EP 3
冷めた始祖竜と、極上ステーキの『賄い丼』
リベラ先生の法律事務所を出た私たちは、愛車のランドクルーザーに乗り込み、ルナミス帝国の都市部へと向かった。
辺境のポポロ村とは違い、帝国都市部は魔法と機械が融合したような活気に満ちていた。魔導車が行き交い、高い建物が立ち並ぶ人混みの中、私は目を回しそうになっていた。
「はぐれるなよ、リリアナ」
「あ、はいっ」
すかさず、龍魔呂さんの大きな手が私の手をしっかりと包み込んでくれた。
周りの通行人たちは、彼の放つヤクザ顔負けの強面オーラに怯えて勝手に道を譲ってくれるため、私たちは驚くほどスムーズに目的地へと辿り着いた。
「ここですか?」
「あぁ。二十四時間営業のファミレス『ルナキン』だ」
店内に入ると、お昼時ということもあり、たくさんの客で賑わっていた。
私たちは店内を見渡し、窓際のボックス席で、一人優雅にポポロ・コーヒーを啜っている奇妙な客を見つけた。
背中には『ルナ・イーツ』と書かれた四角い配達用リュック。そしてその外見は、二足歩行をする緑色の小さな竜――『ジオ・リザード』だった。
「……おい。相席、いいか」
龍魔呂さんが声をかけると、その小さな竜はコーヒーカップを置き、ジロリと私たちを睨んだ。
「なんや、兄ちゃんら。ワテは今、昼のピークを乗り切って優雅な休憩タイムやねん。サインならルナ・イーツの本社通して――」
「頼みがある、始祖竜クロノ」
龍魔呂さんがその名を口にした瞬間。
小さな竜の瞳孔が、爬虫類特有の縦長にスッと細まった。周囲の空気が、一瞬だけピリッと張り詰める。
しかし、それも一瞬のことだった。
「……はぁーあ。何やねん、昔のワテを知る厄介な客かいな」
竜は深くため息を吐き、だらんと背もたれに寄りかかった。
「悪いけどな、ワテはもう『クロノ』やない。『ロード』や。古代の覇権争いやら、神々とのドンパチやら、もうウンザリなんや。冷静に考えてみい? 世界を支配したその後、どないすんの? 税金と予算の管理? アホらし! 寒っ! きっしょいわ! ワテは気楽な配達バイトと、サウナ上がりの飯があればそれで満足やねん」
見事なまでのコテコテの関西弁と、徹底した現実主義。
彼こそが、時間を巻き戻す規格外の力を持つ伝説の竜であり、ユウ君を救い出すための絶対条件だった。
「世界をどうこうするつもりはねぇ。ただ、地獄の底から……俺の弟の魂を現世に引き戻すために、お前の『時間逆行』の力が必要なんだ。頼む」
龍魔呂さんは、プライドを捨てて深く頭を下げた。
しかし、ロードさんは鼻で笑った。
「アホか。地獄のゲート開けるなんて、神に喧嘩売るようなもんやんけ。ワテの平和なフリーター生活を脅かすような真似、誰が手伝うかいな。帰れ帰れ」
取り付く島もない。
私が焦って言葉を紡ごうとした、その時だった。
「――お待たせしたでござる、ロード殿!」
バタバタと騒がしい足音を立てて、一人の人間の青年がボックス席に駆け寄ってきた。
黒いコートを翻し、どう見ても暑そうな格好をした、黒髪の青年。彼もロードさんと同じく、ルナ・イーツのリュックを背負っている。
「おお、良樹やんけ。おそかったな」
「申し訳ないでござる! 配達の途中で、迷子の子猫を助け、さらにお婆さんの荷物持ちをしてきたゆえ、善行ポイント(DP)がガッポリ貯まったのでござるよ! 今日は拙者の奢りでござる!」
良樹と呼ばれた青年は、大仰なポーズを取り、バンッとテーブルに両手をついた。
「いざ顕現せよ! 五百ポイント消費! 【特上和牛ステーキ丼】でござるゥゥッ!!」
ポンッ! という間の抜けた音と共に、テーブルの上に突如として、豪華な漆塗りのどんぶりが現れた。
蓋を開けると、中には分厚く切られたレアな和牛ステーキが、ご飯の上にこれでもかと敷き詰められている。
「うひょーっ! さすが良樹の『丼マスター』のスキルや! タダ飯最高やで!」
