誘いの糸
通信が途絶えたあとも、
会場の喧騒だけは何事もなかったように続いていた。
「……切れた。」
Jokerが外された通信機の予備を耳に付けながら呟くと
Maskはタブレットを高速で操作する。
「通信の発信源を追っています。」
「追えそうか?」
Heroが尋ねる。
「難しいですね。」
Maskは眉を寄せる。
「会場のフリーWi-Fiを何度も経由していますし…
さらに、複数の端末を踏み台にしています。」
Knightが小さく舌打ちした。
「最初から追跡される前提かよ…」
「ええ…」
Maskは頷く。
「かなり慣れています。」
Mirageが静かに言う。
「私たちを試してるのね…」
「え?」
美月が顔を上げる。
「犯人は逃げることより、
私たちがどこまで近付けるか楽しんでいるのよ…」
Dollは美月の肩に手を添えた。
「だからこそ焦っちゃ駄目よ?
必ず隙があるはずだから…」
その時だった。
「Hero」
Jokerがステージ横を指差す。
「あれ見て!」
視線の先に
掲示板の前で一人の少年レイヤーが
困ったような表情を浮かべていた。
足元には一冊のスケッチブックが落ちている。
「落としましたよ?」
Jokerが拾い上げると
「あ、ありがとうございます!」
少年は何度も頭を下げる。
そのまま立ち去ろうとした時
パラリ、と一枚の紙がスケッチブックから滑り落ちた。
Heroが拾い上げると
そこには鉛筆で描かれた人物画
銀色のウィッグに
大剣を担いだ青年。
「奏斗……」
美月が息を呑む。
少年は驚いたように振り返る。
「知ってるんですか?」
Heroが視線を向ける。
「この絵は誰が描いた?」
「えっと……」
少年は少し戸惑いながら答えた。
「知らない女の人に頼まれたんですよ。
イベントで上手な絵を描いてるのを
知られてたみたいでして…
いきなり話しかけられて
この人を描いてほしいって言われました。」
全員の表情が変わる。
Heroがさらに尋ねる。
「その女性は?」
「白い服を着てましたよ?」
美月とDollが顔を見合わせる。
「やっぱり……」
少年は続けた。
「絵を渡したら、お礼に飴をくれて
それで……
もう一枚だけ描いてほしいって言われたんです。」
「誰を?」
少年は周囲を見回したあと、小さな声で答える。
「あなたです。Jokerさん…」
そう言って、Jokerを指差した。
「俺?」
Jokerが目を丸くすると
少年はスケッチブックの最後のページを開いた。
そこには描きかけのJokerの姿があった。
まだ輪郭しか描かれていない。
「写真じゃなくて
ちゃんと絵に残したいって言ってました。」
Mirageが低く呟く。
「写真だけじゃ足りない様子からすると
完全に執着してるわね…」
その時
Maskが画面を見つめたまま口を開いた。
「Hero
今、会場内の電子決済履歴を確認しました。」
「犯人らしき人物が、
さっき自販機で飲み物を買っています。」
「場所は?」
「西館一階
十分前いたようです。」
Heroはすぐに時計を見る。
「まだ近くにいるかもしれないな…」
「全員、西館へいくぞ!」
「「「「「「了解!」」」」」」
七人は人混みを駆け抜ける。
一方その頃
西館一階の人気のない休憩室で
白い女性は静かにベンチへ腰掛けていた。
膝の上には黒いアルバム
その隣には、
小さな木箱が置かれている。
女性は木箱を開けた。
中には
失踪した男性レイヤーたちが身に着けていた小物が、
丁寧に並べられていた。
指輪に手袋や
名札に缶バッジ
そして
青い石のネックレス
女性はそれらを愛おしそうに眺め、
そっと微笑む。
「大丈夫♪
ちゃんと大切にしてるからね♪」
その時
廊下から足音が近付いてきた。
女性は静かに立ち上がる。
「……来た。」
窓ガラス越しに映ったのは、
こちらへ向かって走るHeroたちの姿だった。
女性は嬉しそうに目を細める。
「思ったより早かったじゃない」
アルバムを抱きしめる。
「でも
まだ、会わせてあげないわ…」
そう呟くと、
部屋の奥にある非常口の扉を静かに開け、
迷いのない足取りで姿を消した。
その数秒後
勢いよく休憩室へ飛び込んだHeroたちが見たものは――
誰もいない部屋と、
机の上に一枚だけ残された白いカードだった。
カードには、
美しい文字でこう書かれていた。
『次は、あなたたちが私を見つけて。』
Heroはカードを静かに握り締めた。
「……必ず見つけるぞ」
その声は静かだったが、
揺るぎない決意に満ちていた。




