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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない【長話版】  作者: HATENA 
第五部「管理干渉」

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第十章「管理干渉」

 世界序列1位になったあとも、基地は妙に静かだった。

 人の視線は増えたはずなのに、祝う声より先に遠巻きの沈黙が残っている。

 自販機の明かりも、廊下の足音も、少しだけ遠い。興奮なんて、廊下の角を曲がる前に薄れていた。


 「……行くぞ」


 在真の一言で、準備はそれ以上要らなかった。

 神崎もレオンも、止める気は最初からない。

 ガルも当然のように足元へ並ぶ。


 基地の外れ。


 封鎖された広い区画。

 「……また変なもんだな」


 神崎が顔をしかめる。


 「前のより静かだ」


 レオンが言う。


 「……静かすぎる。底が見えない」


 在真はその歪みの前に立つ。

 「……行く」


 踏み出す。


 次の瞬間、視界が変わる。


 暗い。

 暗いのに、目を閉じた時の闇とは違う。

 肌の上から、知らない場所に薄く触られている感じがあった。


 「……ここか」


 地面はある。空間もある。


 だが、そのどちらも安定していない。

 足を乗せた感触が、半拍遅れて返ってくる。

 踏んだはずなのに、まだ踏み切れていない気持ち悪さが残った。

 神崎が周囲を見回す。


 「……境界外より気持ち悪ぃな」


 レオンが短く答える。


 「……深層だ」


 「……上の側に近い」


 在真は息を吐いた。

 その時、遠くで空気が揺れた。

 風じゃない。

 何かがこちらを認識した時の揺れだった。


 「……来るな」


 影のようなもの。


 だが、影と呼ぶには輪郭が濃すぎる。

 「……さっそくか」


 視界の端で、一瞬だけ自分の手の輪郭が薄くなった。

 すぐ戻る。

 だが、あまり長くいたくない場所だとはそれで十分だった。


 神崎が拳を鳴らす。

 けれど、音が妙に小さい。

 この場所そのものが、鳴るはずのものを削っている。

 在真は剣を抜いた。


 「……静かすぎるな」


 「……抜けるぞ」


 深層へ入ってすぐ、空気の質が変わった。

 前へ進んでいるつもりでも、後ろへ引かれているような違和感がずっとまとわりつく。


 「……来る」


 在真が低く言った直後、前方の闇がわずかに沈む。

 そこから現れたのは、人型に見える何かだった。

 神崎が舌打ちする。


 「……また分かりにくいの来たな」


 レオンが目を細める。


 「……深層の守衛に近い」


 在真は笑った。


 「……邪魔だな」


 踏み込む。


 相手も同時に動く。


 速い。


 だが、速いだけじゃない。

 踏み込みのたびに、周囲の空間が少しずつこちらの感覚を裏切る。


 「……ズレるな」


 剣を振る。——ガキンッ。ぶつかる。手応えはある。


 だが、衝突した位置と、自分が立っている位置と、相手の輪郭が一致しない。

 神崎が横から突っ込む。


 「なら、道だけ開ける!」


 拳が入る。——ドンッ。


 相手がわずかに後退する。

 レオンがすぐ言う。


 「……今のずれ方、一定だ」


 「……癖あるな」


 「……そこだ」


 次のズレに合わせて踏み込む。


 剣を振る。——バキッ。


 相手の輪郭に、初めて明確なヒビが走る。

 深くはない。

 だが、それで十分だった。

 前へ抜ける幅ができる。


 神崎が笑う。


 「やっぱそういうの得意だなお前!」


 「……分かればな」


 相手が揺れる。


 次の瞬間、周囲の空間が大きく歪んだ。

 足元の地面が沈み、頭上の闇が近づき、前後の距離が急に詰まる。


 「……深層ごと来るぞ」


 レオンの声。


 在真は剣を握り直す。

 「……道が出たな」


 口元だけで笑う。


 「……抜けるぞ」


 深層を進むほど、敵の形は曖昧になり、その代わり空間のほうが明確な敵意を持ちはじめた。


 影の群れ。揺れる守衛。


 「……分かるな」


 レオンが短く言った。


 「……奥が近い」


 神崎が周囲を見ながら笑う。


 「歓迎はされてねぇな」


