正直な気持ち
ザーザーと降る雨音で、グラシエラは目を覚ました。
(ここ……どこなの……?)
ズキズキと痛む腹部とぼんやりする頭で上手く思考が回らないグラシエラである。
薄暗い中、ここが粗末な小屋の中であることだけは理解出来た。
(えっと……エンリケ様とカフェを出て、小物屋に寄ろうとしたら……いきなり見知らぬ人達に囲まれて……)
グラシエラはゆっくりと今までの出来事を思い出す。
(つまり……私は誘拐されたってこと……?)
グラシエラはその答えに至った。
手足が縄で縛られていることにも、今ようやく気が付いたグラシエラである。
その時、小屋の扉がギギギッと開く。
やはり見知らぬ者達が入って来た。
「おや? 目が覚めていたのか」
「面倒なことになったな」
どちらも男の声である。
その不気味な声に、グラシエラはブルリと身震いをした。
(この人達は……誰なの……!?)
グラシエラの脳内に、警報が鳴り響く。
今すぐこの場から逃げなければならない。
グラシエラは本能的にそう感じた。
しかし、手足が縄で縛られているせいで上手く体を動かせない。
男達はグラシエラにじわじわと近付いて来る。
しかも、男達はナイフを持っていた。
「嫌……! 来ないで……!」
震える声でそう叫ぶグラシエラ。
しかし、男達は止まる様子はない。
(……アルヴァロ様……助けて!)
浅くなる呼吸。
上手く言葉が出なくなっていた。
思わずアルヴァロに縋ってしまう。
その時、勢いよく小屋の扉が開いた。
相変わらず雨の音が聞こえるが、外に光が小山に差し込む。
「グラシエラ嬢!」
そこにいたのは、アルヴァロだった。
「何だお前?」
「邪魔が入ったか」
見知らぬ男達は舌打ちをしてアルヴァロを睨む。
見知らぬ男達はアルヴァロに襲いかかったが、アルヴァロは息をするように避ける。
アルヴァロが見知らぬ男達に向ける視線は、今までで一番冷たいものであった。サファイアの目は、絶対零度よりも冷たい。グラシエラはそんなアルヴァロの目に、ゾクリとした。
そして、見知らぬ男達の腹部を拳で殴る。
見知らぬ男達は「ぐっ……!」とくぐもった声を出した。
更にアルヴァロは見知らぬ男達に追加攻撃を加え、見知らぬ男達を気絶させた。
「グラシエラ嬢、怪我はない?」
アルヴァロの優しい声。サファイアの目も、先程とは違い穏やかである。
「アルヴァロ様……!」
不安な中、目の前には会いたいと思っていた人の声と姿。
グラシエラのヘーゼルの目からは、ポロポロと涙が零れ落ちる。
アルヴァロはそんなグラシエラの涙をそっと優しく拭ってくれた。
「エンリケ殿から君が誘拐されたと聞いた時、肝を冷やしたよ」
アルヴァロはグラシエラの手足を縛っていた縄を切る。
ようやくグラシエラの手足は解放れた。
「アルヴァロ様……ありがとうございます」
「怪我は……ないみたいだね。……良かった」
アルヴァロは心底安心したような表情だった。
「……アルヴァロ様は……どうして私にそんなに優しいのですか? ……私達は、『王宮殺人事件』の真相が解明するまでの関係。偽の婚約者ですのに……」
グラシエラのヘーゼルの目からは再びポロポロと涙が零れ落ちる。
アルヴァロへが助けに来てくれて安心した気持ちと、抱いてはいけない恋心の苦しさでグラシエラの胸の中はぐちゃぐちゃになっていた。
「グラシエラ嬢……」
アルヴァロは切なそうな表情で、グラシエラをそっと抱きしめた。
「確かに、僕がその関係を持ちかけたね」
「エンリケ様にも、私との関係は偽の婚約者だと仰っておりましたね」
思わずグラシエラの口からその言葉が出ていた。
「……聞いていたのか」
アルヴァロの苦情混じりの声が聞こえた。
その声から、グラシエラが扉の向こうでアルヴァロとエンリケの話を聞いていたことに驚いていることが感じられた。
「……正直、君は僕なんかと一緒にいるよりも、エンリケ殿と一緒にいた方が楽しそうだったからね。君は僕なんかより、エンリケ殿の方がお似合いだと思ったんだ」
アルヴァロは、少し自信がなさそうな声だった。
「そんなことありません。私は……アルヴァロ様との時間が、何よりも大切でした」
「グラシエラ嬢……!」
グラシエラの体が、少しだけ解放された。
アルヴァロはサファイアの目を大きく見開いている。
「……僕もだよ。僕も、グラシエラ嬢との時間が、大切で、楽しみでもあった。一緒に過ごすうちに、君の存在が僕の中で大きくなっていたんだ。エンリケ殿と一緒にいる君が、明るい表情をしているのを見た時、嫉妬で狂いそうになっていたんだ」
「え……!?」
グラシエラはアルヴァロの言葉に、ヘーゼルの目を大きく見開いた。
アルヴァロが嘘をついているようには見えない。
きっとそれは、アルヴァロの本心なのだろう。
そう考えると、グラシエラの鼓動が速くなる。
(アルヴァロ様……それはまるで……!)
