EP 2
ポポロ村長・キャルルと愉快なシェアハウス組
三人の温かい朝食が終わり、龍魔呂さんが淹れてくれた『ポポロ・コーヒー』の芳醇な香りが店内に漂っていた頃。
私たちは、カウンター越しにのんびりと食後のひとときを楽しんでいた。
「兄ちゃん、このコーヒー、すっごくいい匂い!」
「お前にはまだ早いから、ミルクをたっぷり入れてやる。ほらよ」
「えへへ、ありがとう!」
龍魔呂さんがホットミルクに少しだけコーヒーを混ぜた特製カフェオレを渡すと、ユウ君は嬉しそうに両手でマグカップを包み込んだ。
そんな穏やかな空気が流れていた、次の瞬間だった。
――バアァァァァァァァァァンッ!!
小料理屋『鬼龍』の重厚なオーク材のドアが、まるで爆弾でも直撃したかのような轟音と共に、勢いよく蹴り開けられた。
あまりの衝撃に、ドアの蝶番が悲鳴を上げている。
「な、何事っ!?」
私が驚いて立ち上がると、そこには見慣れた四人の少女たちの姿があった。
「おっはよー!! リリちゃん、龍魔呂の旦那! それに、地獄から帰ってきたユウ君! 生還おめでとーっ!!」
先頭に立っていたのは、ラフな服装に特注の安全靴(タローマン製)を履き、人参柄のハンカチを首に巻いた月兎族の少女――このポポロ村の村長であるキャルルちゃんだった。
どうやら、今のドアを蹴り開けた凄まじい衝撃は、彼女の『安全靴による回し蹴り』だったらしい。
「ちょっとキャルル! うちの店のドアを蹴破るな!」
龍魔呂さんが青筋を立てて怒鳴るが、キャルルちゃんは「あはは、ごめんごめん! 勢い余っちゃって!」と全く反省の色を見せずに笑っている。
「はいどーもーっ! 全次元のリスナーのみんな、おはきゅら〜☆ 今日はポポロ村の英雄・DEATH4こと龍魔呂さんの可愛い弟君、生還祝いの突撃ゲリラ配信でーすっ!」
キャルルちゃんの後ろから、自撮り棒にエンジェルすまーとふぉんを取り付け、キラキラした笑顔でカメラに手を振っているのは、下級天使にして超人気ゴッドチューバーのキュララちゃんだ。
すでに空中に浮かぶコメント欄には、『うおおお生還おめ!』『弟きゅん可愛い!』『スパチャ投げる!』といった文字が猛烈な勢いで滝のように流れている。
「ふふっ、ユウ君、はじめまして。森のお友達から聞いて、お祝いのフルーツバスケットを錬成してきたわ。……えっと、ここでお水と太陽の光を浴びせれば、一瞬で収穫できるわよね?」
ふわりとしたお嬢様ドレスに身を包んだエルフのルナちゃんが、店の中に直接『種』を植えようとしている。
「ストップストップ! ルナちゃん、店の中で植物を暴走させないで!」
私が慌てて止めに入ると、最後に、ズルズルと健康サンダルを引きずりながら、芋ジャージ姿の少女が店内に入ってきた。
「ふんっ、生還おめでとうございます。……仕方ないから、私が今朝、タローソンの裏口で野良犬と死闘を繰り広げて勝ち取った『廃棄の特上シャケ弁当』を、お祝いに分けてあげますわ。感謝しなさい!」
鼻息を荒くして弁当を差し出したのは、シーラン国の人魚姫にして、地下アイドル(貧乏神)のリーザちゃんだった。
その顔には、野良犬に引っ掻かれたような傷跡と、鼻の穴に五円玉を詰めて戦った形跡がうっすらと残っている。
「えっと……お姉ちゃんたちは……?」
突然乱入してきた個性の強すぎる四人に、ユウ君は目を白黒させて、龍魔呂さんの後ろに隠れてしまった。
「怖がらなくていいわよ、ユウ君。私、この村の村長のキャルル! こっちのジャージがリーザで、ドレスがルナ。カメラ回してるのがキュララ。みーんな、リリちゃんの親友で、シェアハウス仲間のお姉さんたちだよ!」
キャルルちゃんがしゃがみ込み、ポケットから飴玉を取り出してユウ君に差し出した。
「ほら、これあげる。ポポロ村特製のハニーかぼちゃキャンディ!」
「……あ、ありがとう」
ユウ君がおずおずとキャンディを受け取ると、ルナちゃんがニコニコしながら歩み寄ってきた。
「私も、特別なお祝いをあげるわね。えっと……今月の世界樹からのお小遣い、純金百キログラムの延べ棒があるんだけど、受け取ってくれるかしら?」
ルナちゃんが魔法のポーチから、尋常ではない質量を放つ黄金の塊を取り出そうとした瞬間。
――ビターンッ!!
