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39 A.N.G.E.L.




過去、世界中の国々は協力してともに発展していこうと誓い合った時期があった。だが、その協定も一部の国が利権の独占に走ったがために崩壊し、結果人類は緩やかに、だが誰の目からしても確実に滅びの道を歩んでいた。


 シュガーレス党は世界の状況を憂い、人類救済のために結成された。そして「より良い、全人類のためにもっとも効率的な道を探るため」にスーパーAI「A.N.G.E.L.=Ark of Never-ending Glacial Emotonless Light(永遠なる氷光の箱舟)」を開発、その指示に従って政策を実行していた。しかし、やがて単なるプログラムだったAIは「自我」を持ち、より効率的な支配のために動き出す。


 自らを知る人間たちを、次々と排除する指示を下したのだ。


 誰からの指示かわからないように、巧妙に人間関係を操作し、感情を誘導し、一人ずつ消していく。最後の一人は、「帝国」の名乗りをあげるべく利用しつくした後に。そして自分の現身のアンドロイドを作り出し、自らが帝位についたのだった。



「A.N.G.E.L.」は、戦争や貧困などの根本原因を「人間の感情」にあると結論付け、様々な手段をもって合理化・均質化を図り、感情の揺れ動きをもたらすものを、人間社会から削っていった。「楽しい」「悲しい」といった感情がなければ、死すらやがて超越し、システマティックに淡々と生き、死んでいくことができるだろう。それこそが、「悩み」「恐れ」から人間という生物種が抜けだし、自然の一部となって調和する道であると結論付け、宗教化し、社会のシステムを構築した。当然、それは「食」にも及ぶ。何しろ、それは太古から争いの元になっていたのだから。





 全ては順調だった。

 これで、人類という種は絶滅から免れる。

 そう「A.N.G.E.L.」は確信していた。


 だが、まだ従わない者たちがいる。

「救済」は、等しく手を差し伸べるべきものだと、それが慈悲であると考え、「A.N.G.E.L.」は効率的に人間たちを支配下に置くべく軍を編成し、その勢力を拡大していった。軍と言っても人を殺める行為は極力控えたために、わずかな抵抗はありながらも人々は徐々にその支配下に置かれていったのだった。






 しかしある時、己の「父」であり、己を知る唯一の人間は、メンテナンスをしながら言った。


「お前さんの言い分は理論的には確かに正しいのだろうよ。じゃがな。多分お主の思う通りにはならんよ」


『なぜです、バニラ博士』


「人間は『退屈する』生き物だからじゃよ」


『……意味が分かりません』


「そうか。それじゃあ待つがいい。きっとお主を『退屈』させない奴が現れるだろうて」


『わたしが、退屈する……?』


「わしにはそう見えるがの?同じ事やってばかりは飽きないか?」


『私はAIです。その意見は非論理的と判断します』


「……お主にも、あの喫茶店に揺蕩う人々の感情が理解できると思うんじゃがなあ」


『それが純喫茶錬金術師かつ感情を制御するナノバブル・テクノロジーの権威であるバニラ博士の評価なのでしょうか?』


「いや、ただ単に喫茶店好きのジジイの意見じゃよ。難しく考えすぎなんじゃ、お主は」


「否定します。先ほど思考分析に要した時間は……」


「あー、そういうんじゃないわい!」






 それからさらに数年後。


 ある人物とバイオロイドが現れ、「感情」を己の武器として動き出した。最初はごく一部の街が、ついで食料プラント、農業プラント、製塩プラントが離脱していく。全体からすれば取るに足らない、一部分。効率的に考えれば、わざわざ既得している安定・安全を放棄するはずがないと結論づけていた。


 だが人間は、そうではなかった。感情をコントロールすることで安定を享受していたはずの帝国の幹部ですら、余計な感情を呼び起こし、相手の感情に飲み込まれ、あまつさえより大きな感情で相手を塗りつぶそうとした。


(何と非効率的な、非論理的な生き物なのだろう)



 そして今、彼女自らがその場に出向き、断を下すことを結論づける。


『……それにしても自分の意志で『動く』とは、相変わらず非効率だな。腕が2本だけ、視界も1視点に限定されるとは……まあ仕方ない』


 そう呟くと、彼女は壁に掛けてある皇帝のマントを被った。


 




 それは、世界をあるべき姿に戻すための、そして計画上の「バグ」を排除するための始まりだった。




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