表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朱い橋  作者: 飴屋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/23

22

「さて。今日はこれくらいにしておきましょうか」


そう言うと、雪兎が立ち上がろうとした。


「終わりですか?」


ほとんど朱鳥は何もしていない。


「今ので疲れたでしょう?」

「…」


確かに衝撃的な出来事ではあった。

白刃が思い出され、小さく震えた。


「…でも、屏風を早く完成させたいです」

「そんなに焦らなくてもいいですよ」


優しく雪兎が言う。


そう言われても、朱鳥の心は晴れない。

美味しいごちそうを食べて、もてなされているだけ。

なんの役にもたっていないのだから。


「…そうだな。じゃあ、僕の考えだけは伝えておこうか」


雪兎は座り直した。

それと同時に、茶色の兎面の人がお茶を持ってくる。

白磁の湯飲みが朱鳥の前に置かれた。


「何がきっかけで、屏風の絵が表れるかは分からないから、色々試そうとは思っています」

「…はい」


「 泣く」のは違ったにせよ、朱鳥が何か行動をおこさなくては、絵が表れないのは確かだ。


なんだろう。わたしに出来ることだったら良いけど…。


「笑う」のは、きっと最初だったから。それ以降は、きっと厳しい条件のはずだ。

何を言われても動揺すまい、と、朱鳥は一つうなずいた。


「そうだな。まずは食べ物から試してみましょうか」


雪兎がお茶を一口飲んで言った。


「食べ物、ですか?」

「そう。食べたものが体を作る。と言うことは、こちらに馴染む為には食事が必要だとは思いませんか?」


…一理あるのかもしれない。

文化が違えば、食事は変わる。

使う食材はもちろん、味付けも違うだろう。


『こちらの食事は濃いのね』


遠くからお嫁にやって来た、分家の若奥様の言葉が不意に思い出された。


「例えば、そうだな…」


朱鳥は雪兎の言葉を待った。

宴会では、朱鳥も見たことのあるものばかりだったが、それは祝いの席でのこと。

日常の食事は違うものかもしれないのだ。


「大福はご存じですか? 小倉餡を餅でくるんだものなのですが」


真面目な顔だった。


「は、はい。食べたことはあります」


滅多に食べさせてはもらえなかったが、それでも、何度か食べたことはある。


「ふむ。…では、金つばは?」


探るような目は厳しい教師の目そのもので、朱鳥は背筋をピンと伸ばし、真面目に答えた。


「きんつば…は、知りません」

「なるほど。なら羊羮は?」

「知ってます」

「簡単に言うと、柔らかい羊羮の回りに、生地をつけて焼いたものですね」


なんとなく想像出来るような、出来ないような…。


朱鳥が悩んでいると、雪兎は続けた。


「カステラ、どら焼、柏餅。キャラメルに、金平糖…。あと、チョコレイト」

「チョコ…? は知りませんが、あとは知ってます」


全て甘味だ。何だか、お腹が空いてくる。


「そうですか。まぁ、実際に食べてみないと効果はわかりませんから。今度色々試してみましょうか」


これは、実験なんだよね?


戸惑っていると、朱鳥の視線をどう思ったのか、雪兎はたくらんだように笑った。


「ここの郷は店が多くあります。店主と話ながら食べ歩くのも、神さまの役目だとは思わいませんか?」


それって普通の食べ歩き…。


このひとは、単に朱鳥をからかっているだけなのでは。

そう気付いて、朱鳥は疑いの目で雪兎を見た。


「あの、わたしは、早く役に立ちたいので…」


気持ちは嬉しいが、現状は焦るばかり。


「おや。それはありがたいことです。それでは…」


雪兎が着物の袂から、何かを取り出した。


「はい、こちらをどうぞ。お納めください」


そう言うと、朱鳥にそれを差し出した。

両手を出して受け取ったそれは、白い包み紙。


「…ありがとうございます」


中を開いてみると赤い梅の形をしたものだった。


「落雁」

「らくがん…。これは、どうすれば…」


砂糖がまぶされているのか、きらきらと輝くそれは、かすかに甘い香りがした。


「もちろん食べて欲しいですね。いや、屏風のことを思えば、食べるべきでしょう」

「…いただきます」


甘い香りに誘われて、朱鳥は落雁を 口に入れた。

そのとたん、ふわりと落雁が口のなかで溶けて甘さが口に広がった。


「!」

「美味しいですか?」

「はい! とても!」


あんこのような甘さではない。優しい甘さは、今の朱鳥にはちょうどいい甘さだった。


「そう。良かった」

「あ、ありがとうございます」


お礼を言うと、雪兎は立ち上がった。


「さて、それで屏風を見てみましょうか」

「あっ」


これはただのおやつではない。実験なのだと、雪兎の視線を追って屏風を見た。


「変わってない…」


相変わらず、花だけだ。

朱鳥は肩を落とした。

そんな朱鳥を、見て雪兎は笑った。


「たった一つ駄目だっただけで、そんなにがっかりしていたら身が持まちませんよ。もっと気楽に構えていてください」

「そうですね…」


でも、どうしても、花が現れたときのみんなの喜びようが思いだされるのだ。


「それじゃあ、今日はこれくらいにしておきましょう。実験の続きは明日でも?」

「今日、これからでも…」


まだ夜まで時間がある。

今からでも十分外に行くことはできるだろう。


「いや、やる気があるのは嬉しいですが、申し訳ありません。こちらの準備が整ってないのです。いきなり、あなたが店に来たら驚くでしょうから、事前に通達をしなければ」

「通達…」

「君は、…大事なお客様ですから」


あえて神さまと言わなかったのは、朱鳥を緊張させないためだろう。


色々と複雑な思いはあったが、そう言うことならと、朱鳥は頷いた。


「それに、まだ絵柄は三種あるんです。食べ物、衣服、装飾品。こちらの祭の参加と、色々試さなくては」


休んでいる暇は今しかありませんよ。


そう言われても、何だか楽しそうなことばかりなのは、朱鳥の気のせいだろうか。


朱鳥が悩んでいると、雪兎は呟いた。


「もしもまだ、話し足りなくて不安なら、いくらでも付き合いますが。そうですね、ここの郷の店で人気のやきいも店、いつも人だかりのできているウグイス餅。お土産に最適な精巧な飴細工に…」

「分かりました! 部屋に戻ります!!」

「うん。お休みなさい」


お腹が鳴ってしまう前に、朱鳥は急いで部屋に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