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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない【長話版】  作者: HATENA 
第六部「上位判定」

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第十二章「統合存在」

 “それ”が変わる。


 今まで曖昧だったものが、ゆっくり固定されていく。

 形を持ち、輪郭が定まり、構造のようなものまで見え始める。


 「……固定されるな」


 「……人型か」


 神崎が息を詰める。

 だが、在真はすぐに違和感へ気づく。


 「……違うな」


 密度が違う。

 神崎が低く漏らす。


 「……これ、さっきまでのと別物だぞ」


 レオンが短く言った。


 「……本来形態だ」


 「……なるほどな」


 在真は息を吐く。


 「……やっとか」


 “それ”がこちらを見る。


 『本質解放』


 その瞬間、空間が消えた。


 時間も消える。


 「……っ」


 “無”と呼ぶしかない場所だった。足元どころか、足を出す理由まで消えそうだった。


 さっきまでいた層すら、足場として残っていない。

 立っている感じだけを、自分で掴んでいないと、そのままほどけそうだった。

 息を吸ったつもりなのに、胸に何も入ってこない。

 脚を踏ん張っているはずなのに、その感覚が薄い。


 だが——。


 「……問題ねぇ」


 存在だけで立つ。


 「……ここでも動ける」


 踏み込む。距離がない。位置も曖昧だ。


 それでも、斬りに行く意志だけは真っ直ぐ通る。

 自分の体より先に、そっちへ向かう感じだけが残っている。

 体がついてきているのか、自分だけ先に出ているのかもよく分からない。

 それでも止まるほうが鬱陶しかった。


 「……関係ねぇ」


 「——斬る!」


 ——ガキィィィンッ!!


 正面からぶつかった。


 今までよりも、はっきり重い。


 「……重いな」


 息が漏れる。


 「……やっと戦いになる」


 “それ”が動く。速い。だが——。


 「……見える」


 回避。同時に斬り返す。


 「——斬る!」


 ——バキィッ!!


 削れる。


 今までより明確に。


 「……通るな」


 “それ”が初めて大きく揺れた。


 『……同等判定進行』


 「……遅ぇな」


 口元だけで笑う。


 「……もう超えてる」


 踏み込む。連続。


 「……全部重ねる」


 ——ガキンッ、バキッ、ドンッ!!


 削る。押す。崩す。


 “それ”の本質へ届くたび、この場所の静けさが薄く揺れた。

 斬っているのに、手の中へ返ってくる感触は冷たい。


 剣を構える。最後の距離。ここで決まる。

 ここで通せなければ、また何かを削られる。

 そういう嫌さだけは、妙にはっきりしていた。

 何を落とすのかは分からない。

 でも、次はもう戻ってこない気がした。


 「……ここで決める」


 “それ”も動く。全力でぶつかる。


 「——斬る!」


 踏み込んだ瞬間、自分の足がどこを蹴ったのか分からなくなった。

 もうここには地面も距離もない。ただ、切り結ぶために必要なわずかな“間”だけが、辛うじて残っている。

 それで十分だった。

 “それ”も同時に動く。

 互いにぶつかるのは刃ではない。形を持った何かですらない。

 それでも、激突したと分かるだけの重さがあった。


 ——ガキィィィィィンッ!!


 耳ではなく、存在の芯に直接ひびくような音だった。

 空間のない場所で、世界そのものが軋んだように感じる。


 「……いいな」


 口の端が、わずかに上がる。

 ようやく、本当に押し返してくる。

 「……まだだ」


 押し込む。


 “それ”も押し返す。


 拮抗。


 ほんのわずかにでも力を抜けば、その瞬間に呑まれる。そういう均衡だった。

 喉の奥が冷える。けれど、手は引かなかった。


 「……これだ」


 胸の奥で、何かが静かに定まる。


 足場はない。息も薄い。

 それでも、自分の輪郭だけは残っている。


 「……全部」


 幸運も、領域も、干渉も。


 ここまで積み上げてきたものを、一つずつ並べるんじゃない。

 全部まとめて、ひとつの刃に乗せる。


 「……乗せる」


 “それ”の輪郭が、初めてわずかに揺れた。


 「——通す!」


 ——バキィィィィィッ!!


