです』  作者: 月神世一


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EP 5

使者の傲慢。過去の呪縛と、最強の盾(スパダリ)

 ズシン、ズシンという重々しい軍靴の音が、ポポロ村の防壁の外から響き渡っていた。

 村の入り口を塞ぐ防護ゲートの向こう側に整列しているのは、完全武装したエスター王国の私兵部隊およそ五十名。

 そして、その先頭に立っているのは、王国の紋章をあしらった豪華なローブを着た太った使者と、白銀の鎧をギラギラと輝かせた、厚底ブーツの勇者――ゼロス・ディバインだった。

「開けい! 我々はエスター王国の名代として、この村の長に直接の通達があって参った!」

 太った使者が、拡声魔法を使って尊大に叫ぶ。

 ゲートの前に立つ村長・キャルルちゃんは、腕を組みながら呆れたようにため息をつき、ゲートの一部を開いて彼らと対峙した。私も、彼女の少し後ろに隠れるようにしてその様子を窺っていた。

「……何の用だい? ここは三国緩衝地帯。いかなる国の軍隊であっても、無断での立ち入りは条約違反になるはずだけど」

 キャルルちゃんが、一切怯むことなく鋭い視線を向ける。

「ふんっ。野蛮な獣人の小娘が、一丁前に法を口にするか。……我々の目的はただ一つ! 我が国から逃げ出し、この村に潜伏している大罪人、リリアナ・エスターの身柄を引き渡してもらうことだ!」

 ビクンッ、と。

 私の肩が、弾かれたように跳ねた。

「あの女は、聖女としての責務を放棄して逃げ出した恩知らずだ! あの女がいなくなったせいで、我が国の誇る農地は枯れ果て、民は飢えに苦しんでいる! よって、リリアナをエスター王国へ連行し、一生城の地下牢に繋いで、死ぬまで魔法を使わせる刑に処すことが決定した!」

 使者のその残酷な言葉に、私の血の気は完全に引いてしまった。

 脳裏にフラッシュバックするのは、暗くて冷たい王城の大広間。

「無能な聖女め」「さっさとこの国から出て行け」と、私を嘲笑い、石を投げた貴族たちの顔。

 もし、またあの場所に連れ戻されたら。今度こそ、一生光の当たらない地下室で、国が滅びるまで魔力を搾取されるだけの奴隷にされてしまう。

「……ひっ……」

 呼吸が浅くなり、視界がぐらりと揺れる。

 さらに使者は、下劣な笑みを浮かべてこう続けた。

「それだけではない! 大罪人をかくまっていた詫びとして、このポポロ村が独占している『月光薬』の製造法、および特産品の利益の八割を、エスター王国が恒久的に没収する! それが嫌ならば……今すぐこの軍勢で、村ごと焼き払ってくれるわ!」

「なっ……!」

 私は絶句した。

 私を連れ戻すだけでは飽き足らず、この温かいポポロ村の利益まで奪い、逆らえば村を焼くと言っているのだ。

「私の……私のせいで……」

 ガタガタと震える両手を、私は必死に握りしめた。

 大好きなこの村が。キャルルちゃんや、リーザちゃんや、みんなの笑顔が、私の過去のせいで理不尽に壊されてしまう。

(私が……私が大人しくエスター王国に戻れば、村のみんなは助かるの……?)

 自己犠牲の暗い考えが、私の心を黒く塗り潰そうとした。

 すると、使者の横に立っていた勇者ゼロスが一歩前に出た。

 彼は爽やかな、しかしどこかひどく薄っぺらい笑顔で、白々しく声を張り上げた。

「恐れることはありません、リリアナ殿! 光の勇者であるこの私が、あなたを野蛮人どもの洗脳から救い出し、必ずや王国の御前へと連れ戻して差し上げましょう! さぁ、私の胸へ飛び込んでおいでなさい!」

 ゼロスは両手を広げ、自身の鎧をキラキラと光らせた。

(※裏では、隠し持ったエンジェルすまーとふぉんでちゃっかり『救出劇』の配信を始めている)