ロードさんがヨダレを垂らし、割り箸を割った。
――しかし。
ガシッ、とその手を、龍魔呂さんが掴んで止めた。
「な、なんやねん兄ちゃん! 人の飯の邪魔すんなや!」
「……惜しいな」
龍魔呂さんは、ステーキ丼を見下ろして、料理人としての鋭い目つきに変わった。
「肉の質は最高だが、脂が強すぎる。これじゃあ半分も食う前に胃がもたれる。……少し、貸せ」
龍魔呂さんはそう言うと、手持ちの荷物から、一本の美しい包丁――一五〇ミリのペティナイフを取り出した。
さらに、私に向かって手を差し出す。
「リリアナ。お前が今朝収穫した、『太陽芋』と『陽薬草』を出してくれ」
「は、はいっ!」
私は急いで、魔法のポーチから私の魔力で育てた極上の野菜たちを取り出した。
龍魔呂さんは、ファミレスの卓上という制限された環境の中で、信じられないほどの手際を見せた。
まず、ステーキ肉を一度別皿に移す。
そして、私の『太陽芋』をペティナイフでミリ単位の薄切りにし、携帯用の小型魔導バーナーでサッと炙る。太陽芋の持つ強烈な甘みと香ばしさが、一瞬で周囲に弾けた。
「なんやこれ……芋の匂いだけで、よ、ヨダレが止まらん……っ」
ロードさんがゴクリと喉を鳴らす。
さらに龍魔呂さんは、青々とした『陽薬草』をみじん切りにし、醤油草のタレと、少しの酢を混ぜ合わせて、特製の薬味ソースを錬成した。
ご飯の上に、炙ってカリカリになった太陽芋を敷き詰め、その上にステーキ肉を戻す。最後に、鮮やかな緑色の陽薬草ソースをたっぷりと回しかけた。
「……完成だ。ウチの店の、特別賄い丼だ。食ってみろ」
龍魔呂さんがドンッと丼を突き出すと、ロードさんはもはや我慢の限界だった。
「い、いただきまぁぁすッ!!」
小さな竜が、自らの顔ほどもある丼に噛みついた。
「――ッ!!?」
一口食べた瞬間、ロードさんの動きがピタリと止まり、爬虫類の瞳が見開かれた。
「な……なんや、これ……っ!?」
ただの重たいステーキ丼だったはずが、劇的な進化を遂げていた。
和牛の濃厚な脂の甘みを、陽薬草の爽やかな香りと酸味が完璧に中和し、いくらでも食べられる魔法のようなサッパリ感を生み出している。
さらに、ご飯と肉の間に挟まれた太陽芋のサクサクとした食感と、焼き芋のような強烈なコクが、肉の旨味を何倍にも引き上げているのだ。
私の『豊穣の魔法』で限界まで生命力を高められた野菜と、龍魔呂さんの神業のような調理技術が合わさった、究極の一杯。
「う……うまい……! うますぎるでぇぇっ!!」
ロードさんは、もはや言葉も発せず、涙目になりながら猛烈な勢いで丼をかき込み始めた。
「な、なんと……! 拙者の出したただのステーキ丼が、ここまで至高の芸術へと昇華するとは……! 御見それしたでござるッ!」
良樹さんも、そのあまりの香りにゴクリと生唾を飲んで感嘆している。
あっという間に丼を空にしたロードさんは、ふぅーっと至福のため息を吐き、ポッコリと膨らんだお腹をさすった。
「……兄ちゃん、反則やで、これ」
「ウチの女が育てた野菜と、俺の腕だ。不味いわけがねぇ」
龍魔呂さんは不敵に笑い、私の肩をグッと引き寄せて抱いた。その『ウチの女』という響きに、私は恥ずかしくて顔から火が出そうになった。
ロードさんは、カラになった丼を見つめ、やがて観念したように両手を上げた。
「……ワテの負けや。神に喧嘩売るのは御免やけど、こんな美味い飯食わされたら、義理を返さんわけにはいかんわな」
「! じゃあ……!」
「あぁ。地獄への扉、ワテの時間魔法でこじ開けちゃる。その代わり……帰ってきたら、またあの美味い賄い、腹いっぱい食わせてや?」
こうして、私たちは最も厄介で、最も頼もしい『時間操作』の要を、極上の賄い丼一つで仲間に引き入れることに成功したのだった。
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