 前方の闇が沈んだかと思えば、今度は左右の空間が同時に折り畳まれ、逃げ場ごと潰しにくる。


 在真は踏み込む。


 「……そこだ」


 斬る。——ガキンッ。衝突。


 空間がわずかに軋む。

 神崎が目を細める。


 「……おい、今の」


 レオンが答える。


 「……深層が反応している」


 在真は笑う。


 「……なら近いな」


 さらに進む。


 やがて広い空間へ出た。


 天井は見えない。


 床はあるのに、踏むたび感触が少し変わる。

 その中央に、黒い柱のようなものが立っていた。

 いや、柱に見えるだけだ。

 近づくたび、その形は微妙に変わる。


 神崎が低く言う。


 「……あれか」


 レオンも頷く。


 「……奥へ繋がっている」


 在真は剣を抜いた。

 「……いい」

 「……開くか」


 次の瞬間、柱の周囲から影が一斉に剥がれ落ちる。

 だが、在真は止まらない。

 神崎が横へ出る。


 「俺が散らす!」


 レオンがすぐ続ける。


 「……壊すな。開けろ」


 「……道を出すぞ」


 深層の奥へ近づいた瞬間、空間そのものが牙を剥いた。

 柱の周囲から剥がれた影は、前から、横から、上から来る。


 神崎が叫ぶ。


 「数が多い!」


 レオンが即座に返す。


 「……散らすな。奥へ」

 「閉じる前に通す」


 「……そこだ」


 影を斬る。消える。


 だが、すぐ次が来る。


 「……行く」


 全無視で踏み込む。


 神崎が笑う。


 「出たよそれ!」


 拳で横から押し開く。

 レオンが圧を重ねる。


 「……今だ」


 在真は柱へ届く。剣を叩き込む。——バキッ。浅い。


 柱の形が大きく揺れる。

 周囲の影が一斉に暴れた。


 「……開きかけてる」


 なら、もう一段。


 在真は目を細める。


 「——斬る!」


 ——バキィッ!!


 今度は深い。神崎が叫ぶ。


 「割れてる!」


 レオンも前へ出る。


 「……押し込め」


 在真は笑った。


 「……まだ割らねぇ」


 さらに踏み込む。


 次の瞬間、深層全体が大きく反転する。

 上下が消え、足元が遠のき、前方が急に近づく。

 だが今は違う。


 「……読める」


 「——こじ開ける!」


 全力。


 ——バキィィィッ!!


 柱の奥が裂けた。

 潰した感触より、閉じていた門を無理やり開いた感触のほうが近い。

 その瞬間、空間の揺れが一気に変わる。

 レオンが低く言う。


 「……通った」

 「深層の奥が開く」


 神崎が息を吐く。


 「マジで来やがったな」


 在真は剣を軽く振る。

 前方の闇の奥で、別の気配が立ち上がるのが分かった。

 それは敵が増えたというより、深い場所にこちらを見つけられた感覚に近かった。

 「……まだあるか」


 口元だけで笑う。


 「……まだあるな」


 剣を構える。


 「……ここで止まる気はねぇ」


 剣がぶつかる。


 火花の代わりに、空間そのものがひずむ。


 押し合い。


 目の前にいるのは影に見える。

 だが、もうそんな言い方では足りなかった。


 「……来るぞ」


 “それ”が、こちらを見た。

 次の瞬間、世界の手触りが変わる。


 「……っ?」


 足元が消えた。


 上だと思っていた方向が横へずれ、体の重さが一拍遅れて別の位置に落ちる。

 景色そのものが、雑にひっくり返されたみたいだった。


 「……なんだこれ」


 神崎が叫ぶ。


 「景色が変わってる!」


 レオンが短く言葉を切る。


 「……空間を書き換えている」


 「……上の側だ」


 「……なるほどな」


 在真は、むしろ口元だけで笑った。


 その瞬間、“それ”が動いた。


 速い。迷いがない。


 「……来る」


 未来視を走らせる。


 「……見える」


 体は動いた。


 だが、避けたはずの位置に自分がいない。

 自分で決めた回避先ごと、横から奪われる。

 体のほうが半拍遅れて、そのズレに追いつく。


 「……ズレる」


 空間ごと書き換えて、回避先そのものを奪ってくる。

 神崎が歯を食いしばる。


 「やりたい放題かよ!」


 「……だな」


 「……関係ねぇ」


 踏み込む。


 空間がずれていても、自分で踏む場所を決めればいい。

 決めた先が消えるなら、その手前から無理やり通す。


 「——斬る!」


 ——ガキンッ!!


