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『無能と追放された令嬢、辺境の強面料理人に拾われる。極上ご飯と規格外の溺愛で満たされ、私を捨てた国は親友が滅ぼすそうです』  作者: 月神世一


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EP 10

最凶のトリガー。処刑開始のライター音と神機の降臨

 ――カチッ。

 澄み切った、金属の弾ける音。

 それは、亡者たちの呻き声と子供たちの悲鳴で満ちていた賽の河原に、不釣り合いなほど冷たく、そして鋭く響き渡った。

「あン? なんだ今の音は」

 ユウ君を蹴り飛ばした巨大な赤鬼が、苛立たしげに振り返る。

 他の鬼たちも、一斉に音のした方向――私たちが身を潜めていた岩陰へと視線を向けた。

 そこには。

 右手で真鍮のオイルライターの蓋を開け放ち、火をつけないまま、ただ静かに立ち尽くす一人の人間の男の姿があった。

 黒のレザージャケットに、ワインレッドのタートルネック。

 一見すれば、地獄の荒野に迷い込んだ哀れな生者に見えるかもしれない。

 しかし、その男――鬼神龍魔呂から放たれているのは、怯えでも絶望でもない。

 シュー……、と。ライターから微かなオイルの匂いが揮発する。

「……お前らが、悪だ」

 低く、地響きのように重い声。

 彼の焦点の合っていない三白眼は、完全に光を失い、絶対零度の暗黒へと沈み込んでいた。

 そして、彼の全身からドクドクと溢れ出す『赤黒い闘気』が、周囲の岩を溶かし、地獄の澱んだ空気すらも恐怖で震え上がらせている。

「な、なんだあの人間……ッ!? 生者の分際で、この地獄の瘴気の中で平然と立っていやがる……!」

「それに、あの禍々しいオーラは何だ!? まるで、俺たちよりもよっぽど恐ろしい……『本物の悪鬼』じゃねぇか……ッ!」

 鬼たちが、本能的な恐怖に一歩後ずさりした。

 地獄の獄卒である彼らでさえ、今目の前にいる存在が、決して触れてはならない逆鱗であることを理解したのだ。

 ――カチンッ!!

 龍魔呂さんが、親指でライターの蓋を強く弾き閉じた。

 その音が、空間を切り裂く。

 彼が自らの手で定めた、絶対的な『処刑開始』の合図だった。

『――ヒャハハハハッ!! 待ってたぜェ、マイ・ゴッドォォォッ!!』

 突如として、何もない地獄の空から、狂気に満ちた男の高笑いが響き渡った。

 次元の狭間にある要塞から、常に龍魔呂さんの状態をモニタリングしているマッドサイエンティスト、ガジェットさんの声だ。

 バリバリバリッ!!

 上空の赤黒い空が、ガラスが割れるように無惨に砕け散った。

 次元の壁を物理的に突き破り、そこから降ってきたのは――ビル一つ分はあろうかという、超巨大な漆黒の『次元コンテナ』だった。

「な、なんだアレはァァァッ!?」

 鬼たちが空を見上げて絶叫する。

 ズドォォォォォォォォンッ!!!!

 凄まじい轟音と共に、賽の河原のど真ん中にコンテナが墜落した。激しい衝撃波が走り、鬼たちが吹き飛ばされる。

 砂煙が舞う中、コンテナの四面の装甲が、プシュゥゥゥッと重厚な排気音を立ててパージ(展開)された。

 そこから姿を現したのは。

 純白の装甲を持ちながら、龍魔呂さんの放つ赤黒い闘気と完全に同調し、すでに禍々しい真紅へと染まり始めている鋼鉄の巨人。

 人型機神『ラビーク』だった。

『さぁ、最高にイカれたショーの始まりだぜェ! やっちまえ、たつまろォ!』

 龍魔呂さんは、琉球古武術の歩法『縮地』によって、一瞬にしてラビークの胸部ハッチへと跳躍し、コックピットに滑り込んだ。

 ガコンッ、とハッチが閉まる。

 次の瞬間、ラビークのツインアイが、地獄の業火よりも恐ろしい赤黒い閃光を放った。

「あ……あぁ……っ」

 地面に倒れ込んでいたユウ君が、信じられないものを見るように、ポカンと口を開けてその巨人を見上げていた。

 十年前に別れたはずの、大好きだった兄の姿。それが、こんな地獄の底に、自分を助けにやってきたのだ。

『対象(ターゲット)、完全ロック。……根絶やしにする』

 外部スピーカーから響く、龍魔呂さんの感情を完全に排した氷のような声。

 ラビークの背部にマウントされていた、巨大な無骨な兵装――『一二七ミリ・ガトリング砲』が、両腕にガチャンッと構えられた。

 護衛艦の主砲クラスの口径を持つ砲身が、六本。

 それが、不気味なモーター音を立てて、キュルルルル……と回転を始める。

「ひぃぃぃっ! に、逃げろォォォッ!!」

「なんじゃあのアナログな兵器はァ! こんな地獄で通用するわけが――」

 鬼のリーダー格が、巨大な金棒を構えて叫んだ。

 だが、彼の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 ズガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!!

