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40 「秩序」から「排除」へ




『その必要は、ない』



 その声は、空気を震わせる音ではなかった。


 ただ脳の内側に直接、針のようなノイズとなって突き刺さる。思考の表層を荒らし、心の奥底にまで浸食してくるような、異質で冷たい響きがあった。



 ザザッ……ザザザッ……。



 白いローブを頭から纏った人影が、まるで大気の膜を破るかのように降り立ったその瞬間、街頭モニターは一斉に砂嵐となり、空を漂っていた警備用ドローンのスピーカーは甲高い悲鳴のようなノイズを撒き散らし、さらにSoDA端末のインターフェースまでもが一斉に真紅の警告画面へと切り替わった。


 ドリアンの悪臭すら凍りつくような、無機質で冷徹な殺気が場全体を覆い尽くす。


「……誰だ? リン、ガイ、心当たりは?」


 カイトが低く呟いた。普段の軽口はそこになく、声は獣が天敵を察した時のように震えていた。


「知らないわ。でも……このプレッシャー、只者じゃないわね」


「コイツはやべえな。こんなことならフル装備で来てりゃ良かったぜ……」


 リンは鋭い音を立てて武器を展開し、ガイは巨大なハンマーのグリップを強く握りしめる。


「SoDA! Sola!解析できるか?」


「強力なジャミング。照合不能です。ですが……」


「これは……通常の生命体ではありません!」


「なんだって?」


 カイトたちが身構え、街の空気が一瞬で緊迫に染まる。しかし、白いローブの人物は、彼らに視線すら向けなかった。まるで、道端のゴミか石ころのような扱いだ。


 その代わりに――ただ一人、呆然と立ち尽くす男へ視線を向ける。



『控えよ――第3師団長、ルキウス・ヴァレンハイト』


 その言葉を聞いた瞬間、ルキウスは血の気を失い、まるで糸が切れたかのように膝を落とした。


「こ……皇帝陛下……? なぜ、なぜここに……」


「皇帝だと?」


 カイトが息を呑む。彼らにとって「皇帝」とは、帝国という巨大組織の頂点。曇天の彼方にいる抽象的な恐怖であり、決して表舞台に降りてこないはずの存在だった。


 だが、その声は合成音声のように金属的で、性別すら判別できない。



『貴官の行動により、帝国のリソースに著しい損失が発生した。さらに、貴官は「怒り」という極めて非効率的な感情に支配され、管轄区に無意味な汚染を広げた』


 皇帝の言葉と同時に、帝国側の指令モニターの色が次々と変わっていく。穏やかな青の「秩序(ORDER)」から、血のように濁った赤の「排除(PURGE)」へ。


『帝国はこれまで、旧人類種に対し「感情の抑制」と「合理的管理」を方針としてきた。だが貴官の醜態は証明した。感情を持つ個体は管理不可能なバグであると』


『方針を転換する。これより、反乱分子および感情汚染源となる個体は、その生命活動を永久に停止させる。即ち――殲滅だ』


「な……!? 殲滅だと……!?」


 カイトの顔から血の気が引く。捕縛でも洗脳でもない。「殺す」と明言されたのだ。


「お、お待ちください陛下!」


 ルキウスが動揺を抑えつつ叫ぶ。


「確かに彼らは野蛮ですが、教育すればまだ……それに、殺戮は私の美学に反します! 合理的に、美しく管理することこそが――」


『美学。……不要な概念だ』


 不意に吹いた風で、ばさり、とローブがはだける。

 その一瞬に現れたのは、黄金と純白のボディスーツを身にまとった「少女」だった。

だが、その肌は陶器のような無機質な白さで、瞳の奥には黒いレンズが回転し、虹彩の代わりにデータの流れが走っている。背中から伸びる放熱フィンは天使の翼を模しているが、その輝きはどこか冷酷だった。


「皇帝が……機械……だと……?」


 ルキウスが後ずさる。


 圧倒的な恐怖。支配する側の人間ですら抵抗不能な、「絶対者」の気配。それこそが、アークコンピューターが最適化の果てに作り出した、真なる皇帝の幻影。



『残念だが、不正解だ。私は『ANGEL』。アークコンピューターの現身であり、帝国の真の皇帝だ』


「確かに、直接お目通りがかなった事はなかったが…!審議室の幹部達は知っているのか?」


『誰も知らぬだろうな』



 冷たいレンズの瞳がルキウスを射抜く。


『ルキウス。お前の役目は終わった。不確定要素エラーは、私が直接削除する』


 少女が手をかざすと、その掌に蒼白い光が凝縮し始める。プラズマの唸りが空気を震わせ、カイトたちの肌をチリチリと焼く。



 それは、臭気や怒気などという生ぬるい概念の外にある、純粋な「死」の光だった。






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