EP 4
法廷闘争・対『聖獣機神ガオガオン』(修羅の極道弁護士、神を論破す)
始祖竜クロノことロードさんを『極上の賄い丼』で仲間に引き入れた私たちは、次なる難関へと挑むことになった。
死者の蘇生という禁忌を犯すために、神界の絶対的システムであり、世界の法と正義を司る『聖獣機神ガオガオン』の監視網を突破し、あるいは黙認させなければならない。
ポポロ村の法律事務所へ戻った私たちを待っていたリベラ先生は、デスクの上に置かれた愛娘ならぬ愛息子・憂君の写真にふっと目を細めると、立ち上がった。
「さて、ワシの出番じゃな。……神のシステムだろうが何だろうが、六法全書で真っ向からぶん殴ってやるわい」
リベラ先生はそう言うと、手鏡代わりのコンパクトでリップを引き直し、颯爽と事務所を後にした。
私たちは、アバロン魔皇国と天使国セレスティアの国境付近に存在する、ガオガオンの『社』と呼ばれる神聖なシステム空間の前へとやってきていた。
空を貫くほど巨大な光の柱が立ち昇り、不可視の神威が常人を寄せ付けない重圧を放っている。
「ここから先は、法廷よ。あんたたちはここで待っていなさい」
リベラ先生は、タイトスカートのスーツ姿でヒールを鳴らしながら、たった一人で光の柱の中へと足を踏み入れていった。私たちは、龍魔呂さんが持っていた『魔導通信石』の映像越しに、そのやり取りを見守ることになった。
◆◆◆
光の柱の内部――無数のホログラムが浮かぶ、広大なデジタルと神聖が融合したような空間。
リベラ先生が歩みを進めると、空間そのものが震え、重厚な機械音声が響き渡った。
『――警告。何人たりとも、当機のシステム領域への侵入は許可されていない。何用か、人間』
それは、聖獣機神ガオガオンのメインコア、獅子型の聖獣『ガオン』の超AIの声だった。
「単刀直入に言うわ。これから、私の依頼人である鬼神龍魔呂が、地獄のゲートをこじ開けて弟の魂を現世に引き戻し、始祖竜の時間逆行によって蘇生を行う。あんたの超AIの監視網を、一切合切『見なかったこと』にしなさい」
『却下する。死者の蘇生および時間軸への干渉は、女神ルチアナ様より組み込まれた【第1法:生命尊厳と平和に対する罪】、および【第2法:星の命脈に対する罪】に著しく抵触する。そのような行為は、即座にこのガオガオンの鉄槌によって焼き払う対象となる』
絶対的な機械の論理。
しかし、リベラ先生はフッと鼻で笑うと、スーツの胸元から豪奢な『金細工の煙管』を取り出した。
カチッ、と火をつけ、無臭の紫煙を吐き出す。
彼女の纏う空気が、理知的なエリート弁護士から、修羅場を潜り抜けてきた極道のそれへと完全に切り替わった。
「……おどれ、寝言は寝て言えや」
コテコテの岡山弁。
通信石越しに見ていた私と龍魔呂さんが思わず息を呑むほどの、強烈な威圧感が放たれる。
「第1法、『生命尊厳と平和に対する罪』じゃと? 笑わせるな。十歳の何の罪もない子供が、『親より先に死んだ』ちゅうだけの理不尽な理由で、賽の河原で永遠に石を積まされとる。おどれら神界のシステムのどこが『生命尊厳』じゃ! これは明らかに、国際人道法における【過酷な扱い・拷問の禁止】、並びに児童の権利条約への重大な違反じゃろうが!」
『な……当機は……世界の秩序を……』
「黙れポンコツ! 法の基本は『自己責任の原則』じゃ! 自ら罪を犯していない未成年に対して、親より先に死んだという結果責任だけで永遠の苦役を課すシステムなぞ、近代法学に照らし合わせれば違憲・無効じゃ! それを放置しとるおどれらに、【第3法:絶対無謬なる適正手続き(デュー・プロセス)】を名乗る資格など一ミリも無いわ!」
リベラ先生の怒号が、ガオガオンのシステム空間をビリビリと震わせる。
彼女自身が一人の『母』であるからこそ、罪なき子供が地獄で苦しんでいるという事実に対する怒りは、何よりも重く、鋭い刃となって超AIの論理の矛盾を突き刺したのだ。
