第五章「侵食拡大」
ヘリの中で、地図が広げられていた。
複数の赤い印。
紙の上に散っているだけなのに、見ていると胸の奥が少しざわつく。
説明を聞くより先に、嫌なものが分かる感じがあった。
神崎が横から覗き込む。
「……多いな」
「全部、同時か」
「らしいな」
在真は資料を閉じた。
紙の擦れる音が、妙に耳につく。
ヘリの振動が座席越しに背中へ残っている。普通ならそっちのほうが気になるはずなのに、今は地図の赤い印のほうがよほど鬱陶しかった。
「……分散させられてる」
「だな」
神崎が軽く笑う。
「嫌なやり方だ」
在真は窓の外へ視線を向けた。
雲の下に山が続いている。
その中の一点だけ、まだ見えてもいないのに空気が濃い。
「……でも」
「面倒なほう引いたな」
向かう先。他よりも濃い印。
「ここだろ」
「……だな」
ヘリが進む。
ローター音の奥で、空気が少しずつ変わっていく。
「……近いな」
ガルが低く唸る。
在真が視線を落とすと、ガルも同じ方向を見ていた。
「……来てるか」
「……ああ」
「……濃い」
魔力。
明らかに他と違う。
やがて視界に山が入る。
だが、ただの山じゃない。
「……でかいな」
「……侵食されてるな」
木が黒く変色している。
地面も割れている。
上から見ているだけでも、そこだけ景色が沈んでいるように見えた。
神崎が眉をひそめる。
「……範囲広いな」
「都市よりデカいぞ」
「……だな」
着陸。
地面に降りた瞬間、空気の重さが足裏から上がってきた。
ただ濃いだけじゃない。
周囲の景色ごと、ゆっくり沈んでいるみたいな圧があった。
肺の奥までべったり張りつくような濃さがある。
息を吐いても、胸のつかえがそのまま残る。
山の匂いも土の匂いも、押し潰されて薄くなっていた。
「……これは」
ガルが一歩下がる。
逃げたわけじゃない。
間合いを取っただけだ。
神崎が低く言う。
「……やばいな」
在真は自然と笑った。
「……面倒なやつだ」
その瞬間——。——ドクン。地面が脈打つ。
足裏から、嫌な振動が上がってきた。
「……来るな」
奥。何かが動く。
森そのものが少しずつ持ち上がっていくような、不自然な気配。
木のざわめきより先に、地面の下を太いものが擦っていく音がした。
体がそっちへ向く。
頭で考える前に、もう剣へ手がかかっていた。
神崎が構える。
「……行くぞ」
視線の先、木々の奥。
何かが、地面を割りながら現れた。
「……なんだそれ」
巨体。
だが、形が定まっていない。
肉と木と岩。
混ざるはずのないものが、無理やり一つに押し固められたみたいだった。
「……融合してるな」
詳細鑑定。
【侵食融合体】
Lv???
「……また不明か」
笑う。
「……雑だな」
ガルが唸る。融合体が動いた。
——ドンッ!!
速い。
「……来た」
未来視。
「……左」
回避。
だが、地面が割れる。
ただの突進じゃない。
通った跡そのものが敵になる。
「……範囲広いな」
「……環境ごと来るタイプか」
神崎が横に回る。
「分けるぞ!」
「……了解」
踏み込む。
「……風」
加速。融合体の側面へ。
剣を振る。——ガキンッ。
「……硬いな」
弾かれる。
刃が通らないわけじゃない。
ただ、表面が毎回別の材質に変わるせいで、力の逃げ方が一定じゃない。
「……面倒だな」
その瞬間、融合体の一部が変形した。
「……おい」
腕が伸びる。
——ドンッ!!
「……っ!」
ギリギリで避ける。
横を抜けた風だけで頬が痛い。
「……形変わるのかよ」
神崎が吹き飛ばされる。
「ぐっ……!」
「……大丈夫か」
「問題ねぇ!」
立て直している。
「……ならいい」
視線を戻す。融合体。
未来視を走らせる。
だが、明確な答えはすぐに出ない。
「……どこだ」
断片。動き。再生。変形。
「……中心じゃないな」
外側はいくらでも変わる。
なら、見るべき場所は表じゃない。
「……内部か」
踏み込む。
「……中、見る」
正面へ。
融合体が迎撃してくる。
回避。外す。突っ込む。
全部が見えているわけじゃない。
ただ、伸びてくるものの気配だけは皮膚に先に触れる。
「……開け」
斬る。
無理やり、こじ開ける。
裂け目の奥。
揺れる肉と木の隙間に、わずかな芯が見えた。
「……あった」
奥。別の固さ。
「……硬さが違う」
笑う。
「……神崎!」
「見えたか!」
「ああ!」
融合体が反応する。
腕が増える。形が変わる。
「……邪魔だ」
風。
——シュンッ!!
