EP 10
降臨、人型機神ラビークと暴走する真紅の鬼神
全高十メートルを超える醜悪な合成死蟲将軍機の腹部が、不気味な赤い明滅を繰り返している。
極限まで圧縮された魔力の暴走。あれが爆発すれば、ポポロ村は一瞬にして消し飛ぶ。
子供を抱きしめたまま座り込む私には、もうどうすることもできなかった。
『――リリ! 僕がやる! あんなゴミ神の玩具ごと、雷撃で消し炭にしてやるっ!』
脳内に、神界にいるはずの親友・ユイちゃんの焦ったような声が響いた。
彼女が『雷帝神』の権能を解放すれば、爆発を抑え込んで敵を消滅させることは可能かもしれない。
だが、ユイちゃんが神威を地上へ降ろそうとした、まさにその時だった。
『待て待て待てぇい! 手出し無用だぜ雷帝神サマァ! 俺のマイ・ゴッドの晴れ舞台を、横取りすんじゃねぇ!』
次元の裂け目の向こう側から、ガジェットの狂気に満ちた笑い声が割り込んできた。
『ここでヤツが吹き飛んだら、村が消し飛ぶって? ハッ! だったら、空高くカチ上げてからぶっ飛ばせばいいだけの話だろうが! 見せてやるよ、俺の全知全能の最高傑作をな! 射出開始ッ!!』
ガジェットの絶叫と共に、上空の裂け目から、今まで降ってきた武器コンテナとは比べ物にならないほど巨大な質量が、大地に向かって投下された。
ズドォォォォォォォォォンッ!!
村が地震のように激しく揺れ、土砂が津波のように巻き上がる。
もうもうと立ち込める粉塵の奥から姿を現したのは――全高八・五メートルに及ぶ、純白の装甲に身を包んだ美しい『人型機神』だった。
「あれ、は……っ?」
兎をモチーフにしたかのような、シャープで美しい流線型のフォルム。
背中にはスラスターのような機関が備わり、光を反射する純白の装甲は、神々しさすら感じさせる。
『対神・対要塞用人型機神、ラビーク! 乗りな、マイ・ゴッド! コイツはお前さんのために作った、完全同調専用機だ!』
感情を失ったDEATH4――龍魔呂さんは、ガジェットの狂声に応えるかのように、弾かれたように地を蹴った。
常人離れした跳躍力で、開かれたラビークの胸部ハッチへと飛び込み、そのままコックピットへと姿を消す。
ガションッ! と重厚な音を立ててハッチが閉じられた瞬間。
純白の機神ラビークのツインアイが、血のように禍々しい赤色に発光した。
――グォォォォォォォンッ!!
機体そのものが、けたたましい産声を上げる。
ラビークの関節部から、龍魔呂さんのものと同じ『赤黒い闘気』が蒸気のように噴出し始めた。
「ギィィィィィィッ!!」
爆発寸前の合成獣が、ラビークに向かって大量の強酸性の粘液と、毒の瘴気を吐き出した。
触れれば鉄すら瞬時に溶かす凶悪な酸の雨。
しかし、機神ラビークは避ける素振りすら見せなかった。
――スッ。
巨大な純白の機体が、まるで達人のように滑らかな動作で右手を差し出した。
陳式太極拳の『化勁』。
コックピット内で龍魔呂さんが行った武術の動きを、機体がタイムラグゼロで完璧にトレースしたのだ。
酸の雨と瘴気がラビークの装甲に触れた瞬間、見えない力の流れによって軌道を曲げられ、機体の側面へと逸らされていく。
しかし、完全に逸らしきれなかった酸や、飛び散った死蟲軍の体液、ドス黒い瘴気が、ラビークの純白の装甲へと次々に付着していく。
さらに、ラビークの内部から溢れ出し続ける龍魔呂さんの『赤黒い闘気』が、機体表面を侵食し始めた。
純白だった美しい装甲が。
返り血と、オイルと、怨念のような赤黒い闘気によって、みるみるうちに染め上げられていく。
「……あぁ」
私は、その光景から目が離せなかった。
白から、ドス黒い赤へ。
それはまるで、かつて純粋に弟を愛していた少年が、過酷な運命によって血塗られた処刑人へと変貌してしまった、龍魔呂さんの人生そのものを表しているようだった。
数秒後。
そこに立っていたのは、純白の兎などではない。
赤黒い闘気を全身から立ち昇らせ、この世の全ての命を刈り取るために顕現した『真紅の鬼神』だった。
「……【滅】」
機体の外部スピーカーから、地獄の底から響くような龍魔呂さんの声が轟いた。
ラビークの背部スラスターが、紅蓮の炎を噴き上げる。
ドゴォォォォォッ!!