 ぶつかった。手応えがある。


 「……通るな」


 今までの階層戦よりも、むしろ芯は分かりやすい。

 分かりやすすぎて、逆に気味が悪い。


 「……いい」

 “それ”が反応する。

 空間の歪みがさらに深くなる。

 床の代わりに壁が現れたかと思えば、その壁が次の瞬間には天井になっていた。


 重力まで変わる。


 時間の流れも妙に噛み合わない。

 神崎の声も、レオンの動きも、一瞬ずつ別の順番で届く。

 同じ場所にいるはずなのに、少しずつ置いていかれる感じがあった。


 「……全部来るな」


 だが、在真はその変化を怖いとは思わなかった。


 鬱陶しいだけだ。


 「……分かる」


 ズレ。流れ。


 「……同じだ」


 壊す場所を探すんじゃない。

 向こうが書き換えてくるたび、消し切れない継ぎ目が一瞬だけ残る。


 視線を絞る。“それ”の胸元。


 わずかに、ズレが噛み合わずに残る場所がある。


 「あそこだ」


 踏み込む。


 “それ”が即座に反応する。


 空間が閉じる。


 通路ごと潰すように、前方がぎしりと狭まった。


 だが——。


 「……遅い」


 無理やり通る。


 閉じるより先に、自分の領域を差し込む。

 潰される前に、こっちの形を先にねじ込む。


 「——斬る!」


 ——バキィッ!!


 “それ”が大きく揺れた。


 「……効いてる!」


 神崎が声を上げる。

 レオンが半歩前へ出る。


 「……押し込む」


 三人分の圧が重なる。

 そのせいか、周囲の歪みが一瞬だけ乱れた。


 「……崩れるな」


 向こうの流れが不安定になっている。


 「……残るな」


 在真は笑う。


 「……触れ続けられる」


 その瞬間、“それ”の気配が変わった。


 「……まだあるか」


 低く呟く。鬱陶しい。

 だが、それでもまだ奥があるのは分かった。


 「……まだ来るか」


 剣を構え直す。


 「……消えねぇなら、それでいい」


 「……全部通す」


 踏み込む。


 “それ”の圧が、一段深くなる。

 空間だけじゃない。


 重力と時間と位置関係。


 そこにあると信じていたもの全部が、同時にずらされていく。


 「……来るぞ」


 神崎が歯を食いしばる。


 「これ全部操作してんのかよ!」


 「……ああ」


 レオンの声も硬い。

 この領域に入ってから、初めて三人とも同じ種類の嫌な汗をかいていた。

 息をするたび、肺に入ってくる空気まで少し違う。

 薄い。

 だが、在真だけは視線をそらさない。


 「……一つだ」


 意識を細く絞る。


 “それ”の奥。わずかな濁り。


 歪みの芯というより、向こうが消し切れずに残している癖に近い。


 「……そこだ」


 レオンが小さく息を吐く。


 「……まだ残ってる場所か」


 「……見えたか」


 「……ああ」


 踏み込む。


 “それ”が反応する。


 空間が閉じる。


 壁のようなものが生まれるわけじゃない。

 前へ進むという行為そのものが、途中で折り畳まれて消されるような感覚だった。


 だが——。


 「……遅い」


 それより先に、自分の側の意味を押し通す。


 「——斬る!」


 ——バキィッ!!


 衝撃が走る。


 “それ”が揺れ、周囲の歪みが大きく乱れた。


 「……効いてる!」


 神崎が突っ込む。拳が重く鳴る。


 ——ドンッ!!


 続けてレオンが圧を重ねる。


 「……押す」


 「……崩れるな」


 だが、そのまま終わる相手じゃない。

 “それ”が変わる。


 「……来るぞ」


 さらに上。


 空間が急激に収束しはじめる。

 周囲すべてが奥へ向かって引っ張られる。


 「……吸い込まれるな」


 神崎の足がずるりと滑る。

 レオンも踏ん張るが、床そのものが信用できない以上、踏ん張るという行為自体が危うい。

 その横で、在真は一瞬だけ自分の家の匂いを思い出せなくなった。


 「……っ」


 薄くなる。景色じゃない。

 自分の側が。だが——。


 「……鬱陶しい」


 「……でも好都合だ」


 距離が縮まる。


 避ける余地がなくなる代わりに、向こうへ触れたまま離れずに済む。


 「……今なら残れる」


 踏み込む。


 “それ”が最後の抵抗を見せる。


 空間が崩壊する。


 「……全部来るぞ!」


 神崎が叫ぶ。


 世界の切れ端みたいな歪みが、まとめてこちらへ噛みついてきた。


 「……関係ねぇ」


 止まらない。

 今さら環境がひとつ増えたくらいで、足は止まらない。

 ただ、ここで長引けば、何かを置いていく感覚だけはあった。


 「——通す!」


 剣を突き込む。


 ——バキィィィッ!!


