EP 14
ランクル爆走、崩壊する地獄からの脱出劇(私たちが創る、明日への道)
――ズゴゴゴゴゴゴゴッ!!
地獄の最下層が、文字通り『崩壊』していく。
閻魔大王というシステムの中核を失った冥界の空間は、その存在を維持できなくなり、空も、大地も、血の池も、すべてがドス黒い『虚無』へと呑み込まれようとしていた。
「龍魔呂さん、後ろから……虚無が削り取ってきますっ!」
「舌噛むなよ、リリアナ!」
私が助手席から身を乗り出して叫ぶと、龍魔呂さんは乱暴にシフトレバーを叩き込み、アクセルペダルを床の底まで踏み抜いた。
V8エンジンの猛烈な咆哮。
赤黒い闘気を再び纏ったランドクルーザー70が、崩れゆく岩肌を猛烈な勢いでドリフトしながら駆け抜けていく。
後部座席では、実体を取り戻した十歳のユウ君が、ロードさんの膝を枕にして安らかに眠っている。この激しい揺れの中でも起きないのは、ロードさんが時間操作の余波で『深い睡眠』を付与してくれているからだ。
「ヒャハハハッ! たつまろ、右だ! そっちの地盤は三秒後に崩落するぞォ!」
通信機越しにガジェットさんのナビゲートが響く。
龍魔呂さんは神業のようなハンドル捌きで、次々と崩れ落ちるクレバスを間一髪で飛び越え、現世への出口である『次元ゲート』が存在する上層へと向かって爆走を続けていた。
窓の外では、並走するように飛んでいるユイちゃんが、降り注ぐ巨大な岩石を紫色の雷撃で次々と粉砕してくれている。
「アハハッ! たつまろ、遅い遅い! 虚無に追いつかれちゃうよ!」
「うるせぇ! これ以上踏み込んだらエンジンが焼き付くんだよッ!」
ギリギリの死闘。
しかし、誰もが諦めてはいなかった。愛する人の魂を取り戻し、あとは帰るだけなのだから。
――だが、地獄もそうやすやすとは逃してはくれなかった。
「グガァァァァァッ!!」
「生者メ……生者メェェェェッ!! 我ラヲ置イテ行クナァァァッ!!」
進行方向の谷間。
そこに、崩壊の恐怖に狂った数万の亡者たちと、生き残っていた地獄の鬼たちが、出口を塞ぐようにして津波のように押し寄せてきたのだ。
さらに、彼らの頭上からは、山のように巨大な岩盤が崩落してきている。
「なっ……前からも上からも!? これじゃあ、避けきれません!」
私が悲鳴を上げた、その時だった。
「――フッ。慌てるでないでござる、リリアナ殿。ここから先は、この拙者にお任せあれ!」
ランクルのサンルーフを勢いよく開け、上半身を外に乗り出したのは、黒コートをバサバサとはためかせた中二病の青年――良樹さんだった。
彼は、肩に担いだドワーフ製の超大型筒状兵器『竜撃砲』を、亡者の大群と落下する巨大岩盤へと真っ直ぐに構えた。
「よ、良樹はん!? アホか、お前みたいな一般人が何できんねん!」
ロードさんが目をひん剥く。
「フフフ……閻魔との戦いが始まった時から、密かにチャージを開始していたのでござるよ! 発射の『三分間』は、すでに満たされたッ!」
良樹さんは、何もない空中で、まるで透明な計器を操作するように指を素早く動かし始めた。
完全なる『エア操作(ごっこ遊び)』である。
「セーフティロック、解除! 魔力伝達系、オールグリーン! ターゲット、前方の障害物すべて……ロックオォォォンッ!!」
彼の絶叫と共に。
ドワーフの作ったロマン兵器『竜撃砲』の銃口から、太陽のように眩い極太の魔力熱線が放たれた。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
それは、まさに一撃必殺の浪漫砲だった。
一直線に放たれた光の奔流は、押し寄せていた数万の亡者たちを一瞬で消し飛ばし、頭上から落下してきていた巨大岩盤ごと、地獄の空間を一直線に穿ち抜いた。
私たちの目の前に、見事なまでの『光のトンネル(活路)』が切り開かれたのだ。
「うおぉぉぉぉぉッ!? やったでござるゥゥゥッ!!」
良樹さんが歓喜の雄叫びを上げる。
しかし、竜撃砲の凄まじい反動は、彼のような一般人が耐えられるものではなかった。
「あべぇぇぇぇっ!?」
反動で身体が後ろに弾き飛ばされ、良樹さんはサンルーフから車内へと綺麗に落下し、後部座席で目を回して気絶してしまった。
「……フッ。よくやったぜ、ガキ」
龍魔呂さんがニヤリと笑い、良樹さんがこじ開けた光のトンネルへとランクルを突入させる。
周囲の虚無が迫る中、私たちはついに、上空に浮かぶ漆黒の『次元ゲート』の真下へと辿り着いた。
「見えた! あのゲートを潜れば、ルナミス帝国の上空に出るはずや!」
ロードさんが叫ぶ。
しかし。
次元ゲートが存在するのは、はるか数百メートルも上の空中だった。
本来なら、ゲートに向かって螺旋状に伸びていたはずの『巨大な岩の道』があったのだ。
だが――。
ガラガラガラッ……ズゴォォォォォンッ!!
