EP 13
目覚めと熱を帯びた看病、そして解き放たれる極上の溺愛
ポポロ村の広場での激戦――いや、龍魔呂さんによる一方的な殲滅戦と、機神ラビークの暴走から、丸二日が経過していた。
事後処理は、いつの間にか村に戻ってきていたユイちゃん(なぜかとてもスッキリした、満足げな顔をしていた)と、通信越しに指示を出すガジェットさんが全て片付けてくれた。ラビークの巨体も次元コンテナへと回収され、村には再び平和な静寂が戻っている。
しかし、龍魔呂さんはあの日からずっと、『鬼龍』の二階にある自分の部屋で目を覚ましていなかった。
「……んっ」
私は水の入った洗面器でタオルを絞り、彼の広いおでこに乗せられた熱いタオルと交換した。
限界を超えて赤黒い闘気を放出し続けた反動で、彼の身体はひどい高熱を発していたのだ。私はこの二日間、彼につきっきりで看病を続けていた。
私の『治癒能力(豊穣の魔法)』を絶え間なく注ぎ続けているおかげで、ようやく熱は下がり始めているが、彼の顔色はまだ青白い。
「龍魔呂さん……」
眠り続ける彼の大きな手を、両手でそっと包み込む。
あんなにも暴れ狂っていた呪いのような闘気は、もう微塵も感じられない。ただ、少しだけ不整な寝息と、彼本来の温かい体温があるだけだ。
彼が私のために、あんなにも深く心を壊してしまったのだと思うと、胸が締め付けられて、またポロリと涙がこぼれそうになった。
――ピクリ。
その時、私が握っていた彼の手の指先が、微かに動いた。
「え……?」
バサッ、とシーツが擦れる音。
次の瞬間、ゆっくりと開かれた鋭い三白眼が、天井を数秒見つめた後、傍らに座る私を捉えた。
「龍魔呂、さん……っ! 気がついたんですね!」
「……リリ、アナ……?」
ひどく掠れた、乾いた声。
私は弾かれたように立ち上がり、「お水、飲みますか? それともユイちゃんを呼んで――」と動こうとした。
しかし、私の手首が、彼の大きな手によってグッと力強く掴まれた。
「待て」
「あ……」
「お前……なんで、あんな真似をした」
起き上がろうとする彼を「ダメです、まだ熱が!」と制止しようとしたが、彼は強引に上半身を起こし、私を真っ直ぐに睨みつけた。
その瞳には、かつてないほどの『怒り』と、それ以上の『怯え』が入り混じっていた。
「あの状態の俺に近づくのが、どれだけ危険かわからなかったのか!? あの闘気は呪いそのものだ。一歩間違えれば、お前の身体なんて一瞬で炭になっちまってたんだぞ!」
怒鳴り声。
普段の彼なら絶対に私に向けないような、荒々しい声だった。
けれど、私を掴む彼の手は、微かに、けれどはっきりと震えていた。
彼は怒っているのではない。
自分のせいで、私が死んでしまったかもしれないという恐怖に、震えているのだ。
「……無茶をしやがって。俺のせいで、お前まで死んだら……俺は……っ」
ギリッと奥歯を噛み締め、苦痛に顔を歪める龍魔呂さん。
彼にとって、愛する者を失うことは、何よりも恐ろしい地獄なのだ。
私は、掴まれていた手首をそっと捻り、逆に彼の大きな手を両手で包み込んだ。
そして、ベッドに腰掛け、彼と視線の高さを合わせた。
「無茶じゃありません。……私の魔法が、私を守ってくれるって信じていましたから」
「馬鹿野郎。万が一ってことがあるだろうが」
「万が一、私が焼け焦げてしまったとしても。……あの中で、たった一人で泣いているあなたを置き去りにする方が、私にとってはよっぽど恐ろしい地獄でした」
真っ直ぐに見つめ返すと、龍魔呂さんは息を呑み、言葉を失った。
私は、彼の手を自分の頬にそっと押し当てた。タコのある、大きくて無骨な手。私を助けてくれた、世界で一番温かい手。
「私はもう、誰かの後ろで守られているだけの、無能で弱い令嬢じゃありません」
私は、彼との距離をさらに縮めた。
そして、微熱を帯びた彼の広いおでこに、私のおでこを、コツン、と合わせた。
「なっ……お、おい……」
「龍魔呂さんが私を守ってくれるなら。私は、龍魔呂さんの心を……その優しさを、私が全力で守ります」
至近距離で交わる視線。
おでこから伝わってくる彼の熱と、私の魔力の心地よい冷たさが、ゆっくりと混ざり合っていく。
私の瞳に映る彼の顔が、みるみるうちに赤く染まっていくのがわかった。
「……お前って奴は。本当に……」
龍魔呂さんは、呆れたように、けれど心の底から安堵したように、深く、長いため息を吐き出した。
それは、伝説の処刑人として、孤独に生きてきた彼の『完全なる降伏』の合図だった。
「俺の負けだ。お前には、一生敵わねぇよ」
ふいに、私の腰に彼のもう片方の太い腕が回された。
グンッ、と身体が引き寄せられ、私は彼が座るベッドの上へと、半ば抱き抱えられるようにして引き上げられた。
「きゃっ……! た、龍魔呂さん……?」
「……覚悟しろよ、リリアナ」
低い、ひどく甘く響く男の声。
今まで『庇護者と被保護者』だった私たちの関係性が、この瞬間、完全に『男と女』へと逆転したのを感じた。
彼の大きな手が、私の後頭部を優しく、けれど逃げられないようにしっかりと固定する。
三白眼の奥に宿る、とろけるような熱情。
私が目を閉じた瞬間。彼の唇が、私の唇を塞いだ。
「――んっ……」
乱暴な見た目とは裏腹に、羽が触れるような、ひどく優しくて甘いキスだった。
タバコの微かな香りと、彼自身の熱。
何度も、何度も、角度を変えて、確かめ合うように唇が重ねられる。
私の口から甘い吐息が漏れるたび、彼に抱きしめられる腕の力が強くなっていく。息ができなくて、彼のタートルネックの胸元をギュッと握りしめると、彼はようやく名残惜しそうに唇を離した。
「はぁっ……ん……ぁ……」
「……顔、真っ赤だぞ」
至近距離で、彼が意地悪く、けれど極上に甘い笑みを浮かべていた。
その色気に当てられ、私の脳髄は完全にショート寸前だった。
「も、もう……っ。熱のせいですよ、きっと……」
「そうだな。この熱は……一生下がりそうにねぇ」
龍魔呂さんはそう囁くと、私を腕の中にすっぽりと閉じ込め、その大きな身体を預けるようにして私を抱きしめた。
彼のトクトクという力強い心音と、私の早鐘のような心音が、ピタリと重なり合う。
「……俺はもう、お前が育てた野菜と、お前の笑顔がないと、生きていけねぇ身体になっちまった。責任、取ってもらうからな」
「……はい。一生、美味しいご飯を作ってくださいね」
私が彼の背中に腕を回してそう答えると、彼は嬉しそうに喉の奥で低く笑った。
血塗られた過去を持つ、伝説の処刑人。
彼の中に眠っていた不器用な優しさは、今、私という存在を得たことで『底なしの溺愛』へと完全にロックが解除されたのだ。
熱を帯びた看病の時間は、こうして、世界で一番甘くて幸せな時間へと塗り替えられていった。
読んでいただきありがとうございます。
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