EP 4
村の平穏と、自警団のポンコツな日常(迫り来る厄介な足音)
地獄からの生還と、賑やかな大宴会から一夜明けたポポロ村。
抜けるような青空の下、私はいつも通りの農作業に精を出していた。エスター王国を追放された私にとって、この土に触れ、生命を育む時間は何よりも心安らぐひとときなのだ。
「ああっ、こらっ! 待ちなさい!」
私は今、畑の中を二本の根っこ(足)で猛烈なスピードで逃げ回る『人参マンドラ』を追いかけていた。
「ギャァァァァァァッ!!」
引っこ抜かれた瞬間に耳をつんざくような悲鳴を上げ、脱走を図るこの人参は、捕まえるだけでも一苦労である。
ドスッ! と飛びついてなんとか捕獲し、土だらけになりながら収穫カゴに放り込む。
「ふぅ……朝からいい運動になっちゃった」
額の汗を拭いながら、次は隣の畝で丸々と育った『ネタキャベツ』に包丁を入れる。
ザクッ、と刃が入った瞬間、キャベツが三面記事ばりの見出しを叫び始めた。
「ま、待ってくれ! 昨日の夜、タローソン裏の路地裏で、ルナミス軍の小隊長が部下に泣きながら借金申し込んでたぞ! この極秘ネタと引き換えに命だけは――!」
「ごめんなさいね、今日のロールキャベツにはあなたが必要なの」
ザクッ!
美味しいネタ(ゴシップ)を持っている個体ほど、甘みが増して美味しくなるのだ。命乞いを華麗にスルーし、カゴに敷き詰める。
さらに奥へ進むと、エロ本(ルナミス新聞社発行)を読みふけっている『たまんネギ』がいたので、容赦なくエロ本を没収する。
「ああっ……! 私の至福の時間が……っ。……ふぅ、もうよい。我が身は悟りを開いた。さぁ、煮るなり焼くなり、私を美味しく食べたまえ……」
賢者モードに入り、自ら身を柔らかくしたたまんネギもカゴに追加する。
「よし、今日の収穫はこんなところかな」
豊穣の魔法で育てた元気すぎる野菜たちを前に、私は満足げに腰を伸ばした。
「おはようございます、リリアナ殿。今日も朝から精が出ますな」
背後から声をかけられ振り返ると、ポポロ村自警団のリーダーであるマンミアさんが、立派なケンタウロスの馬体を輝かせながら見回りに来ていた。
彼女の背中には、攻防一体の恐るべきパイルバンカー『アグニ』が重厚な光を放っている。
そして、その後ろには――。
「うぅ……マンミア、俺はダメだ。今日はなんだか、親戚の従兄弟の隣のおばさんの友達が飼ってた犬の霊が、俺の胃袋に取り憑いてる気がする……。とてもじゃないがパトロールなんて無理だ……」
フラフラと足元をふらつかせ、顔を青ざめさせながら仮病を使っているA級冒険者、フェイト・ラックさんの姿があった。
マンミアさんはピタリと足を止め、ジト目で彼を睨み下ろした。
「フェイト。貴様、昨日も同じようなことを言ってサボろうとしただろう」
「い、いや! 今日こそは本当だ! 証拠を見せてやる……俺のユニークスキル【コイントス】でな! 表が出たら真面目に働く、裏が出たら今日は病休だ!」
フェイトさんがビシッと指を鳴らし、天高くコインを弾き飛ばした。
キィン……と澄んだ音を立てて宙を舞うコイン。
もし表が出れば、彼のステータスは二倍になるが、裏が出れば強制的に体調不良になるという、完全なギャンブルスキルだ。
チャリン。
彼の手の甲に落ちたコインは――見事なまでの『裏』。
「あべっ……!? い、胃が、胃がぁぁぁっ! ほら見ろ、やっぱり今日は休むべき星回りなんだよぉ!」
フェイトさんはその場にうずくまり、大げさにのたうち回り始めた。
「……はぁ。25歳にもなって、本当に情けない男だな」
マンミアさんは深々とため息をついた。
「私も今年で25歳だがな……お前のような不甲斐ない男を見ていると、余計に婚期が遠のく気がして泣けてくるんだ! クリスマスの25日に半額シールを貼られて売れ残ったケーキの気持ちが、貴様に分かるかッ!」
マンミアさんは謎の怒りを爆発させると、腰に下げていた分銅付きの鎖『メビウス』を、容赦なくフェイトさんの足首にグルグルと巻き付けた。
「ぎゃああっ!? ちょっ、マンミア、俺は病人だぞ!? 労れ!」
「黙れ。このまま引きずって村を一周する。ケンタウロスの馬力に振り落とされるなよ」
「待て待て待て! 死ぬ! 本気で死ぬからァァァッ!」
ズザザザザザッ!!
