EP 3
忍び寄る影。偽善勇者ゼロスと炎上神ワイズ
ポポロ村が地獄からの生還と平和な日常の喜びに包まれていた頃。
そこから遥か遠く離れた、リリアナの故郷――『エスター王国』の王城では、重苦しく、絶望的な空気が玉座の間を支配していた。
「……また不作だと? これで三ヶ月連続ではないか! 一体我が国の農業はどうなっているのだ!」
玉座にふんぞり返るエスター国王が、苛立たしげに報告書を床に叩きつけた。
豪奢な王衣を身にまとってはいるものの、その顔には深い疲労と焦りが刻まれている。
無理もない。かつては豊かな穀倉地帯を誇っていたエスター王国の国土は、今や見る影もなく枯れ果て、ひび割れた荒野へと変貌しつつあったのだ。
「も、申し訳ございません、陛下……。しかし、どのような肥料を使おうと、魔導師たちに土壌改良の魔法をかけさせようと、作物が一向に根付かないのです。まるで、大地そのものが生命力を失ってしまったかのように……」
農務大臣が青ざめた顔で震えながら答える。
エスター王国が衰退の一途を辿り始めた原因。それは、国王自身にも、そして城の家臣たちにも痛いほど分かっていた。
数ヶ月前。
「地味で戦闘力もない無能な女」として、彼らが追放した一人の聖女――リリアナ・エスター。
彼女の持つ規格外の『豊穣の魔法』こそが、この国の豊かな大地を密かに支え続けていた絶対的な要だったのだ。彼女を失った瞬間から、エスター王国の土地は急速に魔力を失い、死に絶えようとしていた。
「ええい、忌々しい! あの小娘がいなくなった程度で、我が国が傾くなどと……っ!」
国王はギリッと歯を食いしばり、玉座の肘掛けを強く叩いた。
「陛下、このままでは冬を越す前に国庫が底をつき、民の反乱が起きます! それに……近隣諸国の噂によれば、リリアナは現在、あの三国緩衝地帯の『ポポロ村』に身を寄せているとのこと」
情報長官が一歩前に出て、一枚の羊皮紙を差し出した。
「ポポロ村……あの野蛮な獣人や魔族が出入りする吹き溜まりか。なぜあんな辺境の村に」
「それが、現在のポポロ村は『月光薬』という万能薬や、極上のタバコ『ポポロシガー』、さらには見たこともない高品質な農作物で、莫大な富を築いているそうです。……間違いありません。リリアナの『豊穣の魔法』が、あの村の利益を生み出しているのです!」
「なんだと……っ」
国王の目に、浅ましい欲望の火が灯った。
自らの愚かさで国を傾かせたことへの反省など微塵もない。彼の頭に浮かんだのは、かつての駒を再び手元に引き戻し、さらにはその村の富ごと奪い取るという、身勝手極まりない算段だった。
「……愚かな小娘め。野蛮人どもの村で、さぞ怯えて暮らしていることだろう。我がエスター王国が、慈悲をもってあの娘を『救出』してやるのが筋というものだ」
国王は歪んだ笑みを浮かべた。
「そして、ポポロ村の不当な利益は、我が国が管理・没収する! 誰か、腕の立つ者を呼べ! ポポロ村に軍を差し向け、リリアナを連れ戻すのだ!」
「――それならば、この私にお任せいただきましょう、国王陛下」
玉座の間の重厚な扉が開き、一人の男が優雅な足取りで入ってきた。
白銀の『聖なる鎧』に身を包み、背中にはミスリル製のマントを翻している。腰にはオリハルコンの聖剣を佩き、その顔立ちは彫刻のように整った、まさに絵に描いたような美青年。
キラリと白い歯を光らせて微笑むその男は、エスター王国が金で雇い入れたA級の勇者――ゼロス・ディバイン(25歳)であった。
「おおっ、勇者ゼロスよ! やってくれるか!」
「ええ。光の勇者として、野蛮な辺境の村に囚われた哀れな聖女様を見捨てるわけにはいきません。我が聖剣にかけて、必ずやリリアナ殿を救い出し、王国の御前に連れ戻してご覧に入れましょう」
ゼロスは胸に手を当て、完璧な所作で深く一礼した。
その神々しいまでの姿に、国王も大臣たちも「おお……」と感嘆の声を漏らす。
――しかし。
彼らが知る由もないことだが、このゼロス・ディバインという男のそのすべては、見事なまでの『偽物』であった。
彫りの深いイケメンの顔立ちは、ルナミス帝国の高額な魔導美容外科による「整形」。
キラキラと輝く白い歯も「インプラント」。
そして何より、高身長でスタイルの良いその脚は、実は5センチ以上もカサ増しされた「特注の厚底ブーツ」によるごまかしだったのだ。
◆◆◆
