EP 3
規格外の親友降臨と、ざまぁの幕開け――崩壊する王国
私がポポロ村の小料理屋『鬼龍』で働き始めて、数日が過ぎた。
私の地味な植物育成魔法――否、龍魔呂さん曰く『規格外の豊穣チート』のおかげで、店の裏手にある小さな家庭菜園は、今や伝説の食材がひしめき合う宝物庫へと変貌を遂げていた。
「すごい……一晩でこんなに大きくなるなんて」
朝の澄んだ空気の中、私は畑を見て感嘆の声を漏らした。
まん丸に太り、夜空の月のように淡い光を放つ『月見大根』。甘い香りを漂わせ、ツヤツヤと輝く『ハニーかぼちゃ』。そして、傷を癒やす効果が何倍にも濃縮された青々とした『陽薬草』。
かつて王城の痩せた土壌では、私の魔力を注いでも小さな花を咲かせるのが精一杯だった。けれど、このポポロ村の土と、何より「私の力が必要だ」と言ってくれた龍魔呂さんの存在が、私の魔法のリミッターを外してくれたのだと思う。
「おい、リリアナ。朝飯ができたぞ」
勝手口から、黒いエプロン姿の龍魔呂さんが顔を出した。大柄でヤクザ顔負けの強面なのに、彼が「ご飯だぞ」と呼んでくれるだけで、私の心はポカポカと温かくなる。
「はいっ! 今行きます!」
私が小走りで店に戻ると、カウンターにはほかほかの湯気を立てる朝食が並んでいた。
私が育てた月見大根のお味噌汁、ふっくら炊き上がった米麦草、そして香ばしく焼かれたお魚。一口食べるごとに、全身の細胞が喜ぶのがわかる。
龍魔呂さんは腕を組み、私が美味しそうに食べる姿を、目を細めてじっと見つめていた。その静かで優しい視線に、私は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。
「――あーっ! リリだ! 見つけたぁっ!!」
突然、店の入り口の扉がバーン! と勢いよく開け放たれた。
バンバンバンッ! と弾むような足音と共に店内に飛び込んできたのは、見覚えのある小柄な少女だった。
動きやすいショートパンツに、活発そうなボブカット。年の頃は私より少し下に見えるが、その瞳には底知れないイタズラっ子のような光が宿っている。
「ユイちゃん!?」
「リリ〜っ! 会いたかったよぉ!」
彼女の名前はユイ。王都にいた頃、お忍びで街を歩いていた彼女と偶然知り合い、なぜか私をひどく気に入ってくれて、それ以来唯一の『親友』として接してくれている女の子だ。
「どうしてここに!? 王都からポポロ村までは、馬車で何日もかかるのに……」
「えへへ、リリが追放されたって聞いて、急いで飛んできたんだ! もう、僕がいないところでいじめられるなんて、許せないなぁ」
ユイちゃんは私に抱きつきながら、頬をスリスリとすり寄せてくる。
相変わらず無邪気で可愛い親友の姿に、私はホッと安堵の息を吐いた。
「おい、ユイ。ウチの看板娘にベタベタすんじゃねぇ。仕事の邪魔だ」
龍魔呂さんが、ジロリとユイちゃんを睨み下ろす。
普通なら、身長百九十センチの強面マスターに睨まれれば、小さな女の子など泣き出してしまうだろう。しかし、ユイちゃんは全く怯むことなく、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。
「あはは! たつまろ、相変わらず怖い顔! でも、リリを拾ってくれたことだけは褒めてあげる。ほら、お土産話を持ってきた僕に、甘いもの出してよ!」
「……チッ。しゃあねぇな。リリアナ、お前も休憩にしろ」
舌打ちしながらも、龍魔呂さんは手早くキッチンに立ち、私が育てたハニーかぼちゃを使った特製の『かぼちゃプリン』を出してくれた。濃厚な甘みと、滑らかな舌触り。ユイちゃんと二人で「美味しい〜っ!」と頬を緩ませる。
「ふふっ、リリが幸せそうでよかった。……ねえ、リリ。少し疲れてない? 魔法を使いすぎたんじゃない?」
「え? そう、かな……?」
「うん。奥の部屋で少しお昼寝しておいでよ。僕、たつまろと積もる話があるからさ」
ユイちゃんの言葉に促され、私は自分の部屋へと向かった。確かに、急激に魔法を使った反動か、ふわりとした眠気が襲ってきていた。
◆◆◆
リリアナの足音が完全に二階へと消え、二階の部屋の扉が閉まる音がした瞬間。
――『鬼龍』の店内の空気が、一変した。
「…………」
「…………」
先ほどまでの和やかなカフェタイムの空気は消え失せ、肌を刺すような絶対的な『神威』が空間を制圧した。
ユイの瞳から無邪気な光が消え、万物を平伏させる傲慢で冷酷な光が宿る。彼女の周囲で、パチッ、パチッ……と、紫色の雷光が静かに爆ぜた。
彼女の正体――それは、神界からお忍びで人間界に降り立っている武闘派の神、『雷帝神ユイ』その人であった。
そして龍魔呂もまた、伝説の処刑人『DEATH4』としての赤黒い闘気を僅かに漏らし、雷帝神の威圧と完全に拮抗していた。
「……で? 神様が、わざわざこんな辺境まで何の用だ」
龍魔呂はポケットから真鍮製のオイルライターを取り出し、カチッ、と音を鳴らしてマルボロに火をつけた。紫煙を深く吸い込み、ユイを見下ろす。