 均衡が崩れる。


 ほんの爪先一枚ぶん。

 だが、そのズレは決定的だった。


 「……入った」


 “それ”の存在が、奥からずれる。

 その一瞬を逃さず、そのまま振り抜く。

 斬るというより、裂け目をなぞる感覚だった。


 ——パキン。乾いた音がした。


 “それ”が、音もなく崩れていく。

 砕けたのは形じゃない。

 向こう側を支えていた何かが、内側から折れたように見えた。


 静寂。

 息をする音さえ遠い。


 『……敗北確認』


 言葉ではないものが、直接流れ込む。


 「……そうか」


 荒れた呼吸をひとつ吐き出す。


 「……止まったな」


 “それ”は、今度こそ薄くほどけた。

 次の瞬間、閉じていた世界が一気に“開く”。


 「……っ」


 視界が広がる。


 いや、視界という言い方では足りない。

 認識そのものが外へ外へと伸びていき、今まで壁だと思っていたものが、ただの薄い膜に変わっていく。


 「……見えるな」


 世界の外、さらにその外。


 何重にも重なっていた境界が、もう隠れようとしない。


 「……全部だ」


 ウィンドウが静かに開く。


 【階位更新】


 【上位存在認定】


 【干渉権限:拡張】


 【制限解除:一部】


 「……上がったな」


 その時だった。


 新しい気配が、遠くではなく“上”から落ちてくる。


 「……来るな」


 今までの延長にはない、乾いた冷たさだった。


 「……まだあるか」


 口元だけで笑う。剣を握り直す。


 「……いい」


 息を整える。


 「……まだ終わりじゃねぇ」


 視線の先に、“それら”がいる。


 ひとつではない。複数。


 だが数を数える意味はなかった。

 「……増えたな」


 数だけじゃない。空気の質が違う。


 さっきまで相手にしていた“それ”と同格のものが混ざっている。

 その中には、さらに一段上にいるとしか思えない気配まであった。


 「……上もいるな」


 背後で神崎が息を呑む。


 「……マジかよ。今の倒して終わりじゃねぇのか」


 レオンの声は低いが、さすがに緊張が混じっていた。


 「……別の層が開いたな」


 「……だな」


 短く返す。


 けれど、嫌な感じはなかった。


 面倒ではある。


 だが、引く理由にはならない。


 「……いい」


 口元だけで笑う。


 「……まとめて来い」


 その瞬間、“それら”が同時に動いた。


 前触れはない。


 気づいた時には、空間が薄く剥がれ、時間の流れがいくつもにずれ、存在そのものを削るような圧が周囲から押し寄せていた。


 「……来るぞ」


 踏み込む。回避。


 だが、一つを避けても次が来る。


 「……多いな」


 ひとつひとつは読める。

 だが、重なり方が厄介だった。

 連続というより同時。

 別々に追わせることで、こちらの認識そのものを裂きにきている。

 神崎が舌打ちする。


 「これ無理だろ! 避けても避けても次が来る!」


 レオンが前へ出る。


 「……分散しろ。ひとつに集中されるな」


 「……ああ」


 返事をして、一体へ絞る。


 「……一つずつだ」


 斬る。


 「——斬る!」


 ——ガキンッ!!


 衝突。手応えはある。削れもする。


 「……通る」


 だが、次の瞬間には背後に別の気配が生まれる。


 「……来る!」


 身をひねって避ける。

 避けた先に、さらに別の“それ”がいる。


 「……キリねぇな」


 その言葉を口にした瞬間、逆に違和感が強くなった。

 「……違うな」


 動きを止める。

 止まりきるわけじゃない。


 ほんの一拍、呼吸を浅くして意識を引いた。

 攻撃の順番。消える位置。


 圧が戻っていく先。


 別々に見えるのに、全部同じ奥へ吸い込まれている。


 「……戻る場所があるな」


 レオンがすぐに反応した。


 「……気づいたか」


 「……ああ」


 複数に見える。


 だが、動いたあとの残り方が同じだ。

 「……戻る先が一つだ」


 神崎が叫ぶ。


 「マジかよ! だったら最初からそう言え!」


 「……今分かった」


 視線を走らせる。


 その瞬間、わずかに空気の戻りが遅い場所が見えた。


 他より深い。他より重い。


 すべてのズレが、そこへ戻っていく。


 「……あそこだ」


 「そこか」


 「……たぶんな」


 息を吐く。


 見つかったなら話は早い。


 踏み込む。他は無視。一直線。


 「……邪魔だ」


 斬る。押し切る。削る。


 まとわりつく別個体を振り払うたび、奥の濃さがはっきりしていく。


 「……届く」


 群を無視して、一直線に踏み込む。

 もう迷いはなかった。


 戻りが遅い場所。


 他より濃く、他より重い場所。


 「あれだ」


 そう確信した瞬間、“それら”の動きがわずかに止まった。

 反応したのだと分かる。


 神崎が息を呑む。


 「マジかよ……ほんとにいたのか」


 レオンの声が鋭くなる。


 「……来る。気を抜くな」


 その濃さが動いた。


 それだけで、空間が歪む。

 時間の流れが一瞬で崩れ、存在の輪郭が引き伸ばされるような圧が降ってきた。


 「……重いな」


 「……全部上だ」


 だが——。


 「……寒いな」


 むしろ、ようやく芯に届いた気がした。


 踏み込む。


 「——斬る!」


 ——ガキィィンッ!!