切り裂く。
だが、すぐに再生する。
「……早ぇな」
止まらない。
なら、止まる前に押し切るしかない。
さらに踏み込む。未来視。
断片。
「……右」
回避。
「……上」
避ける。
一直線。その奥へ。
全方向から伸びてくる腕を外す。
遅いと言えるほど楽じゃない。
ただ、今の動きなら体が先に抜ける。
「……届く」
剣を突き出す。
——ガンッ!!
止まる。
「……硬ぇな」
届いた。
だが、まだ砕けない。
「……神崎!」
「任せろ!」
横から衝撃。
——ドンッ!!
融合体の中心が揺れる。
その一拍で十分だった。
「……今だ!」
全力。
「——貫け!」
押し込む。
——バキッ!!
ヒビ。
「……いける」
さらに一歩。
「……そこだ」
力を込める。
——バキィィィッ!!
芯が砕ける。
融合体の動きが止まった。
遅れて、全身が崩れ始める。
神崎が叫ぶ。
「下がれ!」
距離を取る。
——ドォォォン!!
崩壊。
地面が揺れる。静寂。在真は息を吐く。
「……はぁ……」
周囲の歪みが消えていく。
木々が戻る。地面が落ち着く。
ただ、完全に元通りという感じはしなかった。
さっきまで沈んでいた場所だけ、空気の底に黒いものが残っている。
「……止まったな」
神崎が横に来る。
「……ああ」
ウィンドウが開く。
【討伐】
侵食融合体を撃破しました
【報酬】
・特殊スキル:適応耐性
・DP:1億2000万
【レベルアップ】
Lv31 → Lv35
攻撃力:320 → 370
防御力:190 → 220
【武器成長】
天羽々斬 Lv30 → Lv35
攻撃力+300 → +370
「……また上がったな」
剣を軽く振る。
「……悪くねぇな」
神崎が笑う。
「お前、ほんと規格外だな」
「……そうか?」
「そうだ」
ガルが隣に来る。
呼吸は荒いが、目はまだ奥を見ていた。
「……これで終わりか?」
周囲を見る。もう気配はない。
「……一旦はな」
だが、軽くなった空気の下に、まだ別の濃さがある。
「……残ってるな」
神崎も頷く。
「……だろうな」
「……次はもっとデカいのが来る」
在真は少しだけ笑う。
「……来るなら来い」
ヘリに戻る。
機体の中は静かだった。
さっきまでの戦闘が嘘みたいに、床の振動だけが足裏にしつこく残っている。
在真は座席へ腰を下ろす。
ガルが足元に座る。
神崎が向かいに座った。
「……止まったな」
「……ああ」
少し間を置いて、神崎が言う。
「……今回、やばかったな」
「……ああ」
「都市のより、明らかに上だった」
「……融合してたしな」
神崎が苦笑する。
「普通のダンジョンじゃない」
「……分かってる」
窓の外を見る。
山が遠ざかっていく。
その黒ずんだ景色が、まだ完全には元へ戻っていなかった。
無線の声が何度か途切れる。
そのたび、機内の静けさだけが少し濃くなる。
「……増えてるな」
「……ああ」
神崎も同じ方向を見る。
「同時発生」
「侵食型」
「融合体」
在真が低く言う。
「……進んでる」
何かが。
「……段階が変わったな」
その時、通信が入る。
「こちら本部!」
「状況を確認!」
神崎が応答する。
「対象制圧、侵食停止」
「任務完了だ」
少しの沈黙。
「……了解」
だが、声のトーンが違う。
神崎が聞く。
「……どうした」
「……新たな報告がある」
空気が変わる。
「……何だ」
一瞬の間。
「大規模ダンジョン発生」
神崎の表情が変わる。
「……場所は?」
「——首都圏」
「……は?」
「規模は?」
「……不明」
「ただし——」
言葉が続く。
「これまでの記録を大きく上回る可能性」
機体の中が静まり返る。
無線のノイズだけが薄く残った。
神崎が低く呟く。
「……マジかよ」
在真は即答した。
「……行く」
神崎がこちらを見る。