 怖くて、足が動かない。

 過去の呪縛が、私をその場に縫い付けていた。

 誰か、助けて。そう声に出すことすらできず、私が絶望に目を落とした、まさにその瞬間だった。

「――寝言は、自分のベッドの中だけでほざきやがれ。三流どもが」

 ズイッ、と。

 私の背後から、低く、地響きのように恐ろしい男の声がした。

 同時に、タバコと微かな出汁の香りが入り混じった、私の一番大好きな匂いがフワリと私を包み込む。

「あ……龍魔呂、さん……っ」

 大きな、分厚い手が、私の震える肩をグッと力強く抱き寄せた。

 黒のレザージャケットに、ワインレッドのタートルネック。

 龍魔呂さんは、私をその広い背中に庇うようにして半歩前に出ると、一切の光を宿していない、絶対零度の三白眼で、エスター王国の軍勢を睨み据えた。

「りゅ、龍魔呂さん……だめです……私のせいで、村が……っ」

 私が弱々しく服の袖を掴むと、彼は私の頭をポンッと無造作に撫でた。

「バカ野郎。お前が震える必要なんて、どこにもねぇよ。お前は俺の隣で、堂々と胸張ってりゃいいんだ」

「……っ」

 龍魔呂さんの言葉に、私の中で凍りついていた恐怖が、嘘のように溶けていくのが分かった。

 彼は再び正面に向き直ると、ポケットから真鍮のオイルライターを取り出し、カチッ、と冷たい音を立てて蓋を開けた。

「てめぇらが、どこのドブネズミかは知らねぇがな」

 ドォォォォォォォォォォンッ!!

 龍魔呂さんの身体から、周囲の空気をドロドロに溶かすような『赤黒い闘気』が、まるで間欠泉のように爆発的に噴き上がった。

 それは、地獄の閻魔大王をも震え上がらせた、本物の『殺意』。

「ひぃぃっ!?」

「な、なんだこの尋常ではないプレッシャーはッ!?」

 エスター王国の兵士たちが、本能的な恐怖に顔を引き攣らせ、一斉に後ずさりをする。

 太った使者に至っては、腰を抜かして地面にへたり込んでしまった。

「俺の女に、指一本でも触れてみろ」

 龍魔呂さんの声が、大気を震わせる。

 ただ立っているだけで、何十人もの兵士が息をすることもできず、恐怖で膝をガクガクと震わせている。

「てめぇらの国ごと、物理的に挽肉にして、豚の餌にしてやる」

 純度百パーセントの、処刑人による死の宣告。

 その圧倒的な『最強の盾(スパダリ)』としての存在感に、私は不覚にも、こんな状況であるにも関わらず、胸がキュンと激しく高鳴るのを感じていた。

 そうだった。私が愛したこの人は、神様だろうが悪党だろうが、私のために世界の全てを敵に回してでも守り抜いてくれる、最強で最高の男なのだ。

「ひ、ひぃぃぃ……っ! ば、化け物め……っ!」

 使者が涙と鼻水を垂らしながら、後ずさる。

 しかし。

 その絶望的な殺気の中にあって、勇者ゼロスだけは、不気味なまでに薄っぺらい笑みを崩していなかった。

(……クククッ。いいぜ、いい絵面だ。凶悪な野蛮人に囚われた美しき聖女。これぞ視聴者が一番盛り上がる最高のシチュエーション!)

 ゼロスの頭の中は、今まさにリアルタイムで跳ね上がっているであろう『PV数』と『スーパーチャット』の計算でいっぱいだったのだ。

「なるほど。あなたがリリアナ殿を洗脳している悪党の親玉というわけですね」

 ゼロスはわざとらしく聖剣を抜き放ち、カメラ(隠し端末)に向かってキメ顔を作った。

「これでは、言葉での説得は不可能なようだ。……仕方ありません! エスター王国の平和と、囚われの聖女リリアナ殿を救うため、この勇者ゼロス・ディバイン! やむを得ず、力を行使させていただきます!」

 あくまで『自分は正義の被害者であり、仕方なく戦う』という構図をアピールするゼロス。

 それを見ていたキャルルちゃんが、ペッと地面に唾を吐き捨てた。

「……はっ。言うに事欠いて『救出』だぁ? 笑わせるんじゃないよ、厚底ブーツの三流役者。ここは私たちのシマだ。お前らみたいな腐った連中の要求なんか、一つ残らずお断りだよ。さっさと尻尾巻いて帰りな!」

 村長としての、完全なる『拒絶』の宣言。

「フッ……交渉決裂ですね。ならば、実力で『救出』するまで!」

 ゼロスが聖剣を天に掲げると、背後のエスター軍が(恐怖で震えながらも)武器を構えた。

 過去の因縁と、人間の醜い欲望。そして炎上神の悪意に操られた偽善の軍勢が、いよいよポポロ村へと牙を剥いた。

 だが、彼らはまだ気づいていない。

 この村にいる規格外のバケモノたちが、どれほど理不尽で、容赦のない『ざまぁ』を彼らに叩き込むことになるのかを。

 龍魔呂さんの腕の中で、私はもう震えてはいなかった。

 ここから先は、彼らが完膚なきまでに叩き潰される、一方的な反撃の時間が始まるのだ。

読んでいただきありがとうございます。

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