巨大な質量が、音速を超えて前方に消えた。琉球古武術の歩法『縮地』の機神応用。
合成獣が反応するよりも早く、ラビークは敵の懐へと完全に潜り込んでいた。
ラビークの右拳に、機体の全推進力と、龍魔呂さんの持つ全ての赤黒い闘気が一点に圧縮されていく。
空間が歪み、光すらも捻じ曲がるほどの途方もないエネルギー。
――【鬼神流奥義・炎魔龍撃掌】。
ラビークの右ストレートが、合成獣の巨大な腹部に、下から上へとカチ上げるようにして深く突き刺さった。
「グガァァァァァァッ!!??」
ドオォォォォォォンッ!!!!!
爆発的な闘気の波が、赤黒い巨大な龍の形となってラビークの拳から放たれた。
その信じられない質量と物理エネルギーは、全高十メートルの合成獣の巨体を、重力を完全に無視して遥か上空――雲を突き抜けるほどの高さまでカチ上げた。
そして。
限界まで膨れ上がっていた魔力暴走が、遥か上空でついに臨界点を突破した。
ピカァァァァァァァァァッ!!!!
空に、二つ目の太陽が生まれたかのような強烈な閃光。
直後、空気を引き裂く轟音と共に、超巨大な爆発が上空で花開いた。
衝撃波がポポロ村の広場に吹き下ろすが、すでに敵の本体は跡形もなく消え去っている。村に被害が及ぶことはなかった。
……終わった。
敵は、完全に殲滅された。
「龍魔呂さん……っ!」
私は、安堵の涙を浮かべてラビークへと駆け寄ろうとした。
だが。
『――リリ! 近づいちゃダメだッ!!』
脳内で、ユイちゃんがかつてないほど切羽詰まった声で叫んだ。
私がハッとして足を止めた瞬間。
ギギギッ……ギギギギギギギッ!!
真紅に染まったラビークが、奇妙な音を立てて痙攣し始めた。
ツインアイの血のような光が明滅を繰り返し、機体の隙間から噴出する赤黒い闘気が、収まるどころか、さらに濃密に、際限なく膨れ上がっていくのだ。
「え……?」
ズズズンッ……!!
ラビークが、無意味に右腕を振り回した。
ただ腕を振るっただけ。それだけで、発生した衝撃波が広場の石畳を粉砕し、周囲の建物の屋根を吹き飛ばした。
『マズいぜ……! 敵がいなくなったのに、マイ・ゴッドのDEATH4モードが解除されねぇ! 闘気が暴走して、機体ごと自壊する気だッ!』
通信機越しに、ガジェットの焦った声が響く。
子供の悲鳴という、彼の魂の古傷をえぐり抜いたトリガー。
敵を全て殺し尽くしても、彼の心は『人間』に戻ることを拒絶しているのだ。
赤黒い闘気は周囲の空間そのものを侵食し、このままではラビークの巨体が周囲を巻き込んで自爆するか、狂気に飲まれたまま全てを破壊し尽くすかのどちらかだ。
『リリ、僕が行く! 神界のルールなんて知るもんか、雷撃で機体の動きを無理やり止める! でも、中のたつまろがどうなるかは――』
「だめっ!!」
私は、ユイちゃんの言葉を遮って叫んだ。
神の雷撃を打ち込めば、彼は死んでしまうかもしれない。
そんなの、絶対に嫌だ。
私の目には、暴走する真紅の機神が……巨大な化け物が。
暗くて冷たいゴミ捨て場で、独りぼっちで泣いている、迷子の少年のように見えたのだ。
「私が……私が行きますっ」
機神が発する超高熱の闘気。近づけば、生身の人間など一瞬で炭化してしまうだろう。
それでも。
私を泥水の中から救い上げ、温かい雑炊で命を繋いでくれたあの手を。
今度は、私が救い出す番なのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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