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一日に約1分ズレる腕時計  作者: A.O.C.DESIGN
第二章 Primi piatti ー 絡み合う個性
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第十七話 ページをめくる

キー•••。


扉を開ける。


ハリーとエナは店に入る。


反射する光。

煌めいている店内。


右の壁。

左の壁。


壁掛け時計が埋め尽くす。


どれも針は10時10分。

動いてはいない。


柱にひとつ。

木製の時計が動いている。


チク、タク、チク、タク。

振り子が揺れる。


値札はない。


ハリーはその時計を見つめる。


エナはショーケースを眺める。


高級ブランド品。

スポーツタイプ。

カジュアルタイプ。

懐中時計。


「あー、これ懐かしい。

今でも最新モデルってあるのね。」


「ん?

どれどれ。

あー、昔流行ったよね。

ビルから落としても壊れないってやつだ。」


「こっちは、スイスのだわ。

おしゃれね。

見てるとなんだか欲しくなってくるわね。」


二人は奥へ進む。


「いらっしゃい。」


老人が一人。


「あ、こんにちは。

あのー•••。」


ハリーが声を掛けると、老人は手招きする。


「いつも、ありがとうよ。

そろそろ、手入れする頃だと思っていたよ。」


ハリーは笑顔になる。


「あ、はい。

またお願いできますか?」


老人は黙る。

右手を見つめる。


「•••悪いなぁ。

指がもう、思うように動かせないんだ。

細かいのは、ちと無理だ。」


ハリーは小さく、何度かうなずく。

「そうですか•••。

残念ですが、大丈夫です。

この時計も、もう寿命かも知れません。」


老人は目を閉じて黙る。

やがてゆっくりと立ち上がる。


「ちょっと待っていておくれ。」


老人は裏にさがる。

少しして戻る。

手に一冊の手帳。


「その時計の、手入れの記録だ。

あんたに渡すよ。」


ハリーの目が大きく開く。

口が開く。

言葉は出てこない。


「•••。」


手帳を受け取る。


開く。

ページをめくる。


丁寧な手書きの文字。


二枚目、三枚目、四枚目。


年月日が目に沁みる。


「•••。」


エナは振り返る。


店の商品を眺める。


ハリーは手帳を見続ける。


「•••。」


言葉は出てこない。


チッ、チッ、チッ。


チク、タク、チク、タク。


時計の音だけが、聞こえている。



キー。


店の入り口が開く。


タッ、タッ、タッ。


「すみません。

タイマーってありますかー。」


聞き覚えのある声。


「あれ?

ハリーさん!」


「•••あ、ルカさん?」



曇り空。


おひるどき。


カフェに入る。


時計店から徒歩1分。


「トマトのタイマー?」


ハリーとエナ。

向かいにルカ。


「そうなんです。

売ってたら買いたいなって。

散歩してたら時計屋さん見つけたので。」


「それ、ひょっとして、仕事用?」

エナが聞く。


「はい。

会社に提案してみようかなって。」


「なるほどー。

でも休日なのに仕事熱心なのね。」


「あ、いえ。

ただの思いつきです。」


ハリーは首をかしげる。

「うん?

一体、何の話なんだい?」


「月曜日にまたお話ししますね。

今日は休日ですから。」


コト、コト、コト。

ランチプレートとドリンクが届く。


「いやー。

休日、満喫だねー。」


ハリーはボトルの白ワインをグラスに注ぐ。

トクトクトク。


「ねぇ、ルカさんはどう思う?」


エナが尋ねる。

昨日のディナーの件。


「え?

回鍋肉に赤ワインですか?」


「そうなのよ。

中華料理なのにねー。」


「んー?

でも結構イケてたよ。」


「そうですねー。

それは、私的にはアリだと思います。」


「えぇ?

そう思う?」


「濃厚な味付けとお肉の脂。

イケると思いますね。

南フランスのメルローとか、イタリアのキャンティとか。

中華にワイン。

ハリーさん、結構オシャレですよ、それ。」


「ほらほらー、エナ。

そっか、そっか。

そうだよねー、ルカさん。」


ハリーは笑顔になる。

エナはハリーを細い目で見る。


「•••もう、ハリーってば。

デレデレしちゃってー。」

肘で小突く。


「あ、あはは。

お二人とも仲が良いですね。

ちなみに、どこの赤ワインだったんですかー?」


「え?

どこ?

国?

あー、どこだったかなー。」


ハリーには答えがない。


「確か、カリフォルニアよ。」

エナが答える。


ルカは一瞬、固まる。


「えぇー!?」


思わず声を上げる。


「中国とアメリカ。

つまり•••、それは。


こくりとうなずく。


「平和、ですね。」


一拍の間。


「そう、それ!」


「ハリーさん、さすがです。」


「もう!

何も考えてないでしょ?

調子に乗らないでよー!」


休日のランチ。


白ワイン。


雨が降り始める。


予定のない三人。


会話も止まない。

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