第十一話 ガイドライン
しとしとしと。
静かな雨音。
薄暗い部屋。
チッ、チッ、チッ。
秒針の音。
ガバッ。
ハリーが目覚める。
「はぁ、はぁ。」
腕時計を見る。
5時50分。
スマートフォンを見る。
5時52分。
「•••はぁ、はぁ。」
息をいっぱいに吸う。
大きく吐く。
「はぁー•••。」
どさっ。
ベッドに身が沈む。
⸻
「おはよう。」
「おはよう。
今朝も雨ね。
洗濯物が溜まっちゃうから、コインランドリー使うわ。」
「•••うん、了解ー。」
「どうしたの?
具合悪いの?」
「あぁ、いやー。
ちょっとやな夢、見ちゃってさ。」
「そう、どんな夢だった?」
「んー。
時計がね、壊れちゃった夢。
直そうとして分解して。
そんで、部品が落っこちて。
ヤバい!
って思ったところで目が覚めた。」
「あー、そっかぁ。
その腕時計、夢に出てくるほど大事にしてる。
そういうことよね。」
「んー•••。」
「あ、ひょっとして。
あの事、思い出してたの?」
「うん、まぁ、•••そうだね。」
ハリーはテーブルに着く。
スープの香り。
料理が並ぶ。
白い湯気。
ゆらゆら。
⸻
「ハリーさん!
おはようございます!」
「おはよう、ルカさん。」
「何だか元気なさそうですね。
具合悪いんですか?」
「え?
あ、いやー。
ちょっとやな夢、見ちゃってね。」
「そうなんですね。
どんな夢だったんですか?」
「え?
えーと、時計が壊れちゃってね。
直そうとして、分解して•••。
部品が落っこちて。
ヤバいって思ったところで目が覚めた•••。」
「あー、なるほど。
その腕時計、夢に出てくるほど大切にしてる。
そういうことですね、きっと。」
「え?」
「え?」
二人は首を傾げる。
「あれ?
私、変なこと言っちゃいました?」
「あー、いや。
全然、そんな事ないよ。」
「ハリー、おはよう。」
ハリーが振り向く。
ジョーがやって来る。
「昨日は時間が取れなくて悪かったね。
朝礼が済んだら話をしよう。」
「あ、はい。」
ジョーはルカを見る。
「ルカくんも一緒に。」
「え、あ、はい!」
⸻
『応接室』
ハリーは昨日の報告をする。
「そうか。
やっぱり、ボスの言っていた通りだね。
ルカくんはこれから、大きな存在になるだろうって。」
ハリーは頷く。
ルカはゆっくり頭を下げる。
「それでねぇ。
ボスからの指示なんだけど•••。
とりあえず、企画部は職務に集中せよ、と。」
ハリーとルカは黙って聞く。
「そして、ルカくん。
キミに生産管理部のミーナをサポートして欲しい。」
ルカの目が大きくなる。
頬がゆっくり上がる。
「とりあえず明日。
一日だ。」
「はい!」
笑顔で返事をする。
「ただし•••。」
ジョーは拳を口元に当てる。
小さく咳払いする。
「生成AIの使用は、ひとまず控えるように。」
一拍の間。
「そして、ハリー。」
「あ、はい。」
「キミたち二人に、今から私とやって欲しいことがある。」
「何でしょうか。」
「生成AIの社内ガイドラインの策定だ。」
⸻
ハリーは事務所に戻る。
部下に指示を出す。
ジョーはルカに問いかける。
「キミ、ひょっとして•••。
すでにある程度、出来上がってるんじゃないか?」
「あ•••。
えーと、そう、ですね。
ちょっと1分だけ頂いてもよろしいですか?
素案を出しますので。」
1分後。
ハリーが戻る。
「おお、素晴らしい。」
ジョーが感嘆を上げる。
「ふむふむ。
なるほど、ケーススタディまで考えられている•••。」
「あ、はい。
それとー、生産管理部ではAIを使用しない方針ですよね。」
「うむ。
ひとまず、だな。
情報漏洩が気になるからだが•••。」
「たぶんですけど•••。
AIのアドバイスだけで、圧縮できると思います。
かなりの仕事量が。
•••ですので、この部分。」
ルカはタブレット画面を指差す。
『生成AIの活用を推奨する。
ただし事前に報告すること。』
「この言葉と•••。」
『生成AIの直接利用、間接的利用の区分について』
「ここ、とっても重要です。」
ハリーはあっけに取られる。
「あははは、ほんとスゴいね。
えーとオレ、お茶、淹れてきましょうか?」
一拍の間。
ルカはハッとなる。
「ああああー!
す、すみません!
すみません!
お、お茶は•••。」
すくっと立つ。
固く目をつむる。
「お茶は、私がー!」
⸻
ウーン、ウーン。
パタン、パタン。
機械音が鳴る。
生産管理部。
カツ、カツ、カツ。
足音。
小走り。
クリップボード。
キラリ輝く。
メガネをかけ直す。
白衣のミーナ。
『冷蔵・冷凍保管室』。
ガッチャン。
扉が開く。
シュオー。
白い気体が流れ出す。
「いちにーさんしーごーろく•••。
あれー?
やっぱりだ。」
ボードの数字を見る。
「うーん、何で?」
ガッチャン。
扉が閉じる。
「•••うー、寒っ。」
クリップボードを抱きしめる。
カツ、カツ、カツ。
小走り。
うつむきながら。
「どうかしたの?
マネージャー。」
ミーナは顔を上げる。
「あー、リッくん。
うーん、それがねー。」
クリップボードを見る。
「在庫がね。
どういう訳か、増えてるの。」