 毎分二千発。

 ただでさえ規格外の破壊力を持つ一二七ミリの弾丸に、龍魔呂さんの『赤黒い闘気』が極限までエンチャント(付与)されている。

 放たれた無数の閃光は、物理法則も地獄の理(ルール)も完全に無視した、圧倒的な『暴力の嵐』だった。

「ギャァァァァァァァッ!?」

 弾幕が直撃した瞬間、身の丈三メートルの強靭な鬼たちの身体が、まるで水風船のようにパァンッ、パァンッ! と破裂していく。

 金棒で防ごうとした鬼は、金棒ごと上半身を粉砕された。

 逃げようと背を向けた鬼は、下半身を肉片に変えられて血の池に沈んだ。

「ひいいいぃっ! 許して、許してくれェェッ!」

『……』

 慈悲など、一欠片もない。

 愛する弟を、そして何の罪もない子供たちを何十年も虐げてきたクズ共に、与える情けなど存在するはずがなかった。

 龍魔呂さんの意志と完全に同調するラビークは、コックピットの中で彼が放つ鬼神流の型――太極拳と八極拳の動きをトレースし、巨体とは思えない滑らかな動きで砲身の狙いを次々と変えていく。

 

 ズガガガガガガガガッ!!

 賽の河原が、赤黒い閃光と爆発に包まれる。

 岩盤がえぐり取られ、地獄の空間そのものが悲鳴を上げている。

 先ほどまで高笑いを上げていた鬼どもは、抵抗する間も、逃げ惑う間もなく、ただ一方的に『挽肉』へと変えられていった。

 これが、無敵の処刑人『DEATH4』の真の姿。

 自分のテリトリー(愛する者)を侵した者に対する、理不尽なまでの完全殲滅戦だ。

「す、すげぇでござる……! なんという圧倒的なロマン砲……! 拙者の竜撃砲が可愛く見えるでござるッ!」

 岩陰から顔を出した良樹さんが、興奮で鼻息を荒くしている。

「アホか! あんなもん、ただの虐殺やないか! 神界の監視網ぶち抜いて地獄でガトリングぶっぱなすとか、頭イカれとるでホンマに!」

 ロードさんはドン引きしながら頭を抱えていた。

 やがて。

 銃身が赤熱し、凄まじい硝煙が河原に立ち込める中。

 ガトリング砲の回転音が、シュー……とゆっくり停止した。

 静寂が、戻った。

 そこにあったのは、もはや原型を留めていない鬼たちの肉片と、えぐり取られた地獄の大地だけだった。

 数百体はいたはずの獄卒の鬼たちが、たった数分の掃射で、文字通り『根絶やし』にされたのだ。

「……あ……」

 石の陰で身を寄せ合っていた子供たちが、怯えながらも、目の前で起きた奇跡に呆然としている。

 その中で、泥だらけになったユウ君が、震える足で立ち上がった。

『……ユウ』

 ラビークの外部スピーカーから、先ほどまでの氷のような殺気が消え、ひどく掠れた、震える声が響いた。

 機体がゆっくりと膝をつき、胸部のハッチが開く。

 そこから飛び降りた龍魔呂さんは、赤黒い闘気を完全に霧散させ、ただの『兄』の顔に戻っていた。

「兄ちゃん……? 本当に、兄ちゃん……なの?」

 ユウ君の大きな瞳から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

「あぁ……遅くなって、悪かった。……もう、大丈夫だ。俺が迎えに来た」

 龍魔呂さんが、ユウ君をその大きな腕で強く、強く抱きしめた。

 十年の時を超えた、地獄の底での再会。

 その光景に、私も思わず目頭を押さえた。これで、ようやく彼を縛っていた呪いが解ける。ユウ君を連れて、みんなでポポロ村に帰れるんだ。

 ――しかし。

 私がそう安堵した、まさにその直後だった。

『――愚かな生者よ。我が地獄の庭を荒らし、罪人を奪おうとするか』

 ズズズズズズズ……ッ!!

 賽の河原全体が、大地震のように激しく揺れ始めた。

 血の池が沸騰し、上空のドス黒い雲が渦を巻く。

 そして、えぐり取られた大地を割って、山よりも巨大な、圧倒的な『絶望の化身』が姿を現した。

「な、なんやアレは……ッ!?」

 ロードさんが悲鳴を上げる。

 天を衝くほどの巨躯。

 真っ赤な顔に、世界を威圧するような恐ろしい形相。

 手には、天すらも叩き割れそうな巨大な錫杖(しゃくじょう)が握られている。

 冥界の絶対的支配者であり、裁きを司る最高存在――『閻魔大王』であった。

『神の理を外れ、輪廻の輪を壊す大罪人よ。その魂ごと、この錫杖で万の欠片にすり潰してくれるわ』

 閻魔大王から放たれる『神威』は、先ほどの鬼どもとは次元が違った。

 空間そのものが重力で押し潰されそうになり、立っていることすらままならない。

 私たちが対峙しているのは、間違いなく『神』そのものなのだ。

「……チッ」

 龍魔呂さんはユウ君を背中に庇い、再び鋭い三白眼で巨神を睨み上げた。

 カチッ、と。彼の手の中で、再びライターの蓋が開かれる。

 地獄殴り込みの本当の絶望(クライマックス)が、今まさに、その幕を開けようとしていた。

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