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片思いしているアイドルが俺に匿名恋愛相談をしている  作者: ロン毛丸


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8/9

第8話 告白は成功したらしい

「あっ、カチンコの子!」


 一ノ瀬瑠理の声が、生徒会室へ響いた。


 恋愛相談室へ入ってきた男子生徒が、少し困った顔をする。


 第一号の相談者である。


 ただし瑠理は、名前より告白道具で覚えていた。


「一ノ瀬。相談者を変な呼び方で呼ぶな」


「だって名前を聞いてないもん」


「相談記録にはある」


「個人情報でしょ?」


「じゃあ見るな」


「はーい」


 瑠理は返事をして、内扉の近くまで椅子を移動させた。


 今回は盗み聞きする必要がない。


 内扉は最初から開いており、生徒会室側にも声が届く。


 第一号は、以前より明るい顔で太一と美月の前へ座った。


 手には予備の台本と、小さなカチンコを持っている。


 美月は、それを見た瞬間に嫌な予感がした。


「新宮先輩、朝比奈先輩」


 男子生徒は深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました」


 太一は腕を組む。


「上手くいったのか?」


「はい!」


 返事が相談室を越え、生徒会室まで響いた。


 瑠理が椅子から立ち上がる。


「成功したの!? あれで!?」


「一ノ瀬さん」


 美月がたしなめる。


「だって、あれだよ? 照明一本で、名前を書き換えた台本で、カチンコだよ?」


「全部やりました」


 男子生徒は誇らしげだった。


 瑠理は口を開けたまま太一を見る。


 太一は驚きを隠し、当然の結果であるかのようにうなずいた。


 恋愛経験はない。


 相談実績は一件できた。


 人は、それを成功者と呼ぶ。


 呼ばない場合もある。


「詳しく聞かせてくれ」


「撮影が終わったあと、照明を一本だけ残してもらいました。彼女には『最後の場面を、もう一度だけ撮りたい』って連絡して」


「来たのか?」


「はい。衣装じゃなくて私服で来ました」


 太一が満足そうにうなずく。


 美月には、太一の自信が育っていく音が聞こえた気がした。


「僕は映画の台詞を途中まで言って、名前を呼ぶ前に止めました。それから名前を書き換えた台本を渡して」


「それで?」


「彼女、読んだあと泣いたんです」


「泣いたの!?」


 瑠理が身を乗り出す。


「はい。それで僕が、『カットがかかっても、この気持ちは終わらなかった』って」


 瑠理の顔に、あの日と同じ引きつった表情が浮かんだ。


 しかし成功した本人を前に、ダサいとは言いにくい。


 唇を結んで耐える。


「最後に、自分の言葉でも好きだと伝えました。朝比奈先輩が言ってくれたとおりに」


 美月は少しだけ安心した。


「相手の方は?」


「カチンコを鳴らしてくれました」


 相談室が静かになった。


 美月の脳内でも、乾いた音が響いた。


 本当に鳴った。


 あれが成功した。


「それから、私も好きでしたって言ってくれて。付き合うことになりました」


 相談者の頬がわずかに赤い。


 照明。


 台本。


 追加台詞。


 カチンコ。


 すべて成功した。


 常識とは、多数派の選択にすぎない。


 少数派同士の相性が一致すれば、常識外れは運命へ昇格する。


 今回が、まさにそれだった。


 奏多が生徒会室側から顔を出す。


「相手の子も、映画が好きだったんだよね?」


「はい。僕たちが演じた最後の場面を、一番気に入ってくれていたみたいです」


「それが大きかったんだろうね」


「でも、きっかけを作ってくれたのは新宮先輩です」


 相談者が太一を見る。


 太一の背中が少し伸びた。


「成功するダサさってあるんだね」


 瑠理が感心したように言った。


「一ノ瀬。褒めるか謝るか、どっちかにしろ」


「成功はすごいと思う」


「演出は?」


「ダサいと思う」


「ぶれないな、お前」


「そこは大事だから」