「行くか?」
「……行く」
迷う理由はない。神崎が苦笑する。
「……だろうな」
通信が続く。
「すぐにルートを変更する」
ヘリの進行方向が変わる。
在真は窓の外を見る。
「……首都か」
ガルが低く唸る。
在真は小さく笑う。
「……入るぞ」
ヘリが首都圏に入る。
景色が変わる。建物。道路。人の痕跡。
だが、静かすぎる。
「……おかしいな」
神崎が眉をひそめる。
「……避難は終わってるはずだが」
在真は視線を下へ向けた。
「……違うな」
街が歪んでいる。
ビルが曲がっている。
地面が沈んでいる。
空間そのものが侵食されていた。
「……侵食されてる」
しかも、範囲が違う。
都市全体。
神崎が小さく呟く。
「……でかすぎるな」
ヘリが高度を下げる。
中心部。
そこに、巨大な穴が見えた。
「……開いてるんじゃないな」
「……食われてる」
建物ごと落ちている。
「……底が見えねぇな」
暗い。深い。
まるで都市ごと地下へ呑み込まれたみたいだった。
着陸。
外に出ると、さっきより空気が重かった。人の気配より、侵食の匂いのほうが先に来る。
排気の匂いも、道路の熱もあるはずなのに、その上から別の濃さがかぶさっている。
「……これは」
「……濃すぎる」
ガルが低く唸る。
神崎も小さく息を吐いた。
「……やばいな」
その瞬間、地面の奥で何かが脈打った。
——ドクン。
「……来るな」
周囲の地面が揺れる。
そして、人影が現れた。
「……人?」
だが違う。目が虚ろ。
動きが歪んでいる。
「……侵食されてるな」
数が多い。神崎が構える。
「……多すぎるだろ」
「どうする?」
在真は踏み込む。
「……まとめていく」
「……風」
広範囲。
——シュンッ!!
複数を切り裂く。
だが、止まらない。
後ろから次々に出てくる。
「……キリがねぇ」
在真は観察する。群れの流れ。集まり方。向かう先。
「……違うな」
侵食体はただ襲ってくるだけじゃない。
同じ方向へ流れている。
「……流れてる先があるな」
神崎も気づく。
「……ああ」
「……そこ叩く」
方向を変える。奥へ。
侵食体を無視して進む。
「……邪魔だ」
最小限で捌く。避ける。斬る。
抜ける。そして、見えた。
「……でけぇな」
地面の奥。
巨大な影が動いている。
「……今までのとは違う」
神崎も止まる。
「……ああ」
圧が違う。
「あれが本体か」
その瞬間、影が動いた。
「……来るぞ」
——ドンッ。地面が沈む。
在真は目を細めた。
「……でかすぎるな」
視界の奥で、ゆっくり姿を現す。
人型。
だが、サイズが違う。
ビルに届くほどの高さ。
神崎が低く言う。
「……巨人か」
「ただのじゃねぇな」
黒い。
全身が侵食されたように歪んでいる。
「……来る」
未来視。断片。
「……踏み込み」
次の瞬間——。
——ドォン!!
足が落ちる。地面が爆ぜる。
「……範囲広すぎるな」
横へ。最小で回避。
だが、衝撃が来る。
「……っ」
体が揺れる。
「……ただの踏み込みじゃねぇな」
波が来ている。
足元から衝撃が這い上がり、回避した先まで届いてくる。
踏み込む。
「……風」
加速。巨人の側面へ。
剣を振る。——ガキンッ。
「……硬いな」
弾かれる。
「……通らねぇ」
その瞬間、巨人の腕が動く。
「……速い」
未来視。
「……上」
避ける。
だが、腕が伸びる。
「……変形か」
——ドンッ!!
地面ごと叩きつけられる。
「……厄介だな」
神崎が横から入る。
「こっちも通らねぇ!」
拳が弾かれている。
なら、答えはひとつだ。
「……じゃあ」
視線を上へ。
「……中か」
外側が硬いなら、内部を開く。
「……神崎!」
「分かってる!」
同時に動く。
「……開ける」
踏み込む。連続で斬る。
——ガキンッ、ガキンッ!!
