EP 6
堕落女神ルチアナと、地獄へのパスポート(推し活とPVの天秤)
神界の一角、天使たちが統べる美しき国『セレスティア』。
その最深部にある世界神ルチアナの私室は、神聖な外観とは裏腹に、驚くほど所帯染みた空間となっていた。
「あー、もう! ヴァルキュリアの奴、また書類山積みにしやがって。こっちは月人君の新しいPV回すので忙しいっつーの……」
万年出しっぱなしのコタツに下半身を突っ込み、色あせたピンク色の芋ジャージに健康サンダルという、神の威厳の欠片もない姿で管を巻いているのは、第3種惑星神格公務員・世界神ルチアナ(永遠の十七歳・自称)である。
彼女は片手にプシュッと開けた缶ビールを持ち、もう片方の手でピアニッシモ・メンソールをふかしながら、エンジェルすまーとふぉんの画面を食い入るように見つめていた。
画面の中では、地球のイケメンアイドル・朝倉月人がキラキラと歌い踊っている。彼女のエンジェルすまーとふぉんに付帯しているクレジットカード(上限百万円)は、今月も推し活費用とソシャゲの課金によってすでに九十万円を突破しており、月末の支払いに向けて首が回らない状態だった。
「ルチアナ、邪魔するよー」
ガチャリ、と無遠慮にドアを開けて入ってきたのは、雷帝神ユイだった。
ルチアナはビクッと肩を跳ねさせ、慌ててビール缶をコタツ布団の下に隠した。
「ゆ、ユイちゃん!? ちょっと、ノックくらいしなさいよ! 神聖な世界神の執務室にズカズカと……!」
「神聖な執務室から、タバコとビールの匂いがプンプンしてるんだけど。まあいいや。ユニーバから、泥被りな案件は君に任せるって言質を取ってきたからさ」
「はぁ!? あのポンコツ上司、また私に面倒事を丸投げしたわけ!?」
ルチアナは頭を抱え、コタツ机に突っ伏した。
ユイはそんな彼女の向かいにドカッと座り、単刀直入に本題を切り出した。
「単刀直入に言うね。たつまろ……鬼神龍魔呂とリリアナたちが、ユウ君の魂を救うために地獄に殴り込みをかける。そのための次元ゲートを開ける権限を頂戴」
「…………は?」
ルチアナは、咥えていたタバコをポロリと落としそうになった。
「ば、馬鹿じゃないの!? 生きた人間が地獄のゲートをこじ開けて殴り込む!? そんなの、ゴッドチューブの配信規約にも、神界の絶対法にも思いっきり違反してるじゃない! 監査委員会にバレたら、私、今度こそマグローザ漁船にドナドナされちゃうわよ!」
「そこをなんとかするのが、世界神の仕事でしょ?」
「無理無理無理! 絶対に却下! だいたい、法とシステムを司るガオガオンがそんなこと許すわけ――」
「あ、ガオガオンならもうポポロ村の極道弁護士が論破して、超AIを職務放棄モードに追い込んであるよ」
「アイツ何やってんのぉぉぉっ!?」
ルチアナは絶叫し、芋ジャージの襟を掻き毟った。
絶対無敵のはずのシステムが、人間の弁護士一人に論破されて沈黙している。神界のガバガバな管理体制に、ルチアナ自身が一番頭を抱えていた。
「とにかくダメ! リスクが高すぎるわ。私の一存で地獄へのパスポートなんか渡したら、責任問題で私の首が物理的に飛んじゃう!」
頑なに首を横に振るルチアナ。
しかし、ユイは焦る様子もなく、ニヤリと……悪魔のような笑みを浮かべた。
武力で脅すのはユニーバのようなデスクワーク専門の神には有効だが、俗世の欲にまみれたルチアナには、もっと効果的な『交渉術』があることを、ユイは熟知していた。
「そっかー、残念だなあ。……せっかく、朝倉月人の『地球・全国ドームツアー・最前列プラチナチケット(関係者パス付き)』を用意したのに」
「ピタッ」
ルチアナの動きが、完全にフリーズした。
「……え? 今、なんて?」
「だから、月人君のライブの最前列。しかもライブ後に楽屋裏で直接会って、ツーショット写真まで撮れちゃう関係者パス付きの超プレミアチケット。……まあ、ルチアナが協力してくれないなら、魔王のラスティアにでもあげようかな」
「待て待て待て待てぇい!!」
ルチアナは、コタツをひっくり返さんばかりの勢いで身を乗り出し、ユイの両手をガシッと掴んだ。その目は、完全に血走っている。
「ど、どうやってそんな神チケットを手に入れたの!? 地球のチケットサイトの抽選、私とラスティアで百垢くらい回したのに全滅だったのよ!?」
