イゾルダの過去・後編
イゾルダとベルナルドは二人きりになるペドロとフロールの後をつけた。
そして、二人が入った部屋まで近付き、聞き耳を立てる。
すると、扉の向こうからペドロとフロールの会話が聞こえて来た。
「ねえペドロ様、知ってるかしら?」
扉の向こうから、甘ったるいフロールの声が聞こえた。
「ん? フロール、何をだ?」
声だけでも、ペドロは鼻の下を伸ばしている様子が分かる。
イゾルダはそんなペドロの様子に内心呆れていた。
「数年前、王家主催の夜会で婚約破棄騒動があったことよ」
「婚約破棄騒動?」
ロドリコの声からは、きょとんとした様子が伝わって来る。
「ええ。アルバカーキ公爵家のロドリコ様とポリーニャ伯爵家のミゲリーナ様達の」
フロールの言葉を聞き、扉を隔てて外側にいるイゾルダとベルナルドはお互い顔を見合わせる。
「確かに、私も話は聞いたことがありますわ。まだ成人していない時期でしたが」
イゾルダは両親から王家主催の夜会で当時起こったことを聞いていた。
「ああ、私も父上から聞いた」
アルバカーキ公爵家とポリーニャ伯爵家の婚約破棄騒動は、ベルナルドも父である国王カルロスから聞いたことがあるようだ。
「ああ、何となく聞いたことがあるな」
扉の向こうにいるペドロも知っているようだ。
「どうもあの時、ロドリコ様はミゲリーナ様のことを気に入らなかったみたいで、グアルダ子爵家のネウザ様と浮気をしていたらしいの。それでね、ロドリコ様は王家主催の夜会で、ミゲリーナ様に婚約破棄を告げたのよ」
扉の向こうからは、フロールの楽しそうな声が聞こえた。
「おお、そのロドリコ殿とやら、中々やるな」
声だけでも、ペドロはニヤリと笑ったことが分かる。
「でもね、婚約破棄されたミゲリーナ様に、パンタリャオン侯爵家のマルティム様が婚約を申し込んだのよ。それに、国王陛下にもポリーニャ伯爵家とパンタリャオン侯爵家が繋がった方がグロートロップ王国にとって大きな利があると説得したそうなの。それで、ミゲリーナ様とマルティム様の婚約が認められたわけ」
「そうだったな。そういえば、ロドリコとネウザはどうなったんだ?」
「それがね、ペドロ様、その二人の婚約は国王陛下から認められなったみたいなの。グロートロップ王国に利がないからって」
「おお……。つまり、グロートロップ王国に利があれば婚約破棄もフロールとの結婚も認められると」
ペドロの声は、明るく弾んでいた。
「ええ、そうなのよ」
「じゃあ俺達が繋がるメリットを考えるとするか。そしてイゾルダにはこの王家主催の夜会で婚約破棄を突き付けて大恥かかせてやる」
声だけで、悪巧みをしていることが分かってまう。
「きゃあ、ペドロ様素敵」
扉の向こうから聞こえるフロールの声も、まるで勝ち誇ったようである。
「公の場で婚約破棄を突き付けられて、俺達は国王陛下から認められるんだ。これでイゾルダは終わりだ。あいつは優秀さをひけらかすから大嫌いだったんだ」
(呆れたこと。有責になるのはそちらなのに)
イゾルダは扉の内側に向かい冷笑した。
チラリとベルナルドの方を見ると、プルプルと拳を震わせている。
「ベルナルド殿下?」
「あいつら……よくも私の愛するイゾルダ嬢を……!」
アメジストの目からは光が消えており、怒りに染まり切っていた。
気が付けば、ベルナルドは帯剣を抜き、バンッと勢いよく扉を開きペドロとフロールの元へ向かっていた。
「え……!? 王太子殿下……!?」
「どうして王太子殿下がここにいるの……!? それに、イゾルダ様も……!」
ペドロとフロールは戸惑った様子である。
しかしベルナルドはそんな二人の様子など知らないと言うかのように、剣で二人の体を滅多刺しにする。
部屋に響き渡るペドロとフロールの断末魔。
ベルナルドの怒りは収まらない。
「イゾルダ嬢が嫌いで、陥れたいだと!? そんなの、お前達が死ねば解決する話じゃないか! イゾルダ嬢を侮辱する奴らはゴミ屑以下の下等生物だ! そんな奴らは生きる価値がない!」
既に息絶えたペドロとフロールの体をずっと剣で切り刻みながら、ベルナルドはそう言った。
白を基調とした部屋は、ペドロとフロールの血で赤黒い海と化していた。
「ベルナルド殿下……!」
イゾルダは少し怖いと思った。
しかし、心の奥底から沸々と純粋でどす黒い気持ちが湧き上がる。
(ベルナルド殿下が私の為に邪魔者を消し去ってくださった……!)
