46 Sacred Origin Divine Artifact
手術が終わってからカイトが目覚めるまでの間。医療マシンの低い駆動音だけが、無菌化された部屋に満ちていた。再生プロセスは安定し、カイトの生命反応は緩やかな曲線を描いている。
リンは手術用グローブとゴーグルを外し、深く息を吐いて自分の手を見た。指先にはまだ、微かな震えが残っている。
「……終わった、のよね?」
「応急としては完璧だ。拒絶反応も今のところは見られない」
ルキウスは簡潔に答え、器具を整えながら背を向けた。リンはその背中を数秒見つめた後、静かに口を開く。
「ねえ。ルキウス」
「……何だ」
「どうして、アーティファクトが『変質する』ことを知っていたの?」
ルキウスは手を止め、ゆっくりと振り返ってリンを見据える。その視線には、もはや嘲りも虚勢もなかった。
「……先程も少し触れたが、例の『ドリアン』騒動の時にメインコンピューターから得た単なる知識だ。純喫茶錬金術に関するものは、帝国では『禁書指定』だったがね」
「それ、まだ根に持ってるけどね」
「それは済まなかった」
彼は壁にもたれ、淡々と語り始める。
「そもそも『純喫茶錬金術』におけるアーティファクトとは――『力を持つ道具』ではない」
「そのようね。じゃあ、一体何なの?」
「それは、人間の意思を増幅するための媒質だ。願い、執念、執着……そういったものを、現実に具現化する為の『依代』となるものと言い換えても良いだろう」
SoDAとSolaも、言葉を挟まない。リンやガイも同様に黙って聞いている。
「バースプーン《エトワール》が示すのは『物質の具現化』。シルバートレイが担うのは『絶対防御』。だが、それら形態は“不変”ではない」
ルキウスの指が、宙をなぞる。
「アーティファクトは、常に『持つ者にとって最適な形』を取ってきた。武器にも、道具にも、象徴にもなる……」
リンは、眉をひそめる。
「……でも。それを手術に使うって話は、全然別でしょう?」
その問いに、ルキウスは即答しなかった。代わりに、ゆっくりと視線を動かす。
「だからこそ、だ」
「……え?」
ルキウスの視線は、SoDAで止まった。彼女はその翡翠色の瞳で、その視線を正面から受け止めている。
「私は、彼女の“真の名”を聞いた」
ルキウスの声が、低くなる。
「SoDA──『Solid of Desire and Archive:type HG』は、表向きの名だ」
Solaが息を呑む。
「HGとは――『Holy Grail』」
「─────!」
その言葉にリンの目が大きく開かれる。
「……そしてあの時私が聞いた言葉は、『Sacred Origin Divine Artifact』。このことから導き出されるものは……」
ルキウスの口から紡ぎだされるその言葉が、静寂が満ちた部屋に落ちる。
「……恐らく彼女は、『聖杯』そのものだ」
一瞬、誰も声を出せなかった。
リンは唇を噛みながら、言葉を絞り出した。
「カイトも私も予測はしていた。けど……やっぱり……そうなのね」
「ああ。間違いないだろう」
ルキウスは首を振る。
「今までのSoDAからの推察になるが、『聖杯』とは『他者の意思を受けとめ、形にして与える』ことを権能としたものだ。少なくとも、今現在のこの世界では、という前提だがな」
彼はSoDAを見据えたまま続ける。
「彼女は願望(Desire)と記録(Archive)を内包し、それを事象化して世界に再び与えることのできる存在。……そもそも、全人類の感情や記憶をその身体に内包する事が、一介のバイオロイド如きに可能なことではない。リン、君とカイトは気づいていたのだろう?」
「! それは………」
再び訪れる沈黙。
その中で、SoDAが静かに口を開いた。
「……私の機能解放は、まだ限定的です」
その声は、いつもの抑制された調子だったが、どこか確信を帯びている。
「私自身も、私の全てを理解しているわけではありません。真の設計意図、最終的な権限、解放条件……それを知るには――やはり、あの場所へ行く必要があります」
リンは、はっと顔を上げた。
「あの場所……?バニラ博士の隠しラボ?」
SoDAは、小さく頷いた。
その翡翠色の目には、一個の生命体としての強い意志の光が宿っていた。
「バニラ博士が、私を遺した理由。純喫茶錬金術とアーティファクトの関係。それを確認しなければ、私は……半分しか自分の存在を把握できていないことになります」
ルキウスが、静かに付け加える。
「答えは、必ず代償を伴う。だが、知らぬまま進むよりは――ずっと美しい」
「……邪魔したのはあなたですけどね?」
「……それは済まなかった」
リンは、ゆっくりとベッドの方を見る。
白いシーツの下で、カイトは静かに眠っている。
失われたもの。得られたもの。
これから知ることになる真実。
「……目を覚ましたら、全部話さなきゃね」
「はい。ですが今確かなことは、私はマスターのために存在しているということです」
規則正しい電子音が、ゆっくりと位相を変えた。
それは異常を示す警告ではなく、意識回復予測に移行した合図だった。




