EP 14
極上のフルコースと、神々の宴(胃袋も心も満たされる幸せ)
熱を帯びた看病と、あの一生忘れられない甘いキスから数日が経った。
完全に体調を取り戻した龍魔呂さんは、今日、ポポロ村の広場での騒動を乗り越えたお祝いと、自身の快気祝いを兼ねて、『鬼龍』でささやかな宴を開くことになった。
「龍魔呂さん、太陽芋とハニーかぼちゃの下ごしらえ、終わりましたよ!」
「おう、サンキュな」
厨房では、いつもの黒いエプロンを身につけた龍魔呂さんが、信じられないほどの手際で調理を進めていた。
巨大な鍋を片手で軽々と振るいながら、もう片方の手で本焼きの柳刃包丁を握り、見事な刺身のサクを切り出していく。
私は彼の手伝いをしながら、隣でその横顔をこっそりと見つめていた。
あの日、お互いの気持ちを確かめ合ってからというもの、彼から向けられる熱が、明らかに変わった。
「ん。味見してみろ」
龍魔呂さんがふいに小皿にスープを取り、木のスプーンですくって、私の口元へと差し出した。
ふうふう、と彼自身が軽く息を吹きかけて冷ましてくれている。私は顔を真っ赤にしながら、そっとそのスープを口に含んだ。
「あ……美味しいっ! かぼちゃの甘みがすごく深くて、お芋のコクがしっかり生きてます!」
「……あぁ。お前が育てた野菜だからな。何を作っても、最高に美味く仕上がる」
彼は低く甘い声でそう囁くと、スプーンを持ったままの大きな手で、私の頬をそっと撫でた。
その三白眼には、以前のような人を寄せ付けない鋭さはなく、ただひたすらに私を慈しむような、とろけるような熱情が宿っている。
これが、あの伝説の処刑人『DEATH4』の正体なのだ。愛した女には、どこまでも甘く、底なしの溺愛を注ぐ不器用なスパダリ。
「もう……龍魔呂さんったら。お客さんが来ちゃいますよ」
「来たら開けるだけだ。……もう少し、このままでいさせろ」
彼が私の腰に手を回し、額に軽くキスを落としたその時だった。
「ちわーっす! たつまろ、イチャイチャしてるところ悪いけど、開いてるー?」
「あらあら、外まで甘い匂いが漂ってきているわよ?」
バンッ! と勢いよく扉が開き、楽しげな声と共に常連客たちが雪崩れ込んできた。
私は慌てて彼から離れ、顔から火が出る思いでおしぼりを用意しに走った。龍魔呂さんは「チッ、間が悪い連中だ」と舌打ちしながらも、口角は少しだけ上がっている。
「いらっしゃいませっ! ユイちゃん、それに……スアイさんも!」
「リリ〜っ! 元気そうでよかったぁ!」
一番に飛びついてきたのは、もちろん親友のユイちゃんだ。彼女は私に抱きつきながら、龍魔呂さんの方をチラリと見て、ニヤニヤと悪戯っぽく笑った。(彼女が数日前にエスター王国の軍勢に神の雷を落とし、アルベルト王太子を丸裸にして社会的に抹殺したことなど、私は知る由もない)
そしてユイちゃんの後ろに立っていたのは、オーバーオールに身を包み、首にサウナ上がりらしきタオルを巻いた、息を呑むほど美しい女性――アバロン魔皇国の『元・氷魔将軍』であり、今は開拓キャンプにハマっているスアイさんだった。
「リリアナちゃん、今日も可愛いわね。あの狂犬をすっかり手懐けちゃって、大したものだわ」
「そ、そんな、手懐けるだなんて……!」
「俺のネギも持ってきたぜ。マスター、切り方を間違えたらネギカリバーでぶった斬るからな」
スアイさんの足元からは、突然変異の植物魔獣『ポーン』であるネギオが、ずっしりと重い極上の長ネギを担いで現れた。
『ヒャハハハハッ! マイ・ゴッド! 快気祝い、おめでとうだぜェ!』
さらに、店内の空間がわずかに歪み、空中にホログラムの映像が投影された。
そこに映っていたのは、次元の隙間の要塞に引きこもりながら、右手にハンバーガー、左手にコーラを持った大柄な男――あの凄まじいコンテナを降下させてくれたマッドサイエンティスト、ガジェットさんだった。
「よし、揃ったな。……座れ。今日は、お前らの胃袋をぶち壊すくらい美味いもんを食わせてやる」
龍魔呂さんが黒いエプロンの紐をキュッと締め直し、不敵に笑った。
ポポロ村の小料理屋『鬼龍』、特別営業の始まりである。
◆◆◆