「神様のコネクション、舐めないでよね。で? これだけじゃリスクに見合わないっていうなら……もう一つ、とびきりの提案があるんだけど」
ユイは、エンジェルすまーとふぉんを取り出し、ある計算画面をルチアナに見せた。
「考えてもみてよ。伝説の処刑人DEATH4と、チート大聖女リリアナが、時を操る始祖竜を引き連れて地獄に殴り込み、地獄の支配者・閻魔大王と大ドンパチを繰り広げる。……これ、ゴッドチューブで『独占生配信』したら、どれくらいのPV(視聴数)を叩き出すと思う?」
「なっ……」
ルチアナの頭の中で、猛烈な勢いで電卓が弾かれた。
神蟲魔大戦レベルの特大エンタメ。いや、愛する弟を救うための壮絶なドラマと、圧倒的な暴力のカタルシス。
これが配信されれば、世界中の神々や異世界の住人たちが熱狂し、投げ銭と広告収入が、文字通り天文学的な数字で転がり込んでくる。
「こ、これなら……今の私のカードの借金九十万なんて一瞬で完済できるどころか、月人君のファンクラブの筆頭スポンサーに名乗りを上げられる……っ!」
ルチアナの口から、タラリと欲望のヨダレが垂れた。
規約違反? 監査委員会? そんなものは、圧倒的な売り上げとPVの前には霞んで消える。結果を出せば、神界の理不尽な上層部も黙らざるを得ないのだ。
「……乗ったわ」
ルチアナは、芋ジャージの袖で口元を拭い、キリッとした表情(ただしコタツに入ったまま)でユイを見据えた。
「その作戦、私が全面的にバックアップ(配信)させてもらうわ! 次元ゲートを開く権限は、始祖竜クロノの魔導通信石に直接アプリとしてインストールしてあげる。……だから、絶対に最前列チケット、よこしなさいよ!」
「交渉成立だね」
ユイはパチンと指を鳴らした。
法を司るガオガオンは沈黙し、世界を管理するルチアナは欲望に屈した。
これで、地獄へのゲートを開き、堂々と殴り込むためのお膳立ては、神界側でも完璧に整ったのだ。
◆◆◆
ユイが機嫌良くルチアナの部屋を後にした、その直後のこと。
ルチアナのエンジェルすまーとふぉんに、一つの非通知着信が入った。
『――クククッ。面白いことになっているじゃないか、ルチアナ先輩』
スピーカーから響いてきたのは、ノイズ混じりの、どこか冷酷で嘲笑うような若い男の声。
ルチアナは舌打ちをして、タバコに火をつけ直した。
「……何の用よ、ワイズ。あんたみたいな趣味の悪い炎上神と、雑談してる暇はないのよ」
『冷たいな。俺もゴッドチューブの運営側として、この【地獄殴り込み編】の独占配信には大いに興味があると言っているんだ。伝説の処刑人と、すべてを包み込む大聖女。……最高のキャストだ』
通信の向こう側、薄暗いモニタールームで、炎上神ワイズはカプチーノの入ったマイタンブラーを傾けながら、歪んだ笑みを浮かべていた。
彼は、他人の悲劇や絶望を煽り、それをエンタメとして消費することでPVを稼ぐ、最も悪辣な新入りの神だ。
『だが、ただのハッピーエンドじゃあ、視聴者はすぐに飽きちまう。……絶望の淵に突き落とされ、足掻き、愛する者を失って泣き叫ぶ。そういう最高の悲劇がなけりゃ、特大のバズりは生まれねぇんだよ』
「……あんた、余計なちょっかい出す気? 言っておくけど、あの鬼神と雷帝神を敵に回したら、いくらあんたでもタダじゃ済まないわよ」
『俺は何も直接は手を出さねぇよ。ただ……地獄の閻魔に、ほんの少し【有益な情報】を提供してやるだけさ。……さぁ、最高のエンタメを見せてもらおうぜ』
プツン、と通信が切れる。
ルチアナは嫌な汗をかきながら、画面を睨みつけた。
ワイズの暗躍。それが、龍魔呂たちにどれほどの試練をもたらすのか。
それでも、もうサイコロは振られてしまったのだ。
「……死ぬんじゃないわよ、あんたたち」
ルチアナは、神としての微かな良心と共に、クロノの端末へと『地獄へのパスポート(ゲート開門権限)』のデータを送信した。
地上では、愛する弟を奪い返すための修羅たちが、いよいよ出撃の時を迎えようとしていた。
神のシステムの沈黙、時間逆行の竜、そして地獄への鍵。
全てのピースが、今、完全に揃ったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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