第六話 緊急企画会議
しとしと。
静かな朝の雨音。
まもなく午前6時。
ほの明るい。
まどろみの時間に浸る朝。
ハリーはまだベッドの中。
けれど、目は開いている。
カーン。
カーン。
いつも通りの6時の鐘。
雨の日は少し小さく街に響く。
かちり。
竜頭の音。
三回目の鐘の音に重なる。
チッ、チッ、チッ。
しとしと。
⸻
「おはよう。」
洗顔を済ませたハリー。
いつものようにダイニング・テーブルに着く。
「おはよう。
梅雨入りしたみたいよ。」
「そうみたいだね。
おかげでよく眠れたよ。
雨の音って、なんか安らぐ。」
「そうね。
めずらしく、起きてくるのが遅かったわね。」
「ちょっと寒くってね。」
エナが料理をテーブルに並べる。
ご飯、味噌汁、漬物。
最後にフライパンが中央に置かれる。
ハンドルを外し、蓋を開ける。
湯気がいっぱいに立ち昇る。
白いカブ、赤いニンジン、緑のブロッコリー。
淡い彩りの野菜が、つやつやと照る。
「どうかしら。
ベーコンと温野菜のあんかけよ。」
「うーん、いい香りだねぇ。
いただきまーす。」
ハリーの声が1オクターブ上がる。
「うまい。」
エナは微笑む。
「昨日は遅くまで掛かったの?」
「あー、うん。
ちょっと、ね。
社内報をまとめていたら、なんか乗って来ちゃってさ。」
「面白いのできたの?
見せて見せて。」
ハリーはスマートフォンを開く。
スライド画像。
テロップの文字。
動画に切り替わる。
生地を丸める手。
真剣な眼。
映像がまた切り替わる。
得意先のお店の紹介。
最後に社内の食堂。
今日のランチメニュー。
トータル約1分の社内報。
⸻
会社の通用口。
レインコートを畳むハリー。
「ハリーさん、見ましたよ!」
ルカが明るく声を掛ける。
「昨日の動画、さっそく使っててびっくりしました!
早っ!
って。」
「いやー、思いがけずルカさんの撮った画が良かったからね。
なんか、すぐに使いたいと思ってね。」
「社内報、毎日投稿してるって、すごいです。
クオリティも高いし!」
「テンプレートがあるからね。
大体いつも、そんなに内容は変わらないけど。」
「そうなんですね。
でも最後の、今日のランチは見逃せないって思いました!
私、絶対毎朝チェックしますよ。」
「ありがとう。」
ハリーは少し照れながら、素直に感謝する。
「でも、ルカさんにも社内報を作るの、少し手伝ってもらいたいんだよね。」
「えー!
やってみたいです。
面白そう!」
ルカは素直に応える。
⸻
朝礼が終わると、ハリーは社長に声を掛ける。
「ボス、今日は企画部にいらっしゃいますか?」
「あぁ、ハリー。
そのつもりだよ。」
「では、後ほどルカさんとお伺いしますので。」
「そうか、よし、わかった。
後でな。」
そこに一人の男が口を挟む。
「私もその場にいることにしよう。
いなかったら連絡してくれ。」
「あ、はい。
ジョー常務。」
⸻
「総務部、生産管理部、そして企画部。
この会社の三本柱って言ってましたよね。」
「そう。
この会社は、大きく三つに分かれてる。
とは言っても、一つの会社だから重なってる部分もあって、お互いに協力したり共有したり、だよ。」
ハリーは、昨日の業務報告書に目を通す。
「役員は、社長と副社長の奥様、そして常務。
他にもいらっしゃいますか?」
「ううん、その三人だけ。」
「ということは、役員も三本柱なんですね。」
「あー、そういうことになるかもね。
これから行く企画部は社長が頻繁に出入りしていて、会社の未来を担ってるポジション。
って感じかな。」
「それは、なんだかワクワクします。」
トントン、カチャ。
「失礼しまーす。
ハリーさん、いた。」
ミーナが入って来る。
「あのー、ハリーさん。
ミーナ、仕事抱えすぎちゃってヤバいかも、です。」
「え、あー、そっかー。」
ハリーは頭を掻く。
「人手不足で、事務仕事もほとんど一人でやっているもんね。
すみません。
オレもいろいろと求人の手は打っていますけど•••。
応募がなかなか来なくって。」
ミーナの視線が下がる。
「とりあえず、直接お話したかったので来てみました。
どうにか、なんとかなるように、お願いします。
失礼します。」
ミーナは部屋を出ると、小走りに去って行く。
ルカはその姿を見つめる。
⸻
『企画部』
トントン、カチャ。
「失礼します。」
ハリーとルカは部屋に入る。
カタカタカタカタ•••。
若手社員が四人。
それぞれデスクワーク。
無言。
キーボードを打つ音が続いている。
「みなさん、お疲れ様です。」
カタカタ。
音が止む。
四人はやっと入室者に気づく。
ゆっくり立ち上がる。
「あ、ハリーさん、お疲れ様です。」
奥のデスクの男性が応える。
「すみません、気付かず。
ボスはちょっと外しています。
すぐに戻ると思います。」
「ルカさん、彼は企画部のエース。
カイトくんです。」
「あ、はは。」
カイトは照れながら、右手で前髪を分ける。
「ルカです。
よろしくお願いします。
企画部のお仕事、とっても面白そうで興味あります。
いろいろと聞かせてください。」
「あ、はい。
えと、喜んで•••。」
目を逸らしながら返事をする。
トントン、カチャ。
ドアが開く。
社長。
「ごめんごめん、ちょっと外してた。
ルカさん、どう?この会社は。」
常務。
「あー、来ていたんだね。」
役員二人が揃う。
ハリーは少し背筋が伸びる。
ルカは手を前に組み、満面の笑みを浮かべる。
「社長、ありがとうございます。
居心地良くって、なんだか頑張れそうだなって感じているところです。」
ハリーは少し肩の力が緩む。
「よし、そしたら早速、緊急企画会議を始めよう。」
「え?ボス?」
「みんな、1分後に会議室なー。」
社長は社員たちに声を掛ける。
「はい!」
「はーい。」
ハリーは腕時計を見る。
8時40分。
「あらららー、今日のスケジュールが•••。」
ハリーの独り言。
「あ、あのー。」
ルカは社長に向かって一歩出る。
一同、注目する。
「うん?
ルカさん、どうしたんだい?」
「あ、社長すみません。
えーと、その。」
ルカは注目されて気まずくなる。
チッ、チッ、チッ。
秒針の音。
ハリーはソワソワする。
「•••お茶ですか?
お水ですか?
ご用意します。」
チッ、チッ、チッ。
「プッ。
そんなことか。
じゃ、お茶。
よろしく頼む。」
⸻
『会議室』
社長と常務。
企画部四人。
ハリーとルカ。
湯呑みは八つ。