「な……っ!?」
龍魔呂さんが、急ブレーキを踏んだ。
キキィィィィッ!! という摩擦音と共に、ランクルが崖のギリギリで停止する。
ゲートへと続く唯一の道だった岩の螺旋階段が、地獄の崩壊に耐えきれず、私たちの目の前で完全に崩れ落ちてしまったのだ。
ゲートと私たちの間には、もはや何もない広大な空間しか存在しない。
「道が……ない……っ!?」
「クソッ!!」
龍魔呂さんが、力任せにハンドルを叩いた。
「赤黒い闘気で車体をジャンプさせたとしても、あそこまでは届かねぇ……! ここまで来て、どうすりゃいいんだ!」
背後からは、すべてを呑み込むドス黒い虚無が、音を立てて迫ってきている。
あと数十秒もすれば、私たちが立っているこの崖も消滅してしまう。
ユイちゃんが私たちを抱えて飛ぼうにも、ランクルの質量と、眠っているユウ君を安全に運ぶには時間が足りなすぎる。
「アカン……! 万事休すや……ッ!」
ロードさんが、顔を青ざめさせて頭を抱えた。
――絶望が、車内を支配しかけた。
そんな中。
私は、助手席のドアを蹴り開け、ランクルの外へと飛び出していた。
「リリアナ!? 何やってんだ、外は瘴気で――」
「龍魔呂さんッ!」
私は、吹き荒れる地獄の熱風に髪をなびかせながら、崖の縁に立ち、振り返って彼を真っ直ぐに見つめた。
私の手には、魔法のポーチから取り出した、一握りの『種』が握られていた。
「道がないなら。……私が、創ります」
「なっ……お前の魔法は、ここでは使えないはずだ!」
「いいえ。使えます」
私は、あの時、閻魔大王の神威の前で治癒魔法が掻き消されたことを思い出していた。
確かに、ここは死の領域。生命を育む魔法は、地獄の理に真っ向から反発してしまう。
でも、今はもう、地獄の核だった閻魔大王はいない。
そして何より。
愛する人を、絶対にあの温かい世界へ帰すという、私の『覚悟』が、そんな理を凌駕していた。
「私を拾ってくれたあなたに。ユウ君に。……光の当たる明日を、歩いてほしいから!」
私は、握りしめていた『陽薬草』の種を、崖の下の暗闇に向かって力強く投げ放った。
そして、胸の前で両手を組み、全身の魔力回路を限界まで開け放った。
「お願い……! 命よ、芽吹いてッ!!」
私の全身から、圧倒的な緑色の光――『豊穣の魔力』が爆発的に噴き出した。
地獄のドス黒い瘴気と、私の生命の魔力が激突し、火花を散らす。
身体中の血管が焼き切れそうな激痛が走る。
それでも、私は絶対に魔力を緩めなかった。
「リリィィィッ!!」
ユイちゃんが上空から驚きの声を上げる。
――パァァァァァァァァッ!!!!
崖の下の暗闇で。
私が投げた『陽薬草』の種が、私の豊穣の魔力を限界まで吸い上げ、異常な速度で発芽した。
それは、小さな薬草などではなかった。
地獄の瘴気を喰らい、相反する魔力をバネにして暴走した植物は、直径数十メートルにも及ぶ【超巨大な茨の道】となって、崖の底から天に向かって猛烈な勢いで成長を始めたのだ。
ズゴゴゴゴゴゴォォォォッ!!
エメラルドグリーンの光を放つ巨大な植物の螺旋が、何もない虚空に、見事なまでの『道』を創り出していく。
その先端は、上空に浮かぶ次元ゲートの直前まで一気に到達し、しっかりと固定された。
地獄の荒野に突如として咲き誇った、眩いばかりの緑の橋。
それは、生きたいと願う私たちの執念が、死の世界に打ち勝った証だった。
「……はぁっ……はぁっ……」
魔力を使い果たし、膝から崩れ落ちそうになった私の身体を。
背後から、大きくて温かい腕が、強く抱き止めてくれた。
「……大した女だ、お前は」
龍魔呂さんだった。
彼は、そのまま私を横抱き(お姫様抱っこ)にして、助手席へと優しく乗せてくれた。
彼の三白眼は、私への呆れと、そして……世界中の何よりも深い愛情に満ちていた。
「俺たちが帰るための道、確かに受け取ったぜ。……しっかり掴まってろ」
「はい……っ!」
龍魔呂さんが運転席に乗り込み、再びアクセルを踏み込む。
グォォォォォォォンッ!!
ランクルは、私が創り出した緑に輝く巨大な茨の道へと、そのタイヤを乗せた。
崖が崩れ、虚無が足元まで迫る中。
私たちは、光を放つ植物のスロープを、天に向かって猛スピードで駆け上がっていく。
「アハハッ! 最高だね、二人とも!」
並走するユイちゃんが、ゲートに向かって紫色の雷を放ち、次元の扉をさらに大きくこじ開けてくれる。
後部座席で眠るユウ君の寝顔をバックミラーで確認し。
龍魔呂さんは、不敵な笑みを浮かべて、私に向かって言った。
「リリアナ。……帰るぞ。俺たちの家に」
「はいっ!!」
赤黒い闘気を纏った鋼鉄の車体が、ついに漆黒の次元ゲートへと飛び込む。
そして。
次の瞬間、私たちの視界を、圧倒的に眩しく、温かい『太陽の光』が包み込んだ。
地獄殴り込みの長い夜が終わり。私たちはついに、生者たちの待つ、光に満ちた明日へと帰還を果たしたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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