第十六話 変わらない音
ハリーはシャワーを浴びる。
ルームウェアに着替える。
腕時計を左腕に巻く。
チッ、チッ、チッ。
変わらない音。
動いている。
⸻
コト、コト。
ダイニング・テーブルに料理が並ぶ。
カチャ。
ハリーは冷蔵庫を開ける。
グラスと缶を取り出す。
よく冷えた麦の発泡酒。
空のグラスが白く曇る。
「今日はちょっと暑かったな。」
「そうね、洗濯がはかどって良かったわ。」
カシュ。
トクトクトク。
金色の液体。
白い泡。
「お疲れ様。」
「お疲れ様。」
コツン。
グラスを口に運ぶ。
ゴクリ。
•••ゴク、ゴク。
喉が鳴る。
「ふー。」
「ふぅ。
うふふ、美味しいわね。」
「あぁ、うまい。」
ハリーは箸を持つ。
冷奴を口にする。
「うん?
これはー。
エスニックだね。」
「美味しいでしょう?」
「あぁ、好きな味だ。」
「ベランダのハーブが良く育ってるのよ。
パクチーもバジルも。」
「新鮮な香りだ。
このコリコリした食感も良いね。」
「中華クラゲを刻んだの。
あと白胡麻ね。」
何気ない会話が続く。
一呼吸、途切れる。
エナは目を閉じてうつむく。
「今日ね、いつもの時計屋さんに電話したの。
そしたらあのお爺さん、もう修理の仕事していないんだって。
他のお店にも掛けてみたんだけど、どこもダメだった。」
ハリーは口の中のものを飲み込む。
ゴクリ。
「うん。」
腕時計に触れる。
「そっか。
•••まぁ、仕方ないか。
時計のメンテナンスなんて、稼げる仕事じゃないからなぁ。
それにもう、寿命かも知れないし。
ズレが大きくなっているのは。」
「でも、寂しいことよね。」
「•••そうだね。」
竜頭を回す。
カリ、カリ、カリ。
ゼンマイが巻かれる。
盤を見つめるハリー。
「さてと。
メインディッシュ、温めるわね。」
エナが席を立つ。
約1分。
チーン。
レンジの音。
料理が運ばれる。
湯気がふわり。
春キャベツとピーマンの緑。
調理で色濃く、艶がある。
回鍋肉。
ハリーは立ち上がる。
「いい香りだ。
うん、赤ワインにしよう。」
エナがつぶやく。
「•••今夜はアジアン、なんだけどなぁ。」
⸻
土曜日の朝。
時計の時刻を正す。
6時。
カーン。
カーン。
かちり。
秒針が動き出す。
チッ、チッ、チッ。
しばらくその針を見つめる。
⸻
エナはいつも通り朝食を準備する。
「今日は仕事に行くんだったわよね?」
「あ、ごめん、言ってなかった。
今日は休みなんだ。」
「あら、そうなの?」
「あぁ、仕事が順調に行ってて休みが取れたんだ。」
「ふーん、そうなのね。
•••あぁ、新人さんのおかげね。
仕事のできる『若くてかわいい女の子』の。」
ハリーはエナの言葉にトゲを感じる。
「あーははは。
そうなんだよ。
オレの仕事だけじゃなくて、生産管理部の事務仕事もやってくれててさ。
本当に助かってるんだ。」
「そうなのねー。
それじゃ、今日は一日お休みで、何をするの?」
「んー、どうしようかな。
何も予定していないからな。」
ハリーは腕時計を見る。
「そうだな。
たまにはこの街を、ぶらぶらしようかな。」
「それ良いわね。
私も一緒に行くわよ。」
⸻
ハリーとエナは街を歩く。
いつもと違う道。
違う景色。
ゆっくりと歩く。
カシャ。
スマートフォンの音。
画面に映る。
街路樹の白い花。
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「なんだか、旅行に来たみたいね。」
「あぁ、不思議だな。」
裏路地から表通りに出る。
道沿いのテナントの前を通る。
「良かった。
営業はしているんだな。」
「やっぱり、ここに来たのね。」
二人は立ち止まる。
古びた時計店の入り口。
ボーン、ボーン。
チク、タク、チク、タク。