イゾルダはニヤリと口角を上げ、歪んだ笑みを浮かべていた。
マラカイトの目は恍惚としている。
イゾルダは剣を振り上げているベルナルドに後ろから抱きついた。
ベルナルドに付着していた返り血が、イゾルダにも付着する。しかし、イゾルダはそんなことなど全く気にしなかった。
「ベルナルド殿下、ありがとうございます」
「イゾルダ嬢……!」
赤黒い海の中、イゾルダとベルナルドはお互いを見つめ合っていた。
二人揃って、恍惚として歪んだ表情である。
「お前達、一体これは何事だ……!?」
そこへ、威厳ある重厚で凛々しい声が響く。
「父上……!」
ベルナルドはアメジストの目を大きく見開いた。
そこにいたのは国王カルロスである。
カルロスは、目の前の惨状に対し信じたくないような表情をしていた。
それもそうだろう。実の息子が血に染まった剣を持ち、返り血まで浴びている。
目の前に転がるペドロとフロールを殺したのがベルナルドだということは明らかなのだ。
「これは一体どういうことだ……!?」
「父上、これは」
「国王陛下、発言の許可をお願いします」
ベルナルドが何か言おうとした時、イゾルダはスッと前に出た。
「……レアル伯爵令嬢イゾルダだったな。発言を許可しよう」
「ありがとうございます、国王陛下」
イゾルダは一呼吸置き、言葉を発する。
「まず、ベルナルド殿下は何も悪くありませんわ。ベルナルド殿下は、私をそこの二人から守ってくださいましたから。そこの二人は、死ぬべき存在でしたの」
イゾルダはカルロスにそう必死に訴えた。
「だが……ベルナルドがやったことは殺人だ」
「国王陛下、私ならばベルナルド殿下の罪を隠し通すことが出来ますわ。この惨劇が起きた時間を上手くずらして、その時間にアリバイのない者を一旦犯人としましょう。これでベルナルド殿下の名誉をお守りすることが出来ますわ」
「父上の子の中で健康なのは私だけです。イゾルダがいれば、この件を私達が関わっていないことに出来ます」
ベルナルドはスッとイゾルダの横に立った。
イゾルダとベルナルドは二人で手を取り合っている。
「それに国王陛下、私は海を挟んだ南の大陸から入り込んだ疫病のワクチンと特効薬入手ルートを確保しましたわ。ベルナルド殿下と一緒ならば、必ずグロートロップ王国に利をもたらすことが出来ます」
イゾルダはこのタイミングで自身をアヴィス王家に売り込む。
ベルナルドとの将来をより確実にする為だ。
国王カルロスとしても、ベルナルドがとんでもないことをやらかしたが今廃嫡すると余計に混乱するのは分かっていた。だからイゾルダとベルナルドの言い分を受け入れるしかなかったのだ。
こうして、ベルナルドの罪をうやむやにし、イゾルダはベルナルドとの将来を手に入れた。
その後はイゾルダが提案したように、ペドロとフロールが死んだ時間を誤魔化し、その時間に丁度アリバイがなかったマファルダを犯人扱いすることでグロートロップ王国中に知られる『王宮殺人事件』となったのだ。
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(どうしてこうなってしまったの? ペドロとフロールは、私を蔑ろにしていた。そんな奴らには人権なんて必要ないのに。どうして……?)
グラシエラ、アルヴァロ、エンリケにより『王宮殺人事件』の真相が暴かれ、イゾルダは地下牢にいた。
イゾルダはどうして自分がこんな扱いを受けているのか全く分からないのだ。
(私はベルナルド様と一緒にずっと幸せであるべき存在なのに)
イゾルダのマラカイトの目からは一筋の涙が零れる。
「イゾルダ……」
隣の牢から、ベルナルドの声が聞こえた。
「ベルナルド様……」
イゾルダは檻越しにベルナルドの手に触れる。
「こんなことになって済まない。私がもっと計画を立てて奴らを殺しておけば……」
ベルナルドは肩を落とした様子だ。
地下牢に繋がれたことで、ボロボロになっている。
「そんな、ベルナルド様のせいではありませんわ。全ては……真実を暴いたグラシエラ、アルヴァロ、エンリケ……いえ、そもそもペドロとフロールがこの世界に存在していたことがいけないのです」
イゾルダは必死にベルナルドを元気付けようとしていた。
「イゾルダ……」
ベルナルドはほんの少しだけ口角を上げ、表情を和らげた。
「だが、恐らく我々はもうすぐの命だろう。……最後までイゾルダと一緒にいることが出来て、私は幸せだった」
「ベルナルド様……!」
檻越しに再び手を重ね合わせる二人。
こうして、『王宮殺人事件』の犯人であるベルナルド、共犯関係にあったイゾルダは冷たい地下牢で毒杯を賜りその生涯を終えるのであった。
国王カルロスとイゾルダの父であるレアル伯爵も同罪で、同じく毒杯によりその生涯を終えた。
王妃、そして公の場に出られない第一王子ドゥアルテと第三王子パウロは何の罪もないので、今後王宮の離れで過ごすことになった。
そして、グロートロップ王国の王家はアヴィス王家からブラガンサ筆頭公爵家に移り変わるのであった。
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ミゲリーナ達の婚約破棄騒動は過去作『同じ舞台に立ってくれて助かりましたわ』に書いております。
ご興味のある方は是非どうぞ。
『同じ舞台に立ってくれて助かりましたわ』
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