カウンターに並べられたのは、龍魔呂さんが持てる技術の全てと、私が育てた究極の食材を掛け合わせた『極上のフルコース』だった。
一品目は、『太陽芋とハニーかぼちゃの二層ポタージュ』。
太陽芋の濃厚なコクと、ハニーかぼちゃの突き抜けるような甘みが、口の中で完璧なマリアージュを引き起こす。
「はふぅ……っ! なにこれ、疲れた身体に染み渡るわぁ……」
サウナ上がりのスアイさんが、うっとりと頬に手を当ててため息を漏らした。
二品目は、『ピラダイと肉椎茸の炙り刺し〜ネギカリバーの特製薬味添え〜』。
龍魔呂さんの三十三センチの本焼き柳刃包丁によって、細胞一つ潰されずに引かれたピラダイの身。それを軽く炙ることで、魚の極上の脂が溶け出し、ステーキのような肉椎茸の旨味と合わさる。
さらに、ネギオが持ってきた極上ネギのシャキシャキとした食感と爽やかな辛味が、全体の味をピリリと引き締めていた。
「うおぉぉぉっ! たつまろ、これ最高! ご飯何杯でもいけちゃうよ!」
ユイちゃんが、どんぶり飯を片手に猛烈な勢いで魚を口に放り込んでいる。
そしてメインディッシュは、『ロックバイソンと月見大根のトロトロ角煮風』だ。
硬いはずのロックバイソンの肉が、龍魔呂さんの絶妙な火入れと『醤油草』の特製ダレによって、箸で触れるだけでホロリと崩れるほど柔らかく煮込まれている。
その肉の旨味を全て吸い込んだ『月見大根』は、噛むとジュワァッと黄金のスープが溢れ出し、口の中を幸福感で満たしてくれた。
『オーゥ、マイ・ゴッド……画面越しでも匂いが伝わってくるようだぜ……俺のハンバーガーが、ただの紙粘土に思えてきやがった……』
ホログラムの向こうで、ガジェットさんが悔しそうにハンバーガーを眺めている。
「うまいっ! 龍魔呂さん、本当に美味しいです!」
私が自分の分を食べて満面の笑みを向けると、厨房の龍魔呂さんは「……そうかよ」と短く答えながら、耳の裏を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「あらあら」と、スアイさんがイモッカ(芋焼酎)のグラスを傾けながら、ニヤニヤと笑う。
「それにしても驚いたわ。リリアナちゃんの魔力……生命力が、お野菜たちからこれでもかってくらい溢れてる。あの手付けずの狂犬が、こんなに甘々な飼い犬になっちゃうのも無理ないわね」
「か、飼い犬だなんて……!」
「いいのよ。この男が、自分の意思で鎖を繋がれたがってるんだから」
スアイさんの言葉に、龍魔呂さんは否定しなかった。
彼は新しい料理を私の前にスッと置くと、大きな手で私の頭をポンと撫でた。
「俺はもう、コイツがいないと駄目だからな。コイツの野菜と、コイツの笑顔があれば、他には何も要らねぇ」
堂々とした、一切の迷いがない溺愛宣言。
店内に「ヒューッ!」とユイちゃんたちの冷やかしの声が響き渡る。
私は恥ずかしさで爆発しそうになりながらも、心の中は、これ以上ないほどの温かさと幸福感で満たされていた。
(私……今、世界で一番幸せかもしれない)
王城で無能だと罵られ、泥水の中に追放されたあの日。
全てを失ったと思っていた。
けれど、あの冷たい雨の日は、この温かい場所へ、そしてこの愛おしい人へと繋がるための、奇跡の始まりだったのだ。
「龍魔呂さん」
私は、照れ隠しにタバコに火をつけようとする彼を見上げ、心からの笑顔を向けた。
「私、追放されて……ここに来られて、本当に良かったです。あなたに出会えて、美味しいご飯を一緒に食べられて……私、最高に幸せです!」
私のその言葉に、龍魔呂さんはオイルライターの火を消し、タバコをポケットに仕舞った。
そして、客たちの冷やかしなど全く気にする様子もなく、カウンター越しに私の頬に手を伸ばし、優しく親指で撫でた。
「……あぁ。俺もだ。お前を見つけたのは、俺の人生で最大の『手柄』だよ」
神々や異形の住人たちが笑い合い、極上の香りが漂う小料理屋『鬼龍』。
そこにはもう、血の匂いも、過去の悲しい涙もない。
私と彼の心は、この温かい食卓で、永遠に解けない甘い絆で結ばれていた。
読んでいただきありがとうございます。
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