グラシエラの胸の中に、期待が生まれた。
「グラシエラ嬢、今まで君とは、『王宮殺人事件』の真相が解明するまでの、偽の婚約者同士だった。でも、この関係をやめようと思う」
アルヴァロのサファイアの目は、真っ直ぐグラシエラに向けられている。
アルヴァロはそのまま言葉を続ける。
「グラシエラ嬢、『王宮殺人事件』は関係ない。僕の正式な婚約者になって欲しいんだ。僕は……君を愛しているのだから」
アルヴァロの真っ直ぐ熱の込もった言葉が、グラシエラの胸の中にスッと染み込む。
甘く優しく、真っ直ぐなアルヴァロのサファイアの目から、グラシエラは目が離せなかった。
「アルヴァロ様……嬉しいです」
グラシエラはポツリとその言葉を漏らした。
「私も、アルヴァロ様を……愛しています」
ようやく話すことが出来たグラシエラの本音。
「グラシエラ嬢……!」
グラシエラは再びアルヴァロに抱きしてられた。先程よりも強く抱きしめられている。グラシエラはアルヴァロに身を委ねた。
いつの間にか、雨は止んでいた。
「やれやれ、君達、まずはこいつらを何とかするのが先じゃないか?」
若干呆れたような声が聞こえた。
「エンリケ様……」
「エンリケ殿……」
声の主はエンリケだった。
アルヴァロはそっとグラシエラを抱きしめた手を離す。
「グラシエラ嬢、すぐに助けられなくて申し訳なかった」
エンリケはガックリと肩を落としている様子だった。
「いえ、エンリケ様のせいではありませんから」
グラシエラは慌てて首を振った。
「……まあ、結果アルヴァロ殿と正直な気持ちを伝え合えたということか」
エンリケはフッと苦笑していた。
グラシエラとアルヴァロはお互い顔を見合わせながら、頬を赤く染める。
「とにかく、グラシエラ嬢を連れ去った連中を縛っておこう。話も聞きたいところだし。警吏に引き渡す必要もある」
「エンリケ殿、そうですね」
アルヴァロはエンリケの言葉に頷き、グラシエラを連れ去った者達を縄で縛るのであった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
「私も、アルヴァロ様を……愛しています」
グラシエラの言葉を聞いた瞬間、エンリケの中で何かがストンと落ちた。
(ああ……俺は、やっぱりグラシエラ嬢のことが好きだったんだな)
エンリケの脳裏に浮かぶのは、夜会で令嬢達に絡まれた時のグラシエラの姿。
怒りを抑え、上品な笑みで対応するグラシエラ。
その気高さに、いつの間にか惚れていたのだ。
しかし、目の前でアルヴァロと抱き合う姿を見て、自分が入る隙はないのだと確信した。
アルヴァロからグラシエラとの関係は『王宮殺人事件』の真相解明までの偽のものだと聞いてから、もしかしたら自分にもチャンスはあるのかもしれないと思っていたが、目の前の光景を見てしまったからにはもう諦めるしかない。
(グラシエラ嬢、お幸せに)
エンリケはフッとスッキリとした笑みを浮かべた後、小屋に入る。
「やれやれ、君達、まずはこいつらを何とかするのが先じゃないか?」
いつまでも抱き合ったままの二人に、呆れながらそう声をかけるエンリケであった。
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