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『無能と追放された令嬢、辺境の強面料理人に拾われる。極上ご飯と規格外の溺愛で満たされ、私を捨てた国は親友が滅ぼすそうです』  作者: 月神世一


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EP 5

大宇宙管理局。雷帝神の『お願い』と創造神の丸投げ

 その頃。ポポロ村からは遥か高み、次元のさらに上位に位置する神界の最高機関――『大宇宙管理局』。

 無機質で真っ白な廊下が続くその奥に、局内で最も偉い神が執務を行う『第1種宇宙創造神格公務員室』が存在した。

「はぁ~っ……可愛すぎますぅ。この肉球、このフォルム。天使、いや神ですね。私の方が神ですけど」

 豪奢なデスクの上には、山のように積み上げられた決裁書類の束。

 しかし、そのデスクの主である創造神ユニーバ・オリジンは、書類には一切目もくれず、空中に展開したホログラムモニターに釘付けになっていた。

 モニターに映し出されているのは、地球の動画サイトで人気の『子猫のじゃれ合い動画』である。

「んんっ、甘いアップルティーとお猫様。これが私のオアシス……」

 ユニーバは、マイタンブラーにたっぷりと淹れた激甘のアップルティーを啜り、高級なクッキーを口に放り込んだ。

 彼女は、全宇宙の創造を司る最高位の神である。

 しかし、その実態は「デスクワークと予算管理に追われる疲弊した公務員」であり、癒やしがなければ精神が崩壊してしまうほどに激務を極めていた。

 今日も今日とて、下界の争いや予算のやり繰りから目を背け、平和なおサボりタイムを満喫しようとしていた――その時だった。

 ――ズドォォォンッ!!

 突如として、何重もの神聖結界が張られていたはずの執務室の重厚な扉が、大砲で撃ち抜かれたかのように吹き飛び、壁に激突して粉々に砕け散った。

「にゃあぁぁぁっ!?」

 ユニーバは口に咥えていたクッキーを吹き出し、椅子ごと盛大にひっくり返った。

 もうもうと立ち込める粉塵。その奥から、パチッ……パチパチッ……と、空気を焼くような不穏な音が聞こえてくる。

「やっほー、ユニーバ。仕事、捗ってる?」

 粉塵を払いのけて姿を現したのは、動きやすいショートパンツにボブカットという、一見するとただの活発な人間の少女だった。

 しかし、その周囲には紫色の稲妻が龍のようにうねり、彼女がただ一歩足を踏み出すだけで、創造神の執務室の空間そのものが悲鳴を上げて軋んでいた。

 神界における『特例』であり、最強の武闘派神。雷帝神ユイである。

「ひぃぃぃっ!? ゆ、ユイちゃん……ッ!?」

 ユニーバは、床に這いつくばったまま、顔面を土気色にして後ずさった。

 階級で言えば、第1種宇宙創造神格公務員であるユニーバの方が、世界神クラスの下に位置する精霊帝(雷帝神)のユイよりも遥かに上である。

 しかし、神界のパワーバランスにおいて、完全なデスクワーク専門のユニーバにとって、武力特化でルールを一切気にしないユイは、文字通りの『天敵』であった。

「ど、どうしたの急に!? ドア! 結界張ってた最高級のドアが粉々なんですけど!?」

「あ、ごめんごめん。ノックしようと思ったら、うっかり力が入りすぎちゃってさ」

 ユイは無邪気に笑いながら、デスクの前に立った。

 そして、コテンと首を傾げ、極上の笑顔を浮かべたまま、とんでもないことを口にした。

「ねえ、ユニーバ。ちょっと『お願い』があるんだけど」

「お、お願い……? 君のお願いって、大抵星が一つ消し飛ぶか、予算が吹っ飛ぶような碌でもないことばかりじゃないですかぁ……」

「そんなことないよ。とっても簡単なことさ。……あのね、僕の大事な友達の龍魔呂(たつまろ)がさぁ。ちょっと『地獄』に行きたいって言うんだけど」

「…………はい?」

 ユニーバの思考が停止した。

 生きている人間が地獄へ行く。それはつまり、次元の壁を破壊し、死者の領域に生者が不法侵入することを意味する。

「な、何を言っているんですか!? 生者の地獄への干渉は、神界の絶対禁忌ですよ! そんなことを許可すれば、死の理が崩壊して……っ」

 ――バリバリバリッ!!!!