少しずつ削る。
「……硬ぇな」
だが、入る。ヒビ。
そこへ風を集中させる。
「……押し込む」
——バキッ!!
装甲が割れる。
「……違う硬さがある」
内部。黒い塊。
「……奥だな」
その瞬間、巨人が咆哮する。
——ゴォォォォ!!
圧が変わる。
「……来るな」
未来視。
だが、次の動きが読めない。
「……見えねぇ」
巨人の格が一段上がったような感覚。
「……上がったか」
神崎が距離を取る。
「……やばいぞ、これ」
「……ああ」
だが、関係ない。
読めないなら、読めないまま近づくしかない。
「……行く」
踏み込む。
巨人の視線がこちらを捉える。
——ドンッ!!
腕が落ちる。
「……遅い」
横へ。
最小で避ける。だが、衝撃波。
——ズンッ!!
地面が揺れる。
未来視を走らせる。
断片。
「……次、右」
避ける。さらに来る。
「……連続かよ」
回避。さらに外す。
神崎が横で受け流す。
「近づけねぇぞ!」
「……だろうな」
外側から普通に攻めても意味がない。
「……無理やり行く」
踏み込む。
「……風」
加速。
衝撃波の間を抜ける。
「……ここだ」
懐へ。
「……届く」
剣を振る。
——ガキンッ!!
浅い。
「……まだ足りねぇ」
その瞬間、巨人の体が流れた。
「……は?」
形が変わる。
内部の位置がズレる。
神崎が叫ぶ。
「奥の位置が動くのかよ!」
「面倒すぎるだろ!」
在真はむしろ笑った。
「……やりがいあるな」
巨人が動く。
今度はもっと速い。
「……速い」
未来視。
だが、追いつかない。
直撃。
——ドンッ!!
「……ぐっ!」
吹き飛ぶ。地面を転がる。
「……今のは効いたな」
立ち上がる。息が一瞬詰まる。
膝の奥が少し遅れて震えた。
神崎がカバーに入る。
「大丈夫か!」
「……問題ねぇ」
息を整える。
「……でも」
視線を上げる。巨人。
「……普通じゃ無理だな」
読み。力。全部ズラされる。
なら、こっちもズラす。
神崎が一瞬止まる。
「……何する気だ」
在真は剣を握り直す。
「……流れ変える」
踏み込む。
「……火」
広げる。
「……水」
流す。
「……土」
足を固定。
「……風」
加速。全部、同時。
「……押し込む」
巨人の動きが一瞬止まる。
神崎が飛び込む。
「……今だ!」
「合わせる!」
同時。奥の位置。未来視。
わずかにだけ見える。
「……見えた」
「……そこだ」
踏み込む。全力。
「——斬る!」
——バキッ!!
ヒビ。
「……いける!」
さらに押し込む。
だが、巨人が暴れる。
「……止まれ!」
神崎が押さえる。
「……今だ!」
最後の一撃。
「——貫け!」
奥へ。
——バキィィッ!!
黒い塊が砕ける。巨人が止まる。
そのまま、崩れ始めた。
「……下がれ!」
距離を取る。
——ドォォォン!!
