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 ガリガリとSoDAが氷を削る規則正しい音が響く部屋の中で、カイトは銀色に鈍く光る右腕をじっと見つめていた。肘から先は、かつての生身の肉体ではない。アーティファクト「エトワール」と「シルバートレイ」がルキウスのナノマシン技術によって強制融合し、カイトの骨格と一体化した「アーティファクトの義手」だ。


「……よし、イメージはできた」


 カイトが右手に意識を集中させる。銀の指先がピクリと震え、やがて滑らかにグラスを握り直した。この義手は、身体的な反射ではまだ動かない。カイトが「こうありたい」と強く願う精神の力――純喫茶錬金術の根源たる意志の強さに呼応して駆動する。


「マスター、あまり根を詰めないでください。出力が不安定です」


 傍らでSoDAが心配そうに、けれど甲斐甲斐しく動きながら声をかける。彼女の翡翠色の瞳には、かつての無機質な計算式ではなく、一人の人間を案じる深い慈愛が宿っていた。


「わかってるさ。……だが、待たせてる客がいるからな」


 カイトはニッと笑うと、左手でソーダ水を注ぎ、右手の義手で静かにアイスクリームを掬い上げた。以前のような、流れるような無意識の動作ではない。一挙手一投足に、魂を削るような集中力が求められる。その右手がチェリーを天辺に添えた瞬間、義手から淡い光が溢れ出し、グラスの中の氷がカラリと音を立てた。


「お待たせ。特製メロンクリームソーダだ」


 カウンターに並べられた4つのグラスは、リン、ガイ、Sola、SoDAの前へ置かれ、翡翠色の輝きを放っている。


「……あんた、本当にバカね」


 リンが呆れたように溜息をつきながら、真っ先にスプーンを手にとった。一口食べると、その冷たさと甘さが、戦いで荒んだ心に染み渡っていく。


「味は……まあ、合格。アイスとチェリーのバランスが、少し前より不格好な気がするけどね」


「それはまだ勘弁してくれよな」


「さっさと元通りにしたきゃ、毎日ちゃんとリハビリするんだな。じゃねえと労働後の楽しみが減るだろうが!」


 リンの遠慮のない評価に苦笑いするカイトに、ガイはソーダをすすりながら苦言を呈する。


「分かってるってガイ」 


「あの、実際のところ、腕の調子はどうですか?」


 Solaの心配そうな問いかけに対し、カイトは照れ隠しに鼻を擦った。その拍子に、右腕が一瞬だけ刃物のような鋭い光を放つ。


 以前のカイトは、魔法陣を展開するために詠唱や一定の動作を必要とした。だが今の彼は違う。アーティファクトと神経が直結したことで、思考した瞬間に術式が起動する。


「見てな。……展開」


 カイトが軽く右手をかざすと、空間に幾何学模様の魔法陣が瞬時に多層展開された。それは「シルバートレイ」が持っていた絶対防御の権能。カイトの意志に反応し、物理的な衝撃やエネルギー波を無効化する不可視の盾が、店全体を包み込むように広がった。


「これなら……次に来た時は、もっと上手くやれる。もう、誰も傷つかせない。この右腕があれば、俺がみんなを守れるんだ」


 カイトは自分の右拳を強く握りしめ、力強く宣言した。その瞳には、絶望を乗り越えた者だけが持つ、静かな、けれど激しい決意の火が灯っていた。


「……そうね、頼もしいわ」


 リンは無理に作った笑顔で応えた。だが、その視線はカイトの顔ではなく、包帯の境目から覗く、痛々しい銀の接合部に向いていた。


(……守る、なんて言わないでよ)


 リンは心の中で、吐き捨てるように呟いた。


 あんな思いは、もう二度と御免だ。目の前でカイトの腕が飛び、彼が死の淵を彷徨ったあの数時間の地獄。彼が戦場に立てば、また同じことが起きるかもしれない。たとえその右腕がどれほど強力な盾になったとしても、彼自身が「盾」になることを選ぶ限り、守られる側である自分たちの心は削られていく。


 それはSoDAも同じだった。彼女はカイトの背中を見つめながら、絶え間なく流れる内部ログを密かに処理していた。


『マスターの生存確率:算出不能。戦闘継続による精神負荷:増大。……推奨事項:前線からの離脱』


 論理はそう告げている。そして、再起動した彼女の「感情」もまた、激しく警鐘を鳴らしていた。


(マスター……あなたは『守る』とおっしゃる。けれど、私にとっての『正解』は、あなたがただ隣で笑っていることなのです。傷だらけの英雄であることなど、望んではいない)


 SoDAはカイトの汚れを拭うように、彼の肩にそっと手を置いた。


「マスター。その右腕は、ソーダを注ぐために、そして私たちと握手するためにあるのだと……私は、そう信じています」


「ああ、分かってる。……でも、世界がそれを許さないなら、俺は何度でもこの腕を振り上げるさ」


  カイトは笑いながら強がってみせる。しかしその笑顔はどこか痛々しく見え、彼のその真っ直ぐな言葉は仲間たちの胸に温かく、けれど重く突き刺さった。


 彼が一度言い出したら聞かないことは、誰よりも彼女たちが知っている。だからこそ、彼女たちは心に誓う。


 カイトが「みんなを守る」と言うのなら、自分たちは「守ろうとするカイト」を、全力で守り抜くのだと。








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