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『無能と追放された令嬢、辺境の強面料理人に拾われる。極上ご飯と規格外の溺愛で満たされ、私を捨てた国は親友が滅ぼすそうです』  作者: 月神世一


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EP 15

帰還。光の差す食卓と、永遠の愛の誓い

 圧倒的な眩しさに、私は思わずきつく目を閉じた。

 次元ゲートを潜り抜けたランドクルーザーのフロントガラス越しに飛び込んできたのは、地獄の赤黒い空でも、煮えたぎる血の池でもない。

 抜けるような青空と、温かい太陽の光だった。

「……ッ、戻ってきた……!」

 ズザァァァァッ! と土煙を上げて、ランクルが着地する。

 そこは、私たちが出発したポポロ村の郊外、荒野のど真ん中だった。

 窓の外では、鳥たちが羽ばたき、風が青草を優しく揺らしている。地獄の瘴気など欠片もない、生命の息吹に満ちた美しい現世の風景。

「あ、アカン……ホンマに生きて帰ってこられたんやな……」

「お……おおおぉぉ……! 拙者の、拙者のロマン砲が役に立ったでござるよォォ……!」

 後部座席で、ロードさんと気絶から目を覚ました良樹さんが、互いに抱き合って号泣している。

 ユイちゃんは空中でクルリと一回転すると、「お疲れ様! 僕は神界に戻って、ルチアナのオバハンと一緒に始末書の言い訳を考えてくるよ!」とウインクを残し、紫色の雷光と共に空の彼方へ消えていった。

「はぁっ……はぁっ……」

 私は、全身の魔力を使い果たした脱力感から、シートに深く沈み込んで荒い息を吐いた。

 やり遂げたのだ。神の理をぶち壊し、地獄の閻魔を倒し、私たちは……全員で、生きて帰ってきた。

「リリアナ」

 運転席の龍魔呂さんが、エンジンを切って、静かに私の名を呼んだ。

 彼はシートベルトを外し、私の頬にそっと、大きな手を添えた。

「無茶しやがって。……お前のあの魔法がなけりゃ、俺たちは今頃、虚無の中だったぜ」

「えへへ……。私だって、やるときはやるんです」

 私が弱々しくも得意げに笑うと、彼はふっと目を細め、私の額に優しく唇を落とした。

 タバコと、土埃と、かすかな血の匂い。でも、世界中の何よりも安心する、私の愛する人の匂い。

「……帰るぞ。俺たちの家に」

「はい……っ」

 私たちは、後部座席で眠り続けるユウ君をそっと抱き上げ、ポポロ村にある小料理屋『鬼龍』へと車を走らせたのだった。

 ◆◆◆

 数時間後。

『鬼龍』の二階、私たちのプライベートな居住スペース。

 清潔なシーツに包まれたベッドの中で、ユウ君がゆっくりと……本当にゆっくりと、その重い瞼を開いた。

「ん……ぁ……」

 かすれた小さな声。

 ベッドの傍らで、ずっと彼の小さな手を両手で握りしめ、身じろぎ一つせずに祈り続けていた龍魔呂さんが、ビクッと肩を震わせた。

「ユウ……?」

「……にい、ちゃん……?」

 ユウ君の大きな瞳が、瞬きを繰り返す。

 十年の時を巻き戻され、地獄での凄惨な記憶は少し曖昧になっているようだった。しかし、目の前にいる大柄な男が、大好きな自分の兄であることは、本能で理解しているようだった。

