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片思いしているアイドルが俺に匿名恋愛相談をしている  作者: ロン毛丸


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第4話 恋愛相談にアモーレを

「恋愛相談室に、アモーレが足りません!」


 放課後の生徒会室へ現れた学長は、開口一番そう宣言した。


 恋愛相談室の運用開始から、すでに数日。


 相談件数は、ゼロ。


 足りないのはアモーレではなく、相談者である。


「誰も来ないのは、開設したことが知られていないからです!」


「匿名サイトと校内掲示で告知しましたよね」


 太一が確認する。


「文字だけでは届かない思いもあります、新宮君」


「便利ですね、その理屈」


「そこで、紹介動画を作りましょう!」


「お断りします」


「適任ではありません」


 太一と美月の声が重なった。


 学長は満足そうに拍手する。


「この呼吸こそ、映像へ残す価値があります!」


「断っているんですが」


「機材はすでに用意しました!」


 学長が両腕を広げる。


 その後ろから、一ノ瀬瑠理がスマートフォン用の小型三脚を抱えて現れた。


「撮影係でーす!」


「一ノ瀬、楽しそうだな」


「だって撮るだけだよ? 仕事より気楽!」


「撮ったものは校内へ公開するんだぞ」


「じゃあ仕事と同じだね!」


 瑠理は何かを理解した顔でうなずいた。


 実際に何を理解したかは、誰にも分からない。


 その横では、羽鳥言葉が放送部から借りてきたマイクのケーブルを解いている。


「音声は私が確認します」


「羽鳥まで協力するのか」


「放送部顧問から、校内広報の練習になると言われました」


「僕は何をすればいいのかな」


 奏多が尋ねる。


 学長は笑顔で答えた。


「芸能活動をしていない一般生徒の目線から、親しみやすさを確認してください!」


「普通の生徒代表みたいだね」


「水城君は普通であることの価値を、もっと誇るべきです!」


「褒められている感じがしないなあ」


 学長は撮影開始を宣言すると、別の会議があると言って去っていった。


 必要な機材と面倒だけを残し、自分は出演しない。


 演出家としては、非常に効率的な働き方だった。



        ◇



「じゃあ撮ろっか!」


 瑠理は相談室へ三脚を設置した。


 太一と美月は、対面用の机へ並んで座らされる。


 背景には、学長が用意したハート型の看板。


『あなたのアモーレに寄り添います』


 美月は無言で裏返した。


「美月ちゃん、看板映らないよ?」


「映さなくて結構です」


「でも相談室っぽくない」


「その看板がなくても相談室です」


「じゃあ、小さいハートだけ置く?」


「置きません」


「一個だけ」


「一個でも置きません」


「了解。ハートなしで」


 瑠理はあっさり引いた。


 代わりに、相談室の棚から相性診断カードを取り出し、机の中央へ飾った。


 美月が気づく前に録画を始める。


「はい、本番! 三、二、一!」


 拍手も合図もないまま、スマートフォンの録画ランプが点灯した。


 美月は一瞬で姿勢を整える。


「桜映学園恋愛相談室では、生徒の皆さんから、恋愛に関する相談を受け付けています」


 声の高さ、話す速さ、視線。


 すべてが整っていた。


 普段の美月より少し柔らかく、それでいて軽すぎない。


 仕事用の朝比奈美月が、迷いなく画面の中へ現れる。


「相談内容は原則として外部へ公開されません。また、健康、安全、契約などに関わる問題は、教員や専門の担当者へ引き継ぎます」


 簡単な説明文しか渡されていないはずなのに、相談者が気にしそうな点まで自然に補っている。


 太一は隣で感心していた。


 美月は、求められた役割を理解するのが早い。


 その役割が自分の恋愛となると、途端に理解が遅くなる。


 人には、それぞれ不得意分野がある。


「続いて太一君!」


 瑠理がカメラの横から手を振る。


 太一は前を向いた。