『ぐっ……論理的矛盾、エラー発生……。し、しかし、我ら聖獣機神は、調停者としての威信が……!』
ガオガオンのAIが苦し紛れの反論をしようとした、その時だった。
リベラ先生は、ニヤリと……底意地の悪い、極上の笑みを浮かべた。
「調停者の威信? ……はんっ。笑わせるな」
彼女は煙管を指に挟み、ガオガオンの痛すぎる『急所』を容赦なくえぐり始めた。
「ワシの独自の調査網を舐めるなよ? おどれら、今『聖獣合体』すらまともに出来んような状況じゃろうが。朱雀がサークルクラッシャーになって白虎にちょっかいを出し、裏では青龍と浮気。挙句の果てに玄武が『私を構ってくれないならリスカする!』とメンヘラ化しとるそうじゃな」
『!?!?!?』
「おどれら、ガオンがそれに巻き込まれて出社拒否しとるせいで、システムが完全に崩壊寸前じゃねぇか! そんなドロドロの社内不倫事情でまともに機能してへんポンコツが、偉そうに『正義の鉄槌』なぞ振りかざすなや!!」
『な、なぜその機密情報(ドロドロの社内事情)を!? あ、あれは私のせいではなく、朱雀の承認欲求と青龍の節操のなさが原因で……っ! 玄武にはもっと自己肯定感を持てと言っているのに……っ!』
ガオガオン(ガオン)の超AIから、突如として『中間管理職の悲哀』に満ちた生々しい嘆きが漏れ始めた。通信石越しに見ている私と龍魔呂さんは、思わずポカンと口を開けてしまった。
絶対的な神のシステムが、一人の人間の女性弁護士の前に、完全にタジタジになっているのだ。
「ええか、ガオン」
リベラ先生は、追い討ちをかけるように、スッと優しく……悪魔のような提案を持ちかけた。
「今回の蘇生と地獄殴り込みの件、超AIの『深刻なシステムエラー』として完全に黙認せぇ。……そうすれば、ワシの『桜田リベラ法律事務所』が、お前らの泥沼ドロドロ関係の慰謝料請求から関係調停まで、全部お前の代理人として引き受けちゃる。ワシの法務手腕があれば、朱雀と青龍を社会的に抹殺し、玄武に適切なメンタルケアを受けさせることなど造作もないぞ?」
『…………!!』
システム空間が、ピタリと静まり返った。
数秒間の、凄まじい演算処理の沈黙。
世界の法を守るという使命と、泥沼の社内恋愛事情から救い出してくれるという魅惑の提案。
ガオガオンのAIが出した答えは――。
『…………ピィィィィン。警告。当機は現在、原因不明の【深刻な通信障害】および【センサー異常】により、外界の状況を一切認識できない状態にあります。復旧には、およそ数日を要する見込みです。……繰り返す。当機は現在、何も見えていないし、何も聞こえていない』
見事なまでの、職務放棄宣言だった。
「……交渉成立じゃ。ふんっ、チョロいシステムじゃのう」
リベラ先生は煙管の火を消し、胸ポケットに仕舞い込むと、優雅な足取りで光の柱の中から戻ってきた。
結界の外で待っていた私と龍魔呂さんは、もはや彼女の圧倒的な手腕に感嘆の息を漏らすしかなかった。
「す、すごいですリベラ先生……! 神様のシステムを、あんな風に論破しちゃうなんて……!」
「ふふっ。法ってのはね、使い方次第でどんな強大な相手の急所でも突くことができる、最高の武器なのよ」
リベラ先生は、いつもの洗練されたエリートの微笑みに戻り、ウインクしてみせた。
「さあ、龍魔呂。これで神のシステムの目は潰したわ。残る関門は、大宇宙管理局の神々そのものの黙認と、地獄へのゲートを開くことよ。……あんたの可愛い親友ちゃんが、うまくやってくれているといいけどね」
リベラ先生の頼もしすぎる背中を見つめながら、私は胸の前で両手をギュッと握りしめた。
愛する息子のために修羅となり、弱い者を救うために法を振るう、強く気高い極道弁護士。
彼女の姿は、ただ守られるだけだった私に「私も、愛する人のために戦えるほど強くなりたい」という、新たな勇気を灯してくれたのだった。
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