お兄ちゃんへ
――お兄ちゃんへ
たった六文字。
それだけなのに
久我誠司の手が、小さく震えた。
「……なんで?」
掠れた声が漏れる。
封筒は少し黄ばんでおり
何度も触られたのか、
端がわずかに擦れている。
看護師――高橋は目を伏せた。
「美咲ちゃんが……亡くなる二日前にね…」
久我が顔を上げる。
「私に預けたの…」
静かな廊下に、
看護師の声だけが響く。
「『もし、お兄ちゃんが来たら渡してください』って。」
「……。」
「でも、渡せなかった…」
高橋の声が震える。
「あなたが来た時には……
もう警察が来ていて
そのあとも、事件になって……」
涙が落ちる。
「怖かったの…」
久我は何も言わない。
高橋は震える手を握りしめた。
「何もかも怖くて……
結局、私は……手紙を隠したままだった……。」
沈黙。
長い、長い沈黙。
そして
「……そうか…」
久我が小さく呟く。
怒っていないし
責めてもいない。
ただ
静かな声だった。
高橋がゆっくり顔を上げる。
「怒らないの……?」
久我は封筒を見つめる。
しばらくして
「分からない。」
小さく笑った。
「怒りたいのかもしれない。」
「でも……今は。」
指先で、そっと封筒をなぞる。
「これがあるだけで、精一杯だ。」
高橋が再び泣き出した。
その隣で
Dollがそっとハンカチを差し出す。
高橋が驚いた顔をする。
「……ありがとう。」
Dollは小さく微笑んだ。
「ううん。」
誰も何も言わない。
Heroも
Maskも
Knightも
Mirageも
Jokerも
ただ、静かに待っている。
久我はゆっくり息を吸った。
そして
封筒を開けると
中から、一枚の便箋が出てきた。
見覚えのある丸い字に
少しだけ曲がった文字も
間違いなく、美咲の字だった。
**お兄ちゃんへ**
**いつもありがとう。**
**お兄ちゃんは、ごめんねってよく言うけど、
私は全然かわいそうじゃないよ。**
**だって、お兄ちゃんがいたから**
**お兄ちゃんがいろんな人になってくれたから**
**お姫さまにも、
勇者にも、悪役にもなってくれたから**
**病院にいても、いっぱい冒険できたよ**
---
そこで
久我の指が止まった。
目が滲んで読めない
それでも、続きを見る。
---
**だからね…**
**もし私がいなくなっても、泣きすぎないでね?**
**お兄ちゃんは、
一人になると、すぐ無理するから!**
**ちゃんとご飯を食べて!**
**ちゃんと寝て**
**ちゃんと笑ってね?**
---
久我の唇が震える。
隣で、Dollが息をのみ
Mirageが目を伏せる。
Jokerも、何も言わない。
便箋の最後
そこだけ、少し文字が震えていた。
---
**それとね…**
**誰かを嫌いになりすぎないでね?**
**私は、
お兄ちゃんが優しい人のままでいてくれたら、
それが一番うれしいです♪**
**だいすきです♡**
**美咲より**
---
……静かだった。
誰も、何も言えなかった。
久我は便箋を見つめている。
ずっと
ずっと
見つめている。
やがて
ぽたりと
一滴の涙が
紙の上に落ちた。
それが何か
誰も口にはしなかった。
もう一滴
また、一滴
そして
「……ばか。」
小さな声だった。
「なんだよ……。」
声が震える。
「こんなの……。」
唇を噛む。
「こんなの……今さら……」
そこで
とうとう、言葉が途切れた。
顔を覆い
肩が小さく震える。
誰も近づかないし
誰も慰めない。
ただ
そこにいる。
しばらくして
隣から、静かな声がした。
「読めてよかったな。」
Heroだった。
久我は答えない。
Heroも続けない。
また、静かな時間が流れる。
やがて
久我が、ぽつりと呟いた。
「……俺」
顔を上げないまま。
「全部…美咲のためだと思ってた…」
「全部……美咲のためにやったって…」
息が詰まる。
「でも……。」
手の中の便箋を見つめる。
「俺は……」
長い沈黙。
そして
「俺は、怒ってたんだな…」
誰も否定しないし
誰も肯定しない。
ただ、聞いている。
「美咲がいなくなったことが………
何も変わらないことが………
誰も覚えていないことが………
全部……許せなかった………」
静かな告白だった。
そのとき
Mirageがゆっくり口を開く。
「でも…」
久我が顔を上げる
Mirageは、便箋を見ていた。
「覚えている人はいたでしょ?」
高橋が涙を拭うと
Dollが小さく頷く。
Jokerが静かに言う。
「それに……」
久我が見ると
Jokerは少しだけ笑った。
「今は、七人いる。」
沈黙。
久我が目を瞬く。
「……七人。」
「うん。」
Jokerが指を折る。
「Hero」
「Mask」
「僕」
「Doll」
「Mirage」
「Knight」
最後に
久我を指さした。
「それと、久我」
「全員、美咲ちゃんのこと知ってる。」
誰も笑わないし
冗談でもない。
ただ
当たり前のことみたいに言う。
久我は、何も言えなかった。
ただ
便箋を胸に抱いた。
そのときだった。
「……もう一つ」
高橋が震える声で言った。
全員が振り向くと
高橋は、意を決したように顔を上げる。
「私が……知ってることがあるの」
静かな廊下で
彼女は、はっきりと言った。
「美咲ちゃんの件を隠すように指示した人を
……知っています。」
空気が、一変した。