土煙を上げてフェイトさんを引きずりながら、マンミアさんは「ではリリアナ殿、引き続き見回りに行ってくる!」と爽やかな笑顔で去っていった。
「あ、あはは……いってらっしゃい」
私はフェイトさんの悲鳴を見送りながら、クスリと笑みをこぼした。
こんなポンコツで賑やかなやり取りも、平和なポポロ村ならではの日常だ。
――しかし。
そんなのどかな風景は、突如として村全体に鳴り響いた『警報』によって、唐突に破られることとなった。
ウゥゥゥゥゥン……ッ!!
「えっ……?」
村の入り口に設置されている、ドンガン地下帝国から技術提供された魔導センサーが、低い警告音を発したのだ。
ただの魔物や迷子の旅人ではない。明確な『敵意』と『一定規模以上の軍事力』を感知した時にのみ鳴る、最高レベルの警戒アラート。
「この音……村の外から、軍隊が……?」
私がカゴを置いて村の入り口のゲートへと急ぐと、そこにはすでに、ラフな格好をした村長――キャルルちゃんの姿があった。
彼女の手には、村の防衛システムと連動した魔導端末が握られている。
「キャルルちゃん、これって……!」
「うん。リリちゃんは危ないから、そこで待ってて」
キャルルちゃんは、端末から浮かび上がったホログラムモニターを鋭い目つきで睨みつけた。そこには、上空の魔導ドローンが捉えた村の外の映像がリアルタイムで映し出されている。
「……数、およそ五十。完全に武装した正規軍みたいだね。掲げてる旗の紋章は……『エスター王国』、か」
「エスター……ッ!」
その名前を聞いた瞬間、私の心臓がドクンと嫌な音を立てて跳ねた。
血の気が引き、背筋に冷たいものが走る。
私を無能だと罵り、聖女の座から引きずり下ろして泥水をすすらせた、あの忌まわしい故郷の国。なぜ、彼らがこんな三国緩衝地帯の辺境の村に?
「しかも、先頭に立ってるのは……やたらとピカピカした白銀の鎧を着た、見慣れない男だね。魔導ドローンの拡大映像だと、どう見ても不自然な厚底ブーツ履いてカサ増ししてるけど」
キャルルちゃんが呆れたようにため息をつきながら、モニターの男を指差した。
エスター王国が、軍を率いてこの村にやってくる。
それが意味することは、一つしかない。
彼らは私の『豊穣の魔法』の価値に気づき、私を再び鎖に繋ぐために、この村ごと力でねじ伏せにきたのだ。
「どうしよう……私のせいで、この村が……っ」
過去のトラウマがフラッシュバックし、私の手が震え始める。
だが、キャルルちゃんはそんな私の震える手をギュッと握り、優しく微笑みかけてくれた。
「大丈夫だよ、リリちゃん。あんたはもう、独りじゃないんだから」
そして、彼女は村の入り口へと視線を戻し、ポケットに入れていたハニーかぼちゃキャンディをガリッと噛み砕いた。
普段の優しいお姉さんの顔から、元・近衛騎士隊長候補としての、凄みのある闘気を孕んだ顔へと切り替わる。
「……目的が何であれ、うちの村を荒らそうって言うなら、タダで帰れるとは思わないことだね」
キャルルちゃんは足元に視線を落とし、タローマンで買った特注の安全靴――恐るべき『雷竜石』が仕込まれたその靴の紐を、ギュッ、と固く結び直した。
「さぁて。随分と傲慢で厄介な来客みたいだし。村長として……たっぷりと『熱いおもてなし』をしてあげようか」
地獄のドンパチが終わったのも束の間。
私たちの愛する平穏な村に、人間の身勝手な欲望と、炎上神の悪意にまみれた厄介な軍勢が、いよいよその姿を現そうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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