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44、君に想いを伝えられた日





「オーグラー! 見て! 夕ごはん釣れた!」

「凄いっスよアモルさん! エリー、上達が早いんス!」


へへん、と胸を張り、釣糸の先でビチビチ跳ねる魚を得意げに揺らすエリーは、ラーウムに肩車をされてとても嬉しそうだ。

水に浸からない対策として、背の高いラーウムの肩の上とは絶好の釣りスポットを発見したものだ。


凄いなエリー、と褒めれば、ひひっと八重歯がのぞく。


「中々釣れないヤツなんだって! ね、ラーウム」


頷いたラーウムは、美味しさも抜群ッスよ、と大きな口で微笑んだ。

肩の上でプラプラ足を揺するエリーをそのままに、ラーウムは腰のカゴを外し、大漁の魚を水の張ったバケツに放す。

元気な魚達からは水しぶきが飛んで、河原のコロコロした石の上にパラパラ降り注いだ。


「……なぁ、ラーウム」


私の声に、屈めていた腰を伸ばしたラーウムが、なんスか? と振り向いた。

腰かけに丁度いい平たい石の上に尻を置いていた私は、その顔をじっと見つめて、尋ねた。


「ラーウム――……腹は、すいたか?」


 私の顔を見て、きょとんとして目を瞬かせたラーウムは、そりゃもう、と不思議そうに頷いた。


「ペコペコッスけど……あ、何か食後の果物でも採ってきましょうか?」


エリーも甘い物、欲しいッスよね、とラーウムが上に視線をやる。

けれどエリーは“んーん”と首を横に振った。


「ラーウムが搾った木苺汁があるじゃん! あれ美味しいし! それに、もう日が暮れるよ」


エリーがラーウムの頭を抱えこんで、早くご飯にしようよと口を尖らせた。

流れる涼やかな川が、赤味がかった橙色の光をキラキラと反射しているのを見て、私は頷いた。


「……そうだな、暗くなったら足元も見えん。……すまん、ラーウム」


私の苦笑いに、ラーウムは明日採りに行きましょうと、ニッコリ笑って頷いた。


 ……そうだな、ラーウム。

 一緒に果物を採るのも、きっと、楽しいだろう。


ラーウムの大きな手が器用に動いて、エリーが吊り下げていた魚の口から小さな釣り針を外した。

エリーは自分の釣ったその魚がバケツに放されたのを見て、上機嫌で注文を付けた。


「3等分ね!」

「はいッス、お任せを」


ラーウムが腕まくりして、何の料理が良いっすかねー、とバケツを覗き込む。

エリーはしばし尻をモゾモゾ動かした後、ラーウムの頭の上に顔を伏せて、グフッだか、ヌフッだか、変な笑い声を出した。


「……? エリー、何か言いました?」

「べつに!」


顔をあげたエリーは、ラーウムの頭の上に両腕を乗せ、その上に顎を乗っけて頬を緩ませた。

さわさわと、夜を連れてくる風が、エリーとラーウムの髪の毛を揺らしていく。


沈み行く夕日の橙色に染まるそれを見ながら、私は膝の上で頬杖をついた。


――――エリー、お前の願いは、叶ったか?


もう今は潰れてしまって再建築しなきゃならん家の下、お前は何度も何度も魔法陣を描いて、願い事を叶えようと必死だった。

何度も何度も、家に1冊だけあった本を読みこんで、必死に覚えた魔法を使って、人喰い鬼を呼んだんだ。クラスメイトを食べてくれ、自分を苛める奴らを喰ってくれと、ずっとずっと頼み続けた。