 激突。重い。


 さっきまでとは比べものにならない。


 「……固ぇ」


 刃が通らないわけじゃない。

 ただ、刃を通す感覚そのものを押し返される。


 「……違うな」


 「……これ」


 濃い場所にあるのに、単独では閉じていない。


 「……集合だ」


 “それ”が反応する。


 『統合存在』


 言葉ではない情報が、直接流れ込んだ。


 「……だろうな」


 息を吐く。


 「……全部一つか」


 なら話はさらに単純だ。


 「……飲まれなきゃいい」


 間を空けず、連続で踏み込む。


 ——ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ!!


 重ねる。何度も。


 だが、押し返される。


 「……重いな」


 斬るたびに、逆にこちらの輪郭が削られるような感覚があった。

 受け止めているだけで持っていかれる。

 その瞬間、その濃さが変形した。


 「……来るぞ」


 空間がひとつの深い場所へ収束しはじめる。

 周囲の“それら”も巻き込んで、深い場所へ寄っていく。


 「……吸い込まれるな」


 神崎が怒鳴る。


 「ふざけんな、飲まれるぞ!」


 だが——。


 「……好都合だ」


 距離が縮まる。


 バラけていた外殻が寄るせいで、そのさらに向こうがわずかに見えた。


 「……近い」


 そのさらに奥。

 何重にも守られていた場所が、一瞬だけむき出しになる。


 「あれだ」

 壊すというより、あそこへ自分を通せばいい。

 統合に飲まれないまま、一つのままで立つ。


 踏み込む。


 その直前、統合存在が“崩れた”。


 「……は?」


 分離。再び複数へ。だが、おかしい。


 今度は散っていない。

 全部が同時に存在し、全部が同時にこちらへ殺到してくる。


 「……違うな」


 神崎が叫ぶ。


 「無理ゲーだろこれ!」


 レオンの眉間にも、さすがに険しさが走る。


 「……奥を隠すために、全体へ散った。厄介だな」


 「……いや」


 首を振る。


 「……一つだ」


 全部同じ流れに乗っている。

 全部別物に見せているだけで、やっていることは変わらない。


 「……重ねてるだけだ」


 「……なら、分ける」


 息を吐く。


 「……面倒だな」


 剣を構える。


 「……やることは一つだ」


 踏み込む。


 「……流れは一つだ」


 視線を固定する。重なり。ズレ。層。


 複数に見えるそれぞれの奥に、同じ芯が通っている。


 「……見える」


 「……同時に来る」


 剣を構える。深く息を吸う。


 「……一回でいい」


 その瞬間、統合存在が動いた。


 全方向。同時。


 空間が裂け、時間が軋み、存在を削る圧が四方八方から噛みついてくる。


 「……来るぞ」


 神崎が歯を食いしばる。

 レオンも無言で気配を張る。

 だが、在真は前へ出た。


 「……まとめて来るな」


 避けるつもりはない。


 「……関係ねぇ」


 踏み込む。


 足元も空間も曖昧なまま、それでも自分の領域だけははっきりと足場になる。


 「……流れごとまとめる」


 意識を集中する。幸運も、領域も、干渉も。


 ここまで積み上げたものを、もう使い分ける必要はなかった。


 「……重ねる」


 空間が揺れる。


 足元の感覚が、一瞬だけ遠くなる。


 それでも、その奥で一つだけぶれない場所がある。


 「……ここだ」


 全ての層が重なる場所。

 そこへ向けて、迷いなく振り抜く。


 「——斬る!」


 ——バキィィィィィィィッ!!!


 正面からぶつかった。


 すべてが止まる。


 「……入った」


 その感触だけが、はっきり残った。

 統合存在が“崩れる”。


 分離も。統合も。


 さっきまで厄介だった構造そのものが、まとめて裂けていく。


 「……これで通る」


 静かに言う。

 壊したというより、飲まれずに抜けた感触だった。


 そのまま、すべてが消えた。


 沈黙。


 何も残らない、乾いた静寂だけが広がる。

 やがて、ウィンドウが開いた。


 【存在階位更新】


 【最上位存在認定】


 【干渉制限:解除】


 【領域支配:完全】


 「……上がったな」


 軽く呟く。


 その瞬間、視界がまた広がる。


 世界の外、さらにその外。


 「……見えすぎるな」


 遠さも近さも関係なく、境界の向こうがただそこにある。


 「……悪くねぇな」


 口元だけで笑う。


 だが、それで終わりじゃない。


 さらに上。


 「……まだあるな」


 今までと違う領域が、静かに口を開いている。

 そこには敵意も圧もない。

 ただ、最後に残された何かがあると分かるだけだった。


 「……最後か」


 剣を構える。


 ここまで来たなら、見届けるしかない。

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