 美月も、演出への評価だけは瑠理と同意見だった。


 ただし、成功したという事実は重い。


 自分の恋愛観のほうが間違っているのではないか。


 一瞬だけ考えた。


 すぐに打ち消した。


 告白へカチンコを使わないことは、まだ一般的な価値観のはずである。


「本当にありがとうございました」


 男子生徒がもう一度頭を下げる。


「それで、今日は報告だけか?」


 太一が尋ねた。


「あの、もう一つ相談があるんです」


 男子生徒は、少し恥ずかしそうに台本を鞄へしまった。


「今度、二人で映画を見に行くことになったんです」


「デートじゃん!」


 瑠理は本人たちより楽しそうだった。


「でも、何を見ればいいか分からなくて。付き合ってから初めての映画だから、変なものを選びたくないんです」


「相手の希望を聞いてください」


 美月が即答した。


「聞いたんですけど、何でもいいって」


「でしたら、好みを確認して候補を複数提示するべきです」


「映画は脚本と監督で選んだほうが外れにくい」


 太一が口を挟む。


「相手の好みが優先です」


「何でもいいって言われたんだろ」


「本当に何でもよいわけではありません。選択を任せたい、あるいは相手の選択を知りたいという意味もあります」


「考えすぎじゃないか?」


「会長が考えなさすぎなんです」


 二人の意見が割れた。


 相談者が困った顔で二人を見る。


「どっちが正しいんでしょうか」


「朝比奈の言うことも分かるけど、相手の顔色ばかり見て選ぶのも違うだろ」


「会長の選び方では、作品評価が目的になります」


「映画を見るんだから、作品は大事だ」


「初めて二人で出かける時間も大事です」


 瑠理は二人を見比べた。


「二人で映画行ったことないの?」


 太一と美月は黙った。


「先輩たちは、二人で映画へ行ったことがあるんですか?」


 相談者まで純粋に尋ねる。


 ない。


 学校制作映画に出演した。


 映像について話した。


 互いの好きな作品も、少しは知っている。


 しかし、休日に二人で待ち合わせて映画館へ行ったことはない。


 ここで新宮太一は、自ら作り上げた虚像と向き合うことになった。


 恋愛経験豊富な生徒会長。


 告白演出を成功へ導いた恋愛相談員。


 その彼が、女子との映画すら経験していない。


 あってはならない。


 正確には、あってもよい。


 太一のプライドが許さなかった。


「映画の選び方くらいなら、実際に確認できる」


 美月が太一を見る。


「どう確認するんですか」


「俺たちで一本見ればいいだろ」


 言ってから、太一の思考が止まった。


 美月も動かない。


 相談者は目を輝かせる。


「それなら、すごく参考になります!」


「いいじゃん。行ってきなよ!」


 瑠理が軽く背中を押す。


「上映後に、お互いの感想を比較できるね」


 奏多まで賛成した。


 言葉は、すでに上映情報を検索している。


「映画の選択理由と、鑑賞後の会話を確認できます」


 全員が、相談業務の検証として話を進めている。


 太一は撤回する言葉を探した。


 見つからなかった。


 撤回すれば、美月と行きたくないように見えるかもしれない。


 それは嫌だった。


 美月も断る理由を探していた。


 こちらも、見つからなかった。


 むしろ、かなり行きたい。


 問題は、その事実を一ミリも表へ出さずに参加することだった。


「相談員として必要であれば、検討します」


 美月はかろうじて答えた。


「決まり!」


 瑠理が拍手する。


「まだ日程も決めてない」


 太一はスマートフォンを取り出した。


 美月も予定表を開く。


 太一の予定には、オーディション、単発ドラマの撮影、生徒会、補習。


 美月の予定には、レッスン、雑誌撮影、グループ配信、収録。


 二人の予定は、見事なまでに合わなかった。


 芸能活動と学業を両立する桜映学園において、友人と遊ぶ予定を作ることは容易ではない。


 好きな相手との予定ともなれば、なおさらである。


 なぜなら、暇だと思われたくない。


 必死に合わせたとも思われたくない。