崩壊。
地面が揺れる。静かだった。
さっきまでの圧が、嘘みたいに消えている。
「……軽くなったな」
空気も地面も、少しずつ元に戻っていく。
ただ、戻ったからといって安心できるわけじゃない。
神崎が周囲を見る。
「……静かだな」
「……ああ」
剣を軽く振る。手応えが違う。
今までよりも、侵食の気配に対してこちらの感覚のほうが負けなくなっている。
「……また上がってるな」
ウィンドウが開いた。
【討伐】
侵食巨人を撃破しました
【報酬】
・特殊スキル:侵食適応
・DP:1億5000万
【レベルアップ】
Lv35 → Lv39
攻撃力:370 → 430
防御力:220 → 260
【武器成長】
天羽々斬 Lv35 → Lv40
攻撃力+370 → +450
「……悪くねぇな」
神崎が苦笑する。
「お前、上がり方おかしいぞ」
「……そうか?」
「そうだ」
その時——。
——ブオォォォン。
上空。ヘリ。
「……早いな」
着陸。扉が開く。
数人の覚醒者と兵士が降りてくる。
その一人が周囲を見回して呟く。
「……終わってるのか」
在真は短く返す。
「……ああ」
その一言で、降りてきた連中の足が一瞬だけ止まった。
視線だけが、数拍遅れてこちらへ戻ってくる。
崩壊跡。巨大な穴。
そして何もない中心部。
それだけで十分だった。
「……マジかよ」
空気が変わる。
評価というより、誰もすぐには近づいてこない感じだった。
「……一人でやったのか?」
「……神崎とだ」
「……それでも十分おかしい」
ざわつき。
在真は特に気にしない。
「……まあいい」
その時、さっきの政府の男が近づいてくる。
「……確認しました」
「……早いな」
「映像で」
短く答える。
「……そうか」
男が一度だけ頷く。
「……想定以上です」
「……だろうな」
「これで——」
言葉を区切る。
「状況が変わります」
在真は視線を向けた。
「……どう変わる」
少しの間。男が言う。
「国家間の動きが始まります」
神崎が反応する。
「……は?」
「……他国も動く」
「覚醒者の奪い合い」
「ダンジョンの取り合い」
在真は納得した。
「……そうなるか」
「……で」
視線を向ける。
「俺はどうなる」
男がまっすぐこちらを見た。
「……各国から見られる位置に立ちます」
少しだけ笑う。
「……面倒だな」
だが、空を見る。広い。
「……悪くない」
ガルが隣に来る。
神崎が肩をすくめる。
「……忙しくなるぞ」
「……だろうな」
基地に戻る。空気が違う。
「……騒がしいな」
人の数が増えている。
覚醒者。兵士。
そして、見慣れない顔。
基地の廊下に足音が重なっている。
無線の声。自販機の明かり。人の熱。
どれも普通のはずなのに、さっきまでの侵食の空気より少し遠い。
神崎が小さく言う。
「……来てるな」
「……他国か」
「ああ」
歩く。
視線が集まる。前より強い。
好奇心だけじゃない。
明確な値踏みがある。
その奥に、薄い恐れも混じっていた。
誰も、半歩ぶん近づいてこない。
「……面倒だな」
その時、正面から数人の集団が歩いてくる。
装備。雰囲気。
明らかに違う。神崎が呟く。
「……あれだ」
在真は少し笑った。
「……分かりやすいな」
止まる。
向こうも止まる。視線がぶつかる。
相手の一人が笑う。
「……強いな」
日本語じゃない。
だが、意味は通じた。
「……分かるな」
「……そっちもな」
短く返す。
空気が張り詰める。
別の男が流暢な日本語で言う。
「……お前が在真か」
「……そうだ」
「……聞いてる」
「単独でSクラス」
在真は軽く肩をすくめる。
「……肩書きだけならな」
男が笑う。
「……いや」
「むしろ足りない」
周囲がざわつく。
そして当然のように、次の言葉が来た。
「……試すか?」
神崎が小さく舌打ちする。
「……やめとけ」
「ここでやるな」
だが相手は笑うだけだ。
「……いいじゃねぇか」
空気が変わる。在真も軽く言う。
「……場所変えるか」
「……乗った」
相手が一歩出る。その時——。
「——やめろ」
低い声。
空気が一変する。全員が止まる。
振り向く。
そこにいたのは、見たことのない男だった。
だが、一瞬で分かる。
「……強いな」
別格。
さっきまで試そうとしていた連中とは、立っている場所が違う。
男は静かに言う。
「……今は戦う時じゃない」
声は静かだ。だが、圧がある。
空気そのものが、その言葉に従って止まるみたいだった。
相手の男が舌打ちする。
「……チッ」
「……後だな」
一歩下がる。
「……楽しみにしてる」
そう言って去る。静寂。神崎が呟く。
「……誰だ、あいつ」
「……知らねぇな」
「……一番強いな」
確信。
男がこちらを見る。
「……お前が大月 在真か」
「……そうだ」
短く返す。
男はわずかに目を細めた。
「……いい目だ」
それだけ言う。
「……また会う」
そのまま去る。空気が戻る。神崎が頭をかく。
「……なんだあれ」
在真は正直に答える。
「……分からん」
だが、廊下の空気が変わっている。
さっきまで向けられていた視線とは別のものが、そこに残っていた。
強い相手がいる。
それだけで、基地の白い壁も、無線の声も、少しだけ遠くなる。
「……外が、少し遠くなったな」
ガルが隣で低く鳴く。
「……悪くねぇ」