「ぐふっ!?」
「バカッ! 市場が崩壊するでしょ!」
キャルルちゃんが目にも留まらぬ速さでトンファーを抜き放ち、ルナちゃんの脳天に華麗な峰打ちを炸裂させた。ルナちゃんは「きゅぅ……」と可愛い声を漏らして気絶し、そのまま床に崩れ落ちた。
「な、なんやこの騒ぎは……?」
あまりの混沌ぶりに、ユウ君が完全にポカンとしている。
龍魔呂さんは深々とため息を吐き、こめかみを揉んだ。
「……リリアナ。お前の友達は、相変わらず騒がしいな」
「あはは……ごめんなさい、龍魔呂さん。でも、みんなお祝いに来てくれたんですから」
私は苦笑いしながらも、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
エスター王国を追放された時、私には帰る場所も、温かく迎えてくれる友達もいなかった。
でも、このポポロ村に来て、龍魔呂さんに拾われ、キャルルちゃんたちと出会って。私は、一人じゃなくなった。
こんなにも優しくて、ちょっと規格外で、賑やかな友達が、私の周りにはたくさんいる。
ここが、私の『居場所』なんだ。
「ほら、ユウ君! 私に向かってピースして! リスナーが『ユウ君の笑顔に五千円スパチャ!』って言ってるわよ!」
「えっ? ピ、ピース?」
キュララちゃんに急かされ、ユウ君が不慣れなピースサインをカメラに向けると、空中のコメント欄が爆発的に盛り上がった。
「ちょっとキュララ! 私のファン(太客)を取らないでちょうだい! その五千円は、私の『Love & Money』のスパチャ分ですわ!」
リーザちゃんが血相を変えてカメラの前に割り込もうとする。
「あはは、リーザちゃん、画面近すぎ! 画角から見切れてるから!」
「うるさーい! 私がお賽銭箱型掃除機で、全部吸い込んでやりますわ!」
ドタバタと騒ぎ回る女子たち。気絶から復活したルナちゃんが、なぜか店内に『ネタキャベツ』を生やして三面記事を喋らせ始め、店内は完全にカオスと化した。
「……たく。静かな朝の余韻が台無しだぜ」
龍魔呂さんは舌打ちをしながらも、その瞳にはどこか楽しげな色が浮かんでいた。
「ユウの奴も、あいつらのペースに巻き込まれりゃ、過去の暗い記憶なんてすぐに吹っ飛ぶだろうな」
「ふふっ。そうですね」
私は、龍魔呂さんの隣に寄り添い、騒がしい店内を愛おしく見渡した。
「ねぇ、龍魔呂さん。今夜は、みんなでお祝いの大宴会にしませんか?」
「宴会か。……まぁ、生還祝いとしては悪くねぇ。俺の奢りで、たらふく食わせてやるか」
「やたーっ! 龍魔呂さんのご飯だーっ!」
その会話を聞きつけたリーザちゃんが、一番に歓声を上げた。タローソンの弁当は、こっそりポケットに仕舞い込んでいる。
「よし、なら今夜はポポロ村名物、『肉椎茸の煮込みおでん』と『イモッカ』で決まりだね!」
キャルルちゃんがガッツポーズをした。
「うふふ、私、フルーツのデザートをたくさん作るわね」
「配信の同接も最高潮だー! みんな、夜の宴会配信も絶対見てねー!」
こうして、私たちの地獄からの生還祝いは、愉快なシェアハウス組の女子たちによって、かつてないほど賑やかで明るいものとなった。
◆◆◆
その日の夜。
『鬼龍』の一階は、貸し切りの大宴会場と化していた。
カウンターの上には、巨大な土鍋がいくつも並べられ、龍魔呂さん特製の『煮込みおでん』がぐつぐつと食欲をそそる湯気を立てている。
分厚い肉椎茸、ホクホクの月見大根、味が染み込んだシープピッグの角煮。醤油草と極上の出汁の香りが、店内に充満していた。
「かぁーっ! やっぱり龍魔呂の旦那のおでんは最高だね! イモッカが進む進む!」
キャルルちゃんが、おやじ臭い顔でジョッキを呷っている。
「もぐもぐ……ふはぁっ、美味しいですわ! タローソンの廃棄弁当とは次元が違います!」
リーザちゃんは、アイドルの体型管理など完全に忘れ去り、両手に串を持って一心不乱に食べている。
「ほら、ユウ。お前ももっと食え。肉椎茸の串だ」
「うんっ! あむっ……おいしーっ!」
龍魔呂さんがお皿に次々と具材を取り分けると、ユウ君は幸せそうに頬を緩ませた。
「ふふふ、龍魔呂さん、すっかりお父さんみたいですね」
私がクスリと笑って小声で言うと、龍魔呂さんは少しだけ耳を赤くして「バカ言え。俺は兄貴だ」とそっぽを向いた。
ワイワイと騒ぎ続ける女子たち。お腹いっぱい食べて、笑い合って、他愛のない話で盛り上がる。
これこそが、私が守りたかった日常。
私たちが命を懸けて地獄から持ち帰った、光の差す明日だ。
(ずっと……この平和が、続けばいいな)
私は、手に持っていた陽薬茶の入ったグラスを見つめ、心の中でそっと祈った。
エスター王国での惨めな記憶は、もう遠い昔のことのように思える。
今の私には、このポポロ村という居場所と、愛する人がいるのだから。
しかし。
世界というものは、幸せな時間が永遠に続くことを、そう簡単には許してはくれない。
私がこの温かい日常を満喫している、まさにその裏側で。
かつて私を地獄へ突き落とした『因縁の影』が、炎上神の悪意と結びつき、この平和な村へ向けて、静かに進軍を開始していたことなど――この時の私たちは、まだ知る由もなかったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