けれど多分、何度やっても、何回血を流しても、どれだけ魔力を振り絞っても、誰も来やしなかった。

お前の名を知る人喰い鬼が、お前と契約しようという人喰い鬼が、居なかった。


だからエリー、お前はOgerと描いた魔法陣の前で、地面に縋り付いて泣き喚いたんだろう。


夕焼け色の炎の文字の中で、お前は願ったんだろう。


《――――寂しいよっ……ッ誰か!》


同じ時にきっと、私は向こうの世界で、同じことを思ったんだ。


《…………1人でいるのにも、疲れたな。

―――…とても、寂しい。》


別に契約しようなんて思ったわけじゃない。


でも私とエリーの思いは合致した。

そうして偶然にも血が流れた。


たまたま私の苗字は魔法陣に描かれた名と同じで、溢れた景色を見た私はエリーの名《Rubor caeli vespertinus(夕焼け)》を、呼んだ。


奇跡のような偶然が重なって、私は此処にいる――――いや、結局選んだのは、私とエリーだ。


自らの意志で、ここに居る。


「しっかし、大物ばかりだなエリー、こりゃすごいが……小魚が足りんだろう。

腹を減らしすぎて、ピラニアがそのうち池から飛び出すぞ」


腰を上げてバケツを覗き込んで言えば、ラーウムが胸を張った。


「大丈夫っス、仕掛け網を張っておいたんで!」

「そりゃ上々だ」


私は平たい石の上に尻を置き直し、ごんごんと湯を沸かしている鍋に向き合った。


「……なー、オーグラー、何そのデカい鍋。そんなに沸かしてどうすんのさ」


エリーが不思議そうにラーウムの肩から降りる。

私は湯の温度をチェックしながら答えた。


「ラーウムがせっかく風呂をこしらえてくれたんだ。使わんとな」

「げ! あ、アタシは、その、明日にしようかと思うんだ。魚をもう少し釣って……」


鍋を覗きこもうとしていたエリーは二の足を踏んだが、ラーウムが釣竿を片付けながら邪気のない笑顔で言った。


「エリー、風呂は良いっスよ! この前、アモルさんに試しに入らしてもらったんスけど、ヤバいっす。

めっちゃ気持ちいいッス!」

「ウソ! 全身ズブ濡れが気持ちいいわけないじゃん!」


ギャーギャー喚く声を聴きながら、タオルを持ってこようと立ち上がり、川べりに張ったテントに頭をつっこむ。


上からぶら下げられたスープ瓶の中で、炎は穏やかにチラチラと揺れていて、その傍には動くツタ達がハンガー状になって形を整えてくれた、夕焼け模様の背広。

テントの隅っこには、しめじ程の赤色キノコがちんまりと生えている。


ボロ布をひっつかんでテントから顔を出した私は、まだ喚き続けているエリーに向かって頷いた。


「ラーウムの言う通り、気持ちが良いんだぞ。皆で飯の後に入るとしようか」

「あ、じゃ、じゃあ、アタシ、目玉焼き作る!」


飯を食ってそのまま寝てやる、という企みがそのまま顔に書いてあるエリーの提案に、私は苦笑してエリーに青色の卵を手渡した。


日が沈み、夜の闇で暗くなりかけていた空が、ふわりと明るくなったので見上げたら、大きな紅い竜が炎を吹いて心地よさそうに飛んでいた。

あんまりに遠くで見えないが、多分背中に乗っているのはルルススだろう。

夕闇の散歩としゃれ込んでいるらしい。


目線を地上へ戻し、ラーウムが魚を手早くさばいて刺身にトライしているのを見つつ、ああそうだと私はエリーに声をかけた。


「明日は私が卵を焼こう。……でだ、エリーに頼みがある」

「ん、なに? 風呂以外でなら聞く」


卵を握りしめ、頑として意見を変えようとしないエリー。


隣に立って手を伸ばし、チリチリ頭をグシャグシャと撫でると、擽ったそうに肩が縮こまる。


なにさ、と照れたように此方を見上げる、その小さな夕焼けに、私は穏やかな胸の内そのままの笑顔を向けた。


「私の目玉焼きは、――半熟にしてくれ」



                                 (了)



【夕焼け背負ったハゲヒーロー】これにて完結です。


異世界に行っても強くなれるわけでもなし、魔法が使えるわけでもなし、美女と仲良くなれるわけでもなし。

ただ、恐ろしいもので溢れた場所で、薄汚れた幼女と出会えました。

寂しさに惹かれた2人の、ちょっと怖かったり痛かったりしたけれど、優しくてあったかい物語となっていましたら嬉しいです。


ハゲの中年ヒーロー&ぶちゃいくヒロインでしたが、その実カッコいいおじさんと可愛い女の子。

大倉とエリー、2人を見守ってくださってありがとうございました!

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