第312話 知らなくても仕方がないな
マリアンネと話をしていると、メルヒオールが部屋に入ってきた。
「諸君、時間だ。筆記担当の者は各部屋に向かってくれ」
メルヒオールがそう告げると、周りの者が立ち上がり、続々と部屋から出ていった。
この部屋にはメルヒオールや俺達を含め、10人しか残っていない。
「皆、筆記もやるのか」
「私達は初めてだからじゃない? 多分、次からは両方を担当することになる」
次があるかね?
「残っている君達は待機だ。トイレ等以外はなるべく、外に出ないでくれ」
メルヒオールはそう告げると、席についた。
「暇ね。こんなことなら書きかけの設計図でも持ってくれば良かった」
「俺は本でも読む」
王都に来る前に買った【嫌われているのは好かれる第一歩! まだ諦めるな!】を読む。
「あ、流行っているシリーズのやつじゃない」
知っているらしい。
「リート支部の本棚には全シリーズがあるぞ」
「え? あれが? どんな職場よ……」
レオノーラが集めているからな。
なお、全員読んでいる。
「お前も読んだか?」
「【複数の女性との付き合い方】を買って、職場で読んだ。後輩に距離を置かれたわね。私は上手くやりたかっただけなのに」
その言葉をそのまま伝えたらより距離を取られると思うぞ。
「俺もそれは引かれたな。良いことも書いてあるんだが」
「表紙が悪いのよね。でも、びっくりなのがそのシリーズがめちゃくちゃ人気なこと。世も末ね」
なんでこいつって自分のことを棚に上げるんだろう?
お前も買ってるだろ。
「俺は役に立っている。人として成長できた」
多分……
「ふーん……それは?」
「これも悪くないと思う」
嫌われているし。
「そう……暇ねー」
俺達はやることがないのでひたすら時間を潰し、待っていた。
すると、扉が開き、40代くらいの男性が入ってきた。
「メルヒオール支部長、明らかに体調がおかしい者がいます。病院に行けと言っても拒否していますが、いかがしましょう?」
そういう奴もいるだろうな。
「他の受験者に迷惑だ。病院につれていけ。誰か応援に行ってくれ」
「じゃあ、私が行きます」
マリアンネが立ち上がった。
「暇ではないみたいだな」
「そうみたいね」
マリアンネは苦笑いを浮かべ、報告に来た男と出ていった。
その後も本を読んでいったのだが、数十分後に今度は50代くらいの女性が部屋に入ってくる。
「メルヒオール、カンニングだよ」
「ハァァ……今年もか。誰か応援に行ってやってくれ」
本当に全然、暇じゃないな。
こういうことのために俺達が待機しているわけだ。
「私が行きます」
そう答えて、立ち上がり、女性のもとに向かった。
「じゃあ、こっちだから」
女性と共に部屋を出ると、階段を下りる。
「カンニングはやはり毎年のことか?」
俺が試験を受けた時にも連れ出される奴がいた。
「毎年、10人くらいかねぇ? 地方の10級を受ける受験生はその10倍以上だよ」
多いな。
「その紙を作る時間で覚えてほしいものだ」
「まったくだよ。カンニングペーパーで上がる点数なんてたかが知れてるのにそれでこれまでの勉強がパーになるなんてバカのすることさ」
同意見だ。
俺達は1階まで降りると、部屋の前で蹲っている若い男とそれのそばにいる50代くらい男性がいた。
「応援か。すまないが、中で受験生を見てくれ。基本、見るだけだ」
カンニングがなかったらな。
「わかった」
「すぐに戻るからそれまで頼む」
男性と女性がカンニングした受験生を連れていったので中に入った。
そして、軽く受験生を見渡し、知り合いがいないことを確認すると、前の方にある席につく。
皆、真面目に問題を解いているようで問題なさそうだなと思いながら待つことにした。
たまに歩いて、不審なところがないかをチェックしながら待っていると、30分くらいでさっきの男性が戻ってきたので交代し、3階の待機室に戻る。
すると、マリアンネもすでに戻っており、席についていた。
「そっちも終わったか?」
「ええ。顔が真っ青だったし、よく来たわって思うわね。担架で運ばれていった」
カンニングした奴とは違い、これまで頑張ったんだろうな。
さぞ無念だったことだろう。
でも、そういう奴は次で受かるから安心してくれ。
「大変だな」
「そうね。そっちは?」
「カンニングだ」
「あー……よくやるわね。確か、カンニングによる不正って1年間、試験を受けられなくなる罰則があるわよ」
そうなのか。
それでもやる奴はアホだな。
その後も待っていると、何回か応援を頼まれ、俺達とは違う人達が部屋から出ていった。
そうこう慌ただしくしていると、12時を回り、続々と試験官達が戻ってくる。
「諸君、午前中はご苦労だった。多少、問題はあったが、想定の範囲内だ。午後からも頼む。それとこれから採点用紙を配るので名前を呼んだら取りに来てくれ」
メルヒオールがねぎらいの言葉をかけると、順番に名前を呼んでいく。
すると、俺の名前が呼ばれたのでメルヒオールのもとに行き、書類を受け取った。
元の席に戻ろうと思ったが、さっきの50代くらいの女性が手招きをしていたのでそっちに向かう。
「何だ?」
「あんたがジークヴァルトかい。大きくなっていたからわからなかった」
え? 知り合い?
「すまない。いつ会っただろうか? 人の顔を覚えるのが苦手でな」
「あー、いや、会ったのはかなり前だよ。あんたが子供の時だね。クラウディアの弟子だろ?」
本部長を呼び捨てか。
そういえば、俺を含め、一門は子供の頃、本部を見学したことがある。
もう15年くらい前のことだ。
「ああ。子供の時に会ったのか?」
「一回だけだから覚えてなくても仕方がないよ。私はヴァネサ。昔はクラウディアの上司だったんだよ」
本部長の上司か。
当たり前だが、本部長にも若い頃はあるし、上司だって普通にいる。
「じゃあ、本部か。どこのチームなんだ?」
知らんぞ。
ほとんどの奴を知らないけど。
「いや、もう引退しているよ。でも、たまにこうして手伝いで呼ばれるんだ。あんたも204号室の担当だろ? このアルノーと私も204号室の試験官だ」
ヴァネサの横にいる50代くらいの男性が軽く手を上げた。
「どうも」
「じゃあ、ちょっと食事をしながら打ち合せをしよう」
ヴァネサとアルノーが席についたので俺も座り、受付でもらった弁当を広げた。
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