「予約は校内サイトからできます。話す内容がまとまっていなくても構いません。相談したいことがあるなら、まず来てください」


「カット!」


 瑠理が録画を止めた。


「太一君、固い」


「朝比奈の説明と大差ないだろ」


「美月ちゃんはちゃんとしてる。太一君は校則を読み上げてるみたい」


「何が違うんだよ」


「雰囲気?」


「説明になってない」


 太一は奏多を見る。


「水城。一般生徒の意見は?」


「正直に言うと、二人ともちょっと入りづらいかな」


「お前まで」


「完璧な相談員二人に、自分の失敗を話すのは緊張しそうだよ」


 太一と美月は顔を見合わせた。


 太一は生徒会長。


 美月は風紀委員で、人気アイドル。


 二人を相手に恋の失敗を告白する。


 相談というより、自首に近い緊張感がある。


「では、どうすればよいでしょうか」


 美月が尋ねる。


「実際に相談を受けてるところを見せたら?」


 瑠理が言った。


「相談者がいません」


「だから練習するの!」


 瑠理は相談者用の椅子を引く。


「太一君、ここ座って」


「何で俺だ」


「さっき固かったから」


「理由になってない」


「相談者側になれば、気持ちが分かるかもしれないよ?」


 太一は反論しかけた。


 奏多が小さくうなずく。


「練習としては悪くないんじゃないかな。会長が相談者になれば、相談室の敷居も少し低く見えると思うよ」


 それらしい理由を出されると、太一は断りにくい。


 相談者用の椅子へ移動する。


 美月が向かい側へ座り直した。


「では会長。相談内容をお願いします」


「今から考えるのか?」


「相談者役でしょう」


「台本は?」


「自然な会話を撮りたいんだから、ないほうがいいよ」


 瑠理がカメラの横から答える。


 太一は腕を組んだ。


 架空の好きな相手。


 何の特徴もない人物では、会話が続かない。


「好きな相手がいる」


「どのような方ですか?」


「真面目で、仕事ができて、責任感が強い」


 美月の指が、相談記録用の端末で止まった。


 太一の頭には、自然と一人の姿が浮かんでいた。


 仕事帰りでも風紀委員の書類を届けに来る。


 相談者が来なくても、決められた時間は待機する。


 太一が見落とした箇所へ、何も言わず付箋を貼る。


「少し思い込みが激しくて、確認する前に一人で結論を出すところがある」


「それって……」


 瑠理がカメラの横で口を開いた。


 太一の肩がわずかに動く。


「年上だ」


「え?」


「海外に住んでる」


 美月が顔を上げる。


「同じ学校の相談を想定しているのでは?」


「今は例だ。海外の可能性もある」


「桜映学園の相談室ですが」


「国際的な視点も必要だろ」


「その方とは、どのように知り合ったんですか」


「会ったことはない」


 生徒会室側にいた奏多が、相談室をのぞく。


「会ったことのない相手が、仕事のできる人だって分かるの?」


 太一は黙った。


 設定を守るために情報を足した。


 情報を足すたび、設定が崩れた。


 嘘とは、補強しようとするほど重くなり、最後には本人を押し潰すものである。


 今回は、嘘ではなく撮影練習だった。


 なおさら救いがない。


「太一君、途中から人変わってない?」


「設定を調整しただけだ」


「最初の人はどこ行ったの?」


「海外」


「急だね」


 瑠理は恋愛的な核心へは到達しなかった。


 太一が架空の人物を作るのが下手だと思っている。


 ある意味では正しかった。


「カット。太一君、設定作るの下手!」


「撮影中に話しかけたのは一ノ瀬だろ」


「だって明らかにおかしくなったもん」


「練習なんだからいいだろ」


「じゃあ次は美月ちゃん!」


「私は先ほど相談員役をしました」


「太一君だけだと不公平だよ」


「何に対する公平性ですか」


「出番?」


 瑠理の理屈は薄かった。


 ただし美月だけ断れば、太一を意識したように見える気がした。


 誰にそう見えるのか。


 瑠理である。


 見えたところで、たぶん三分後には忘れる。


 それでも美月は断れなかった。


