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片思いしているアイドルが俺に匿名恋愛相談をしている  作者: ロン毛丸


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6/9

第6話 好きな人に少し引いています

 好きな人のすべてを愛せるか。


 これは恋愛における、永遠の難問である。


 長所も短所も、格好いいところも情けないところも、その人を形作る大切な一部。


 すべてを受け入れてこそ真実の愛である。


 そんな美談を信じる者も多い。


 しかし、限度はある。


 朝比奈美月は現在、その限度について考えていた。


 照明を一本だけ残した撮影現場。


 名前を書き換えた台本。


『カットがかかっても、この気持ちは終わらなかった』


 そして返事の代わりに打ち鳴らされるカチンコ。


 ない。


 何度考えても、かなりない。


 美月は自室のベッドへ腰を下ろし、校内匿名サイトのDMを開いた。


 鼻マダムとの会話は、昨日勧められた映画の話で止まっている。


 入力欄へ指を置く。


『好きな方の告白方法が、信じられないほどダサかったです』


 そこまで打って、消した。


 好きな人をダサいと言い切ることには抵抗がある。


 すでに心の中では何度も言っているが、文字へ残すとなると話は別だった。


 次に、


『好きな方に、かなり独特な恋愛経験があると知りました』


 と入力する。


 美月の頭の中で、存在しない過去の女性が照明の下へ立った。


 太一から台本を渡され、感動に目を潤ませ、カチンコを鳴らす。


 一人目。


 二人目。


 三人目。


 四人目からは、設営にも慣れてきた太一が自分で照明の角度を調整し始めた。


 そんなことはない。


 ないはずである。


 しかし本人は「人並みには」と言った。


 人並みとは何人なのか。


 美月には分からない。


 分からないことは、人を最悪の想像へ導く。


 美月はすべて消し、出来事をできる限りぼかして送信した。


 ぴかぽ:

『好きな方の、今まで知らなかった一面を知りました』


 既読はすぐについた。


 鼻マダム:

『悪い意味で?』


 ぴかぽ:

『はい』


『普段は現実的な方なのですが、恋愛に関する価値観だけ、想像以上に独特でした』


 新宮太一は、自室のベッドへ寝転んで画面を見つめた。


 恋愛観だけが独特。


 記念日を一日単位で祝う。


 連絡は常に即返信。


 服も小物もすべておそろい。


 その辺りだろうか。


 自分が照明、台本、決め台詞、カチンコまで盛り込んだ告白方法を提案したばかりであることは、まったく頭に浮かばなかった。


 自分の発想は、自分にとってだけは自然に見える。


 人間とは、そういうものである。


 ぴかぽ:

『少しだけ、その方を好きになった判断へ自信がなくなりました』


 太一の指が止まった。


 ぴかぽの恋が終わるかもしれない。


 そう考えると、胸の奥がわずかに軽くなった。


 なぜ、自分とは無関係なはずの恋が終わることへ安心したのか。


 そこを掘り下げれば、少々面倒な答えが出る。


 太一は掘らなかった。


 鼻マダム:

『嫌いになったのか?』


 美月はスマートフォンを持ち直した。


 答えは分かっている。


 分かっているからこそ、困っていた。


 ぴかぽ:

『なっていません』


『困ったことに、好意もほとんど減っていません』


 太一は口元を緩めた。


 鼻マダム:

『じゃあ、好きな相手にもダサいところがあったってだけだろ』


 ぴかぽ:

『ダサいとは言っていません』


 鼻マダム:

『言ってるのと同じだ』


 美月は画面を見つめた。


 確かに、同じである。


 ぴかぽ:

『好きな相手の考えを理解できない場合は、どうすればよいでしょうか』


 鼻マダム:

『何でそう考えたのか、本人に聞けばいい』


 ぴかぽ:

『直接ですか』


 鼻マダム:

『直接以外にどうやって聞くんだ』


 ぴかぽ:

『本人へ聞かず、鼻マダムさんへ相談しています』


 太一は返事に詰まった。


 他人へ相談してから好きな本人へ向き合う。


 それをおかしいとは言えない。


 太一自身も、現在進行形で同じことをしている。


 鼻マダム:

『相談するのはいいけど、最後は本人に聞くしかないだろ』


『勝手に理由を作るよりは、そのほうがいい』


 美月は文章を読み返した。


 太一が過去の女性全員へカチンコを鳴らさせた。


 それは美月が勝手に作った想像である。


 本人へ確認していない。


 ぴかぽ:

『分かりました』


『明日、理由だけは聞いてみます』


 鼻マダム:

『頑張れ』


 ぴかぽ:

『告白するわけではありません』


 鼻マダム:

『分かってる』


 その返答が妙に優しく見えて、美月は画面を閉じた。


 告白ではない。


 質問するだけだ。


 その違いは大きい。


 少なくとも今夜の美月にとっては。



        ◇



 翌日の放課後。


 美月はいつもの椅子へ座った。


 正式には来客用であり、美月個人の席ではない。


 ただし、別の生徒が座れば太一が止める。


 美月の書類箱が置かれている。


 本人も毎日そこへ座る。


 それでも、美月個人の席ではない。


 世の中には、事実より建前が優先される場面もある。


 太一は第一号の相談記録を確認していた。


『相談者本人が希望したため、映画の場面を利用した告白を実行予定』


 美月は赤いペンを取り、その文章へ線を引いた。


「何してるんだ?」


「表現を修正しています」


『告白方法は複数案を検討後、相談者本人が最終決定』


 美月はそう書き直した。


「ほとんど同じだろ」


「違います。元の文章では、相談室があの方法を推奨したように見えます」


「推奨したけど」


「私はしていません」


「相談員同士の意見が違うことはあるだろ」


「意見が違うのではありません。片方が大規模な演出へ走ったんです」


 太一が顔を上げる。


「まだ気にしてるのか?」


「相談記録を正確に整えているだけです」


「そのわりに筆圧が強いけど」


 美月は赤い線を見た。


 紙が少しへこんでいる。


 普段なら「何でもありません」と話を終えるところだった。


 だが昨夜、鼻マダムは言った。


 勝手に理由を作るより、本人に聞けばいい。


 美月はペンを置く。


「会長は、どうしてあの方法がよいと思ったんですか」


「どうしてって」


「ご自身が、あのような告白を好んでいるからですか」


「悪いか?」


 美月の内側で、小さな蛙がもう一度こちらを向いた。


 完全な選択ミスだった可能性も、まだ残っている。


「相談者は、普通に告白する勇気がないと話していました」


「そうだな」


「そのために、照明と台本とカチンコが必要なんですか」


「全部必要とは言ってない」


「すべて提案していました」


「結果的に、あいつも気に入ってただろ」


「最後の場面と同じ衣装で告白する案まで検討していました」


「結局やめただろ」


「検討はしたんですね」


 太一は答えない。


 美月の中の蛙が少し大きくなった。


「普通に好きだと伝えるだけでは、いけなかったんですか」


「あいつは、それができないから相談に来たんだろ」


 太一の声から、からかう響きが消えた。


「役の台詞なら、自分の気持ちに近いと言えた。だったら、その言葉を借りれば踏み出せるかもしれない」


 美月が顔を上げる。


「あいつが一番勇気を出せる方法を考えただけだ」


「カチンコも?」


「あれは返事を急かさないためだ」


「普通に、考えてから返事をしてくださいと言えばよいのでは?」


「それじゃ映像として弱い」


「現実の告白です」


「分かってる」


「本当に?」


「分かってるよ」


 太一の声に、少しむきになった響きが混じる。


 美月は相談記録を見る。


 意図は理解できた。


 太一が自分の趣味を押しつけたかったわけではない。相談者が一番勇気を出せる方法を考えた。


 考え方に限れば、太一らしい。


 手段だけが、壊滅的に芝居がかっている。


「意図は理解しました」


「方法は?」


「理解しただけです」


「評価は変わらないんだな」


「はい」


 美月は迷わず答えた。


 太一は不満そうに記録用紙を閉じる。


 美月の口元が、ほんの少し動いた。


「でも、勝手に決めつけていた部分については訂正します」


「何を決めつけてたんだ?」


 過去の女性全員へカチンコを鳴らさせたこと。


 美月は答えなかった。


「今後のお話です」


「今度は朝比奈が逃げたな」


「何のことでしょうか」


 美月は別の書類を開いた。


 太一もそれ以上は追及しない。


 分からないことは本人へ聞く。


 聞かれた側も、答えたくないことまですべて答える必要はない。


 便利で、不完全な約束だった。


「朝比奈」


「何ですか」


「俺も、勝手に決めつけないようにすればいいんだろ」


 美月の手が止まる。


「できますか?」


「失礼だな」


「会長は、ご自分に都合がよすぎる解釈を避けるため、悪い方向へ考えすぎることがあります」


「具体的に何の話だ?」


「今後のお話です」


「便利だな、それ」


「お互いさまです」


 二人は少しだけ笑った。


 恋愛相談室には、今日も予約が入っていない。


 相談員二人の問題だけが、一つ解決した。



        ◇



 その夜。


 ぴかぽ:

『本人へ理由を聞きました』


 鼻マダム:

『どうだった』


 ぴかぽ:

『考え方そのものは、以前より理解できました』


 鼻マダム:

『じゃあ、もう引いてない?』


 美月は、太一の提案を最初から思い出した。


 照明。


 台本。


 決め台詞。


 返事のカチンコ。


 ぴかぽ:

『方法については、今もかなり引いています』


 鼻マダム:

『そこは駄目なんだな』


 ぴかぽ:

『はい』


『ですが、嫌いにはなりませんでした』


 鼻マダム:

『ならよかった』


 美月は、その一文を見つめた。


 鼻マダムがなぜ安心したのかは分からない。


 美月自身も、なぜここまで安心しているのか説明できなかった。


 ただ、明日もあの席へ行く。


 その判断だけは、最初から揺れていなかった。

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