 歪みの奥がぶれる。


 切れたんじゃない。

 こっちの形が、ようやく向こうの書き換えから落ちなくなる。


 「……残る!」


 さらに押し込む。


 だが、まだ砕けない。


 硬い。


 「……硬ぇな」


 その瞬間、“それ”の気配が暴走した。

 形を守るために、形そのものを捨てはじめるような不穏さがある。


 「……来るぞ!」


 空間が崩壊を始める。

 残っていた足場の感覚も、上下の感覚も、順番に溶けていく。


 神崎が怒鳴る。


 「在真! 薄れるなよ!」


 レオンも鋭く続ける。


 「……保持しろ。削られている」


 在真は短く息を吐いた。


 「……ああ」


 「……大月在真だ」


 「……まだ落ちねぇ」


 在真は笑う。


 「……ここで残す」


 剣を構える。


 「……ここで通す」


 踏み込む。


 残っている継ぎ目は、もう目の前だった。

 世界が崩れていく中で、そこだけが嫌に鮮明に見える。


 「あそこだ」


 剣を振る。


 「——斬る!」


 ——バキィィィィィッ!!


 大きなヒビが走った。

 だが、まだ足りない。


 「……まだだ!」


 さらに押し込む。


 周囲では空間が裂け、上下が消え、時間の前後まで曖昧になっていた。

 それでも——。


 「……関係ねぇ」


 「——貫け!」


 全力を乗せる。


 腕、肩、背中、領域、その全部が一つの線になる。

 斬るというより、崩れかけた世界に自分の形を押し込む感覚だった。


 ——パキン。乾いた音だった。


 次の瞬間、奥にあった硬い感触が砕ける。

 それと同時に、さっきまで暴れていた歪みが一拍遅れて止まった。


 空間。圧。崩壊。


 すべてが、息を切らしたみたいに静かになる。


 「……止まったな」


 “それ”が崩れていく。

 形を失い、影ですらなくなって、ただ薄くほどけるように消えた。

 神崎が大きく息を吐く。


 「……マジかよ」


 レオンは短く頷いた。


 「……干渉停止」


 その時、ウィンドウが開く。


 【討伐】


 管理干渉体を撃破しました


 【報酬】


 ・固有強化:幸運(第4段階)

 ・領域支配(初期)

 ・DP:10億


 【レベルアップ】


 Lv57 → Lv65

 攻撃力:720 → 900

 防御力:470 → 620


 【武器成長】


 天羽々斬 Lv57 → Lv65

 攻撃力+900 → +1200


 「……65か」


 数字を見ても、もう驚きは薄い。

 だが、剣を軽く振った瞬間、今までとは違う感触がはっきりあった。


 「……いいな」


 その瞬間、周囲の空間がもう一度悲鳴を上げた。


 「……来るぞ!」


 今度は戦闘じゃない。


 足元から、場所そのものがほどけていく。レオンが叫ぶ。


 「……戻る!」


 前方に歪みが見えた。


 出口。


 あるいは、現実へつながる最後の裂け目。


 「あそこだ」


 踏み込む。


 崩壊の中を突っ切る。


 「……行くぞ!」


 三人で全力。


 その瞬間、視界が白く塗り潰された。

 感覚が一度、ぷつりと切れる。


 次の瞬間。硬い地面。現実の空気。

 胸の奥に残っていた圧が、一拍だけ遅れて現実へ戻ってくる。


 「……戻ったか」


 空を見上げる。何もないはずなのに、上の方だけ妙に薄い。

 見慣れた空のはずなのに、戻ってきたというより、少し浅い場所へ押し返された感じがあった。


 だが、もう同じ空には見えなかった。


 「……違うな」


 感覚が変わっている。


 「……触れたな」


 領域。空間。


 支配なんて言葉より先に、指先に残った感触のほうが確かだった。


 「……使える」


 神崎が呆れたように笑う。


 「お前もう何やってんだよ」


 レオンは周囲を確かめながら低く言った。


 「……ここから先は」


 少し間を置く。


 「……世界じゃない」


 「……ああ」


 「……次は“上”だな」


 口元だけで笑う。


 「……いい」

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