王城の廊下に出たゼロスは、周囲に誰もいないことを確認すると、先ほどまでの聖人君子のような爽やかな笑顔を一瞬にして消し去った。
代わりに浮かんだのは、極めて下劣で、計算高い俗物の笑みだ。
「チッ、あのアホ国王。国が傾いてるくせに、まだふんぞり返ってやがる。……まぁいい。聖女の奪還とポポロ村の利権。この依頼、俺の『配信』には最高のネタになるぜ」
ゼロスは懐から、高級品の『ポポロシガー』を取り出し、火をつけて深く吸い込んだ。
カメラの前では「タバコは健康と環境に悪い」とポイ捨てのゴミを拾うアピールをしているが、裏ではゴリゴリのヘビースモーカーである。人に会う前は強力な口臭スプレーで誤魔化しているだけの、徹底した偽善者だった。
彼はポポロシガーを吹かしながら、自身の持つ『エンジェルすまーとふぉん』を取り出し、ある神様との非通知通信を開いた。
『――よォ、ゼロス。話はまとまったか?』
画面の向こう側から、薄暗いモニタールームでマイタンブラーのカプチーノを啜る男の声が響く。
最近神界に加わった新入りの神にして、復讐やヤラセ炎上配信をプロデュースする『炎上神ワイズ』だ。
「ええ、完璧ですよワイズ様。エスター王国から、ポポロ村への大義名分(お墨付き)をもらいました。これで堂々と軍を動かせます」
『クククッ、上出来だ。平和な村が魔物に襲われ、絶望の淵に立たされた聖女を、光の勇者が華麗に救い出す。……これこそ、ゴッドチューブの視聴者が一番喜ぶ、最高のエンタメ(ヤラセ)だぜ』
ワイズが下劣な笑い声を上げる。
そう。彼らの目的は聖女の救出などではない。
ワイズが裏で魔物を操ってポポロ村を襲撃させ、多数の死傷者と絶望を生み出したところで、ゼロスがさっそうと現れて魔物を討伐する。
自作自演のマッチポンプによってPV(視聴数)を荒稼ぎし、莫大なスーパーチャット(投げ銭)と名声をかっさらうことこそが、彼らの真の目的なのだ。
「村の連中が何人死のうが知ったことじゃありませんよ。視聴者が求めているのは、俺という圧倒的なヒーローの活躍ですからね」
ゼロスはタバコの灰を、エスター王城の美しい絨毯の上に平然と落とした。
『いいぜ、そのゲスな根性。……お前のユニークスキル【マネー】の力、存分に発揮してやれよ』
「お任せを。……このスキルの前には、努力も才能も無意味だってことを証明してやりますよ」
ゼロスの持つユニークスキル【マネー】。
それは、「課金すればするほど、自身のステータスが青天井で跳ね上がる」という、極めて現金でチートな能力だった。
勇気や愛、修行の積み重ねなど一切不要。ワイズが裏で無限に提供してくれる資金(上限無限のエンジェルすまーとふぉんのバックアップ)を自身に投資するだけで、一瞬にしてレベル100をも凌駕する圧倒的なステータスを手に入れることができる。
中身は空っぽのレベル1の男が、金に物を言わせてフェラーリを乗り回しているようなものだ。
「さて、と。出陣の準備をしますか」
ゼロスは通信を切ると、まだ半分以上残っているポポロシガーを床にポイ捨てし、厚底ブーツでグリグリと踏み躙って火を消した。
「待っていろよ、哀れな聖女リリアナ。この俺が、お前を絶望の淵から『救い出し』、俺の輝かしい名声のための最高の舞台装置にしてやる。……あわよくば、その豊穣の魔法で、俺の個人的な資産も潤してもらうとするか」
ゼロスは、自身の白銀の鎧を軽く叩き、不気味に歪んだ笑顔を浮かべた。
数時間後。
エスター王国の城門から、ゼロスに率いられた王国の私兵部隊が、土煙を上げて進軍を開始した。
彼らの向かう先は、三国緩衝地帯の『ポポロ村』。
地獄からの生還を果たし、愛する家族たちと温かい朝食を囲んでいたリリアナと龍魔呂たちの平穏な日常へ向けて。
神の悪意と、人間の薄っぺらい虚栄心にまみれた『忍び寄る影』が、確実にその距離を縮め始めていた。
だが、この時のゼロスはまだ、自らの行いがどれほど致命的な選択であるかを理解していなかった。
彼がこれから足を踏み入れようとしている村には、神の理すらも物理で粉砕する『無敵の処刑人』と、常識外れのバケモノ揃いの『愉快な村人たち』が、手ぐすねを引いて待ち構えているのだということを。
読んでいただきありがとうございます。
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