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45 アーティファクトよ、願いに応えよ




「カイト! 目を開けて! 寝たら承知しないわよ!」


 リンの叫び声が、遠くの波音のように聞こえる。彼女は震える手で、カイトの右腕の上腕二頭筋と三頭筋の間にある止血点を止血帯で強く縛り上げた。プラズマ熱で炭化した切り口からは、それでもなお、どす黒い血が滲み出している。


「SoDA、もっと冷却して! 組織の壊死を止めるのよ!」


「了解、です!ナノバブル・クライオ、出力維持。マスターの体温を2度低下させ、代謝を抑制します」


 SoDAの声は、もう先ほどの冷徹な機械のものではない。震えを必死に抑えた祈るような響きを帯びてはいるが、いつもの彼女の声だ。その瞳からは翡翠色の光とともに、涙が絶え間なく溢れ出していた。


「カイトさま……しっかり! 心拍、さらに低下。このままではショック死の恐れがあります!」


 Solaが医療キットから取り出した自動注射器を使い、カイトの太腿に強心剤を打ち込む。




「……どけ。それではプラズマ熱による『細胞崩壊』は止められん」


 そこにルキウスが割り込んできた。彼は泥に汚れた軍服を脱ぎ捨て、内側に隠し持っていた帝国師団長専用の緊急用バイアル(ゴム栓をした医療用の小瓶)を取り出した。


「あんた……! どの面下げて!」


 リンが色めき立つが、ルキウスは一瞥もせず、カイトの右腕の切り口を見つめる。


「これは私の失態だ……。帝国に見捨てられ、あまつさえ敵に救われるなど、美しくない。だが、この男がここで死ぬのは、私の美学が許さない」


 ルキウスはバイアルのゴム栓をナイフで取り除き、中の白濁した液体をカイトの傷口に直接振りかけた。


「……ッ! があああぁぁぁッ!!」


 カイトが絶叫する。傷口が泡立ち、まるで生きた蛇のように細胞がうごめき、強制的に傷口を塞いでいく。帝国が誇る自己増殖・自律型ナノマシンの「強制縫合」だ。激痛を伴うが出血はピタリと止まった。


「流石に気絶したか。ここで麻酔に切り替えよう。SoDA、時間が惜しい。ここにナノバブルで無菌室を作れ」


「了解です。可及的速やかに構築します!」






 無菌ドームの内側で、ルキウスは手術用グローブを装着しながらSoDAに語りかけた。


「SoDA。今の君なら、アーカイブにある『錬金術の術式』を使えるはずだ。それでこの男の失われた右腕にアーティファクトを『結合』する」


「待って?アーティファクトを?結合?」


「理論的には可能だ。そもそもアーティファクトとは、その能力が使用者の思念によって形を成したものなのだからな」


「ちょっとそんなの初耳よ!SoDA、本当にできるの?」


 リンは手術の準備をしながらSoDAに問いかける。それは、事実か問いただすというよりも、むしろ本当に縋れるものなのかを確認したいという顔だった。


「可能です。Code:ICEの解凍により、条件付きですが純喫茶錬金術の秘奥を行使することは可能となりました……が、それは、論理的最適解と言えません」


「だからこそだ。君たちは論理を超えた場所で、ここまで来たのではないのか?純喫茶錬金術とは……そういうものだろう?」


 ルキウスは、カイトの傍らに置かれた二つのアーティファクト――バースプーン『エトワール』と『シルバートレイ』を指し示した。


「カイトという人間に対する皆の『願い』を受けて『錬成』できるのは、SoDA、君しかいない」


 SoDAは一拍の沈黙の後、静かに頷いた。


「しかし彼は……よくここまで意識を保っていたな。凄まじい精神力だ。余程君のことが大事だったのだろう」


「……!……ルキウス……様。ありがとうございます」


 その言葉を聞いたルキウスは、フッと微かに笑った。それは以前までの己惚れた笑いではなく、すぐに元の真剣な顔つきに戻り、Solaとリンが用意していた医療マシンの操作に取り掛かった。


「このまま再生手術を行う。リン、手伝え」


「ルキウス?あなたにそんな高度な手術ができるの?」


「天才に不可能の文字はない。それに帝国に秘されていた純喫茶錬金術の理論は全て頭に叩き込んである。……SoDA、アシストは任せる」


「私のアーカイブをルキウス様とリン様の手術用ヘッドギアに接続します。アーティファクトの調整は私にお任せください」


「頼む。リン、急ぐぞ。時間が惜しい」


「ああ、もう!後でキッチリ説明して貰うわよ!」






「では、術式を開始する!SoDA!」


「──皆様の『願い』を受理します。アーティファクトたちよ、願いに応えよ」


 ルキウスの合図と同時にSoDAの足元から幾重にも重なる翡翠色の魔法陣が広がり、清浄な光が空間を満たしていく。


 宙に浮いた『エトワール』と『シルバートレイ』が、SoDAの放つ高出力のフォトンを浴びて、飴細工のように溶け始め、銀色の液体となったアーティファクトが、カイトの傷口へと吸い寄せられていく。


「立体積層魔法陣……⁉信じられない。アーティファクトがカイトの神経系と『対話』してる……?」


 リンが思わず漏らした言葉の通り、魔法陣はその場にいる全員の想いを増幅し始めた。





 リンの祈り。


 ガイの武骨な励まし。


 Solaの必死な献身。


 ルキウスの抱く責任と贖罪。


 そして、SoDAのカイトに対する想い。





 銀色の液体はカイトの上腕骨に絡みつき、神経一本一本を模倣するように繊細な銀の糸を伸ばしていく。トレイの防御特性が強固な外殻となり、エトワールの具現性が内部動力として脈動を始める。


「骨格形成完了。神経接続……100%! ルキウス様!」


「わかっている! 血管代換、ナノマシン固定。……縫合を完了する!」


 ルキウスの指先が的確に医療レーザーを操る。

 光の粒子が収束し、激しい放電とともに最後の「結合」が行われた。







 手術開始から数時間後。

 朝日が差し込む窓辺で、カイトは深い眠りについていた。カイトの右肩から先には、もはや肉体の腕はない。代わりにそこにあるのは、鈍い銀の輝きを放つ、流線型の義腕だった。


「……終わったな。美しい……」


 ルキウスがその義腕を見つめながら、満足げに呟いた。

 SoDAはカイトの傍らに膝をつき、新しく生まれたその銀色の手を、壊れ物を扱うようにそっと両手で包み込んだ。


「マスター……これは、皆様の願いでできています」


 銀色の腕は、カイトの心拍に呼応するように、微かに翡翠色の光を放っている。それはアーティファクトが道具であることを辞め、一人の男の「体の一部」として転生した証だった。








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