「ひゃっ!?」

 ユニーバが反論しかけた瞬間。

 ユイの右手から放たれた極太の紫色の雷撃が、ユニーバの顔の横わずか数ミリを掠め、背後の壁をドロドロに融解させた。

「えっ? 今、何か言った?」

 ユイは、指先からバチバチと紫色の神威を放電させたまま、瞳から光を完全に消し去り、底なしの暗黒の笑顔でユニーバを見下ろした。

 それは、「許可するか、ここで消し炭になるか」という、純度百パーセントの物理的な脅迫だった。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 ユニーバは、涙と鼻水を撒き散らしながら、猛烈な勢いでジャンピング土下座を繰り出した。

 全宇宙の頂点に立つ創造神の、見事なまでの屈服である。

「ごめんなさぁぁぁい! 物理的な脅しはやめてえええっ!! ワタシ、血を見るのは嫌いなんです! デスクワークしてるだけのひ弱な神なんですぅぅぅ!」

「うんうん、分かってくれればいいんだよ。で? 龍魔呂が地獄に行く件、承認印くれるよね?」

「む、無理ですぅぅぅっ! 私の一存でそんな禁忌の決裁印を押したら、監査委員会から始末書どころかクビが飛んじゃいますぅぅっ! それに、そんな荒事は私の管轄外です!」

 ユニーバは、ガクガクと震えながら、必死に責任の所在をスライドさせ始めた。

「そ、そういう泥被りな案件は、第3種惑星神格公務員……『世界神ルチアナ』の管轄です! 彼女は地球からの密輸品で裏金を作ったり、アイドルのおっかけで予算を横領したりと、普段から規約違反スレスレのことをやってますから! 彼女なら、上手く帳簿をごまかしてゲートを開けられるはずですぅぅっ!」

 見事なまでの、部下への丸投げ(全振り)である。

 ユイは、パチパチと放電していた指先の神威をスッと引っ込めると、ポンと手を叩いた。

「そっか! ルチアナかぁ。なるほど、彼女なら『交渉』の余地がありそうだね。ありがとう、ユニーバ。おかげで助かったよ」

「よ、よかった……殺されないで済んだ……」

 ユニーバが床に突っ伏して安堵の涙を流す中、ユイはクルリと踵を返し、粉々になったドアの枠を跨いで廊下へと出た。

 

「……ふふっ」

 誰もいなくなった廊下を歩きながら、ユイは小さく笑みをこぼした。

 神界のルール。世界の理。そんなものは、彼女にとってはどうでもいいことだった。

 彼女の行動原理は、いつだって『個人の愛』だ。

 あの日、王都でただの人間だった自分(結)が、生贄の巫女として孤独だった時。

 自分の盾となって、大人たちに立ち向かってくれた幼い龍魔呂の強さと、その背中。

 そして、自分を救ってくれた彼が、弟を奪われ、絶望の中で血塗られた処刑人『DEATH4』へと堕ちていくのを、神の座からただ見ていることしかできなかった悔しさ。

(たつまろは、ずっと暗闇の中で一人で泣いていた。……でも、リリと出会って、ようやく笑えるようになったんだ)

 ユイの脳裏に、ポポロ村の小料理屋で、リリアナの作ったご飯を食べて不器用に笑う龍魔呂の姿が浮かぶ。

 二人には、世界中の誰よりも幸せになってほしい。

 その幸せを邪魔するルールや過去の呪縛があるというのなら。

(僕が、全部ぶっ壊してやる。神を敵に回すっていうなら、僕が君たちの最大の盾になってあげるよ)

 ユイは、紫色の瞳に絶対的な決意の光を宿した。

 龍魔呂とリリアナの地獄殴り込み作戦。それを神界側から全面的にバックアップするためには、地獄へのゲートを開く権限を持つ世界神・ルチアナを籠絡しなければならない。

「待っててね、リリ、たつまろ。……さぁて、堕落女神サマに、とびきりの『賄賂』を持って交渉に行くとしようか」

 雷帝神ユイは、軽やかな足取りで、ルチアナの執務室……もとい、万年コタツ部屋へと向かって歩き出した。

 リベラ先生によるガオガオンの論破に続き、神界側でもまた、規格外の親友による強引すぎる援護射撃が、着々と準備を進めていたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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