 好きな相手が関わると、合理性は簡単に敗北する。


 美月は相談者用の椅子へ移った。


 太一が向かいへ座る。


「それで、相談は?」


「好きな方がいます」


 口にした途端、太一がこちらを見た。


 演技である。


 架空の設定である。


 それでも美月は視線を端末へ落とした。


「その方は、自分のことをほとんど話しません」


「秘密主義?」


「いいえ。他人の仕事や予定はよく覚えているのに、自分のことは聞かれるまで話さないんです」


 太一が少しだけ黙る。


「それって……」


 今度は瑠理が、美月を見ながら口を開いた。


 美月の胸が跳ねる。


「料理が得意です」


「誰が?」


「好きな方が、です」


「そうなんだ」


「犬も飼っています」


「さっきまでの人?」


「同じ方です」


「話が急に生活感出てきたね」


「歌手です」


「歌手で、料理が得意で、犬を飼ってる年上?」


「年下です」


「また変わった!」


 瑠理が腹を抱えて笑う。


「美月ちゃんも設定作るの下手!」


「一ノ瀬さんが途中で話しかけるからです」


「私は『それって誰?』って聞こうとしただけだよ?」


 太一と美月は、同時に瑠理を見る。


「何?」


 瑠理はきょとんとしている。


 本当に、それ以上の意味はなかったらしい。


 太一と美月が慌てて作り上げた、海外在住の年上女性と、犬を飼う年下歌手。


 二人が勝手に生み出し、勝手に破綻させた人物である。


 恋愛における自爆とは、多くの場合、相手の攻撃を必要としない。


「もう一度撮り直しますか?」


 言葉がマイクの音量を確認しながら尋ねた。


 瑠理は録画した映像を見返す。


「面白いけど、相談室の紹介には使えないかな」


「当然だ」


「音声は?」


 言葉がイヤホンを片耳へ当てる。


「最初の回答のほうが、声は自然でした」


「最初?」


「新宮会長が、相手の特徴を変更する前です。朝比奈さんも同様です」


 美月の手が止まる。


 太一は咳払いをした。


「使わない部分なら、どうでもいいだろ」


「では削除します」


 言葉は深追いせず、素材の整理へ戻った。


 言葉は人の小さな変化によく気づく。


 ただし、気づいたものすべてへ名前を付けるわけではない。


 それは観察力であり、余計な世話ではなかった。



        ◇



 最終的に、紹介動画には無人の相談室と、美月のナレーションだけが使われることになった。


 太一の案内は、冒頭の短い一言だけ。


 瑠理が加えた色とりどりの字幕は、奏多によって半分以上削除された。


「美月ちゃんの声、落ち着くから相談室に合うね」


 瑠理が完成画面を見る。


「ありがとうございます」


「会長もそう思うでしょ?」


 突然振られ、太一は画面へ目を向けた。


 美月の声が、相談室の利用方法を説明している。


 ステージ上のクールな声より柔らかい。


 普段の生徒会室で話す声より、ほんの少しだけよそ行きである。


 太一は先ほど、美月が相談者役として口にした言葉を思い出した。


 他人の仕事や予定はよく覚えているのに、自分のことは聞かれるまで話さない人。


 途中から犬を飼う年下歌手になった。


 最初は、誰だったのか。


 考えるだけなら自由である。


 期待しすぎないことも、太一にとっては重要だった。


「これなら、相談者が来るかもな」


 太一はそう言った。


 美月は完成動画から目を離さない。


「相談内容が、まともであればよいのですが」


「さっきの太一君よりは、まともだと思うよ!」


 瑠理が笑う。


「一ノ瀬、次の予算申請を見せろ」


「急に仕事で殴ってきた!」


 生徒会室に、いつもの騒がしさが戻った。


 撮影練習は失敗した。


 紹介動画自体は完成した。


 そして太一と美月は、互いの理想に自分が含まれているかもしれないという、根拠の薄い疑惑を持ち帰ることになった。


 動画に使える部分は残らなかった。


 二人の記憶には、使わない部分ばかりが残った。

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