「兄ちゃん……。ごめんね……僕、急に眠くなっちゃって……」

 ユウ君は、スラムのゴミ捨て場で目を閉じた、あの日の感覚のままなのだ。

「痛いの……もう、なくなったよ。……兄ちゃん、泣いてるの?」

 ユウ君が、小さな手を伸ばし、龍魔呂さんの頬に触れた。

 その温かい、生きている人間の体温に触れた瞬間。

「あ……あぁ……っ」

 龍魔呂さんの目から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。

「ユウ……ッ、ユウ……ッ!!」

 彼は、ベッドに顔を埋めるようにして、弟の小さな身体を強く、壊さないように抱きしめた。

「ごめんな……っ。迎えに行くのが、遅くなって……本当に、ごめんな……っ」

 いつもは冷酷で、悪党を震え上がらせる無敵の処刑人。

 私には、頼もしくて、大きくて、絶対に守り抜いてくれるスパダリ。

 そんな彼が、今はただの『一人の兄』として、子供のように声を上げて泣きじゃくっていた。

 十年間、彼を縛り付けていた呪い。

 弟を救えなかったという巨大な十字架が、音を立てて崩れ去っていく。

 彼が本当の意味で、過去の地獄から救済された瞬間だった。

「……泣かないで、兄ちゃん。僕、ずっと兄ちゃんのこと、待ってたよ」

 ユウ君も、ポロポロと涙を流しながら、龍魔呂さんの大きな背中を小さな手でトントンと優しく叩いている。

 私は、部屋の入り口に立ち、口元を両手で覆いながら、声を出さずに泣き続けた。

 よかった。本当によかった。

 私は、そっと部屋を後にして、一階の厨房へと向かった。

 彼らのために、今の私にできること。それは、温かくて、生命力に満ちた美味しいご飯を作ることだ。

 ◆◆◆

 小料理屋『鬼龍』のカウンターには、四つの大きなどんぶりが並んでいた。

 湯気を立てているのは、私が作った『肉椎茸と太陽芋の温かい雑炊』だ。

 私がエスター王国を追放され、心身ともにボロボロになってこの店に転がり込んだ夜。

 龍魔呂さんが私に作ってくれた、あの優しくて、胃の底から温まる雑炊。

 今日は私が、彼と、ユウ君のために作ったのだ。

「うおぉぉ……! ええ匂いや……! ワテ、このために地獄から帰ってきたようなもんやで!」

 カウンター席で、一番乗りでレンゲを構えているロードさんが、ヨダレを垂らしている。

「拙者も、拙者もでござる! 命懸けのロマン砲の後のタダ飯、最高でござるッ!」

 良樹さんも目を輝かせている。

 そこへ、二階から龍魔呂さんが、ユウ君と手を繋いで降りてきた。

 ユウ君の足取りはまだ少しおぼつかないが、その顔には、十歳の子供らしい無邪気な血色が戻っていた。

「リリアナお姉ちゃん、これ、お姉ちゃんが作ってくれたの?」

「うん。ユウ君の体がびっくりしないように、柔らかく煮込んだ雑炊よ。熱いから、フーフーして食べてね」

 私が笑顔でユウ君を席に座らせると、龍魔呂さんが私の横に立ち、どんぶりを見下ろした。

「……俺が初めてお前に作った、あの雑炊か」

「はい。龍魔呂さんの足元にも及びませんけど……愛情だけは、たっぷり込めました」

「……」

 龍魔呂さんは、何も言わずに私の頭を大きな手でポンポンと撫でてから、ユウ君の隣に座った。

「いただきます」

 五人揃って、温かい雑炊を口に運ぶ。

「おいしーっ! 兄ちゃん、これ、すっごく美味しいよ!」

 ユウ君が、目を丸くして喜ぶ。

「はふっ、はふっ! アカン、美味すぎる……! 太陽芋の甘みが、肉椎茸の出汁と完全に調和しとる!」

 ロードさんも良樹さんも、一心不乱に雑炊をかき込んでいる。

 私は、龍魔呂さんの横顔をそっと盗み見た。

 彼は、ゆっくりと雑炊を味わい、そして……本当に優しく、心からの笑顔を浮かべていた。

「……あぁ。すげぇ、美味い」

 その言葉だけで、私の胸は温かいものでいっぱいになり、また涙が溢れそうになった。

 生きて帰ってきて、大切な人たちと囲む、光の差す食卓。

 これが、私たちが戦って掴み取った『明日』なのだ。

 ◆◆◆

 夜。

 ユウ君が二階のベッドで再びスヤスヤと眠りにつき、ロードさんや良樹さんも帰った後。

 休業中の『鬼龍』の店内は、ショパンの『夜想曲(ノクターン)』の旋律だけが静かに流れていた。

 私はカウンターの片付けを終え、ふうっと一息ついた。

「リリアナ」

 背後から声がして振り返ると、カウンターに寄りかかった龍魔呂さんが、真鍮のライターを手の中で転がしながら私を見つめていた。

 タバコには、火をつけていない。

「龍魔呂さん。ユウ君、ぐっすり眠ってますね」

「あぁ……。ロードの奴が、治癒魔法と時間魔法の調整が完璧に定着するまで、しばらくはよく眠るって言ってたからな」

 龍魔呂さんはライターをポケットに仕舞うと、ゆっくりと私の方へ歩み寄ってきた。

 彼の大きな影が、私をすっぽりと包み込む。

 そして、彼は私の腰に手を回し、フワリと身体を浮かせたかと思うと、自分ごとカウンターの椅子に座り、私を彼の膝の上へと抱き寄せた。

「ひゃっ……りゅ、龍魔呂さんっ、急に……っ」

「動くな」

 彼は私の背中に腕を回し、まるで逃がさないとばかりに、深く、強く抱きしめた。

 耳元で、彼自身の心音と、私の心音が重なり合うのがわかる。

「……ありがとな」

 彼の低い声が、私の耳をくすぐる。

「お前が……お前が一緒に地獄へ行くって言ってくれなきゃ、お前があの道(いばら)を創ってくれなきゃ、俺は、ユウを連れて帰ってくることはできなかった。……お前が、俺の終わらない地獄を終わらせてくれたんだ」

「龍魔呂さん……」

 私は、彼の広い胸に頬を寄せ、その大きな背中に腕を回した。

「私の方こそ、ありがとうございます。私を拾ってくれて。美味しいご飯をくれて……私を、愛してくれて」

 彼が私を少しだけ離し、その真剣な三白眼で、私の瞳を真っ直ぐに射抜いた。

 そこには、地獄の閻魔すらも焼き尽くした修羅の狂気など微塵もない。ただ、一人の女性を、この世界で最も愛し、溺愛し尽くすという、強烈なオスとしての光だけがあった。

「俺は、手が血塗れた大罪人だ。これからも、神のシステムや理不尽な悪党どもから目をつけられるかもしれない。……お前には、苦労をかける」

「覚悟の上です。私はもう、弱かったあの頃のリリアナじゃありません。あなたの隣に立つ女です」

 私の言葉に、彼はふっと、たまらなく嬉しそうに笑った。

「そうだな。お前には、一生敵う気がしねぇ」

 彼は、私の右手を取り、その薬指の付け根に、熱く、誓いを立てるようなキスを落とした。

「リリアナ」

「はい」

「これからは、俺とお前とユウで。……ずっと一緒に、この店で笑って生きてくれ」

 それは、世界で一番不器用で、けれど世界で一番甘い、極上のプロポーズだった。

「……はいっ。喜んで」

 私が涙まじりの笑顔で答えると、彼は私の顎を優しくすくい上げ、深くて、熱い口付けを交わした。

 もう、暗い過去に怯える必要はない。

 これからの私たちの未来には、温かいご飯と、彼からの甘すぎる溺愛と、愛する家族の笑顔だけが待っているのだから。

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