「用なんて決まってるだろ? 僕の愛するリリを傷つけた、あのゴミクズどもについてさ」
ユイはスプーンを弄びながら、氷のように冷たい声で笑った。
「あんなちっぽけな王国の王太子ごときが、僕の親友を『無能』と呼んで泥水の中に蹴り出した。……ねえ、たつまろ。僕、今からあの国に戻って、王城に『神雷』を落としてきてもいい? 一瞬だよ。分子レベルで消し炭にして、王族の魂は永遠に地獄の業火で焼いてあげる」
ユイの言葉は冗談ではない。彼女がその気になれば、一つの国を地図から消し去るなど、瞬きの間に終わる。
しかし、龍魔呂は静かに首を振った。
「やめとけ」
「……なんで? あいつら、リリを殺しかけたんだよ!?」
「アイツが望んでねぇからだ。リリアナは、自分を虐げた連中を恨むより、自分が育てた野菜が美味いと喜ぶような、馬鹿みたいにお人好しな女だ」
龍魔呂はタバコの灰を落とし、二階の天井――リリアナが眠る部屋を見上げた。
その三白眼に宿っていた凶悪な光が、僅かに和らぐ。
「復讐なんて血生臭ぇ真似をして、あの綺麗に笑うようになった顔を曇らせたくねぇ。……あいつを傷つける奴が来たら、俺が全部『処理』する。あの国はもう放っておけ。どうせ、遠からず自滅する」
「……ふーん」
ユイは目を丸くした後、ニヤリと悪戯っぽく笑い、纏っていた神威をスッと引っ込めた。
「たつまろ、ずいぶんと丸くなったねぇ。昔は気に食わない奴を片っ端からミンチにしてた『死を呼ぶ四番(DEATH4)』のくせに」
「うるせぇ。……今は、ただの飯屋の親父だ」
不器用に視線を逸らす龍魔呂を見て、ユイはクスクスと笑った。
「ま、いいや。たつまろがそこまで言うなら、僕から手を下すのはやめてあげる。……でもね、たつまろの言う通り、あの国はもう終わりだよ」
ユイは窓の外、王都がある方角を見つめ、残酷な笑みを浮かべた。
「リリがどんな存在だったか、あの愚か者どもは、今頃思い知って絶望してる頃だろうね」
◆◆◆
――同時刻。王都、エスター王国の王城・謁見の間。
「ど、どういうことだッ!? 報告では、王都周辺の穀倉地帯が全て全滅しただと!?」
王太子アルベルトは、玉座の前で血走った目を剥き出しにし、震える宰相の胸ぐらを掴み上げていた。
「は、はい……! 昨晩から突如として、領内の全ての作物が枯れ果て、土が灰のように変色しております! 井戸の水は腐り、家畜が次々と倒れ……このままでは、三日と持たずに王都は飢餓と疫病の地獄と化します!」
「馬鹿な! なぜ突然そんなことになった!? おい、マリア! お前の『聖光魔法』で、なんとかしてみせろ!」
アルベルトが怒鳴りつけると、彼の傍らにいた豪奢なドレスの女――リリアナから婚約者の座を奪った男爵令嬢マリアが、ヒィッと短い悲鳴を上げた。
「む、無理ですわアルベルト様! 私の光魔法は怪我を治したり、魔物を退けるためのもの! 広大な土地を蘇らせるなんて、そんなこと……っ!」
「役立たずめッ!!」
アルベルトがマリアを床に突き飛ばした時、王宮の奥から、最高位の神官が青ざめた顔で転がり込んできた。
「で、殿下ァァッ! 大変なことが判明いたしました!」
「今度はなんだッ!」
「し、文献を調べた結果……我が国の豊かな土壌は、全て『大聖女』の無意識の加護によって維持されていたことが判明いたしました! その大聖女の特徴は、『植物の声を聞き、生育を促すことができる』というもので……」
その言葉に、謁見の間の空気が完全に凍りついた。
アルベルトの顔から、さぁーっと血の気が引いていく。
「な……なんだと……?」
植物の声を聞き、生育を促す。
それは、数日前に彼が「少し植物を元気にするだけの無能」と嘲笑い、泥水の中へ追放した公爵令嬢、リリアナの能力そのものだった。
「リリアナが……あの薄汚い女が、国を支える大聖女だったというのか……ッ!?」
「そ、その通りでございます! 大聖女様を追放したことで、この国は神の恩恵を失いました! もはや、彼女を連れ戻さなければ、我が国は滅びます!!」
ガクン、と。アルベルトはその場に膝をついた。
己がどれほど取り返しのつかない愚行を犯したのか。国を救う唯一の女神を、自らの手でゴミのように捨ててしまったのだと、ようやく理解したのだ。
「……騎士団を、出せ」
アルベルトはギリッと歯を食いしばり、狂気に満ちた声で叫んだ。
「精鋭部隊を全て国境方面へ向かわせろ! 辺境の村をしらみ潰しに探し、リリアナを連れ戻せ! どんな手を使ってでも、引きずってでもだ!!」
王太子の絶望の叫びが、枯れ果てた王城に虚しく響き渡る。
だが、彼らは知る由もなかった。
彼らが捨てた至宝は今、この世界で最も恐ろしく、最も過保護な『伝説の処刑人』の絶対的な庇護下にあり――その笑顔を奪おうとする者には、文字通りの『地獄』が待っているということを。
読んでいただきありがとうございます。
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