 しかし行けないのはもっと嫌だ。


 予定調整は、すでに恋愛の第一関門だった。


「次に一日空くの、二週間後だな」


「相談者の予定へ間に合いません」


「映画に行くのはいつ?」


 太一が相談者へ聞く。


「再来週の日曜です」


「二週間後だと遅いな」


 二人の指が、それぞれ画面を滑る。


 唯一重なるのは、翌週の夕方二時間半。


 美月はレッスン終了後。


 太一は撮影入り前。


「別の日にすべきでは?」


 美月はそう言いながら、上映時刻を検索している。


「次に合うのが二週間後だろ」


 太一も別の映画館を調べている。


「駅前の映画館なら、朝比奈のレッスン場所から十二分」


「会長の集合場所までは?」


「映画館から二十五分」


「本編終了後、すぐに出れば間に合います」


「予告を飛ばせば余裕あるな」


「予告も作品の一部では?」


「じゃあ、感想は俺の移動中」


「落ち着いて検証できません」


「二週間待つ?」


 美月は数秒、画面を見つめた。


「……翌週で結構です」


「じゃあ決まり」


 太一が予定表へ入力する。


 美月も同じ日時を登録した。


 二人とも「行きたい」とは一度も言っていない。


 行かない選択肢だけを、見事な連携で排除していた。


 これを世間では、予定を合わせたという。


 本人たちは、業務上の調整と呼んだ。



        ◇



 その夜。


 ぴかぽ:

『好きな方と、学校外で二人きりになる予定ができました』


 太一は画面を見つめた。


 鼻マダム:

『仕事?』


 ぴかぽ:

『仕事に近い理由です』


 鼻マダム:

『嫌なら断ればいい』


 ぴかぽ:

『嫌ではありません』


 美月は一度、文章を消した。


 少し迷い、もっと正直に打ち直す。


『むしろ、かなり行きたいです』


 太一の胸の奥が、わずかに沈んだ。


 ぴかぽは、好きな相手と二人きりになる。


 太一も美月と映画へ行く予定ができた。それなのに、ぴかぽの恋が進むことは素直に喜べない。


 二人の相手が同一人物とは知らない。


 鼻マダム:

『なら、よかったじゃん』


 ぴかぽ:

『問題は服装です』


 鼻マダム:

『服?』


 ぴかぽ:

『制服でも仕事用の服でもなく、完全な私服を見せることになります』


 太一は想像した。


 ぴかぽの姿は分からない。


 代わりに、美月の私服姿が浮かびかけた。


 太一はすぐに消した。


 想像だけで緊張するのは、かなり情けない。


 鼻マダム:

『映画なら、長く座って楽な服でいいんじゃないか』


『気合い入れすぎると本人が疲れる』


 美月は眉を寄せた。


 実用性は理解できる。


 知りたいのは、もう少し別のことだった。


 ぴかぽ:

『相手へ、少しはよく見られたい場合は?』


 太一は天井を見る。


 服装の知識はさほどない。


 撮影なら衣装担当へ任せる。雑誌では用意された服へ着替える。私服は、自分が困らなければそれでいい。


 鼻マダム:

『自分が落ち着く服の中で、一番似合うと思うやつ』


 ぴかぽ:

『色は?』


 鼻マダム:

『知らない』


『映画館は暗いんだから、何でも同じじゃないか』


 ぴかぽ:

『映画館へ入る前と、出たあとがあります』


 鼻マダム:

『難しいな』


 ぴかぽ:

『相談へ乗る気はありますか』


 鼻マダム:

『あるけど、俺に服を聞くのが間違ってる』


 美月は画面を見つめた。


 正直ではある。


 役に立つかどうかは別だった。


 ぴかぽ:

『三着まで絞りました』


 鼻マダム:

『そこから先は自分で決めろ』


 美月はスマートフォンをベッドへ置いた。


「それが決められないから相談しているんですが」


 誰もいない部屋で、声から敬語が少しだけ抜けた。


 クローゼットの前には三着の服が並んでいる。


 どれも長く座れて、自分が落ち着き、鼻マダムの言う「気合いを入れすぎない」の範囲へ収まる。


 条件を満たす服が三着ある。


 相談は、何も解決していなかった。

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