アルヴァロの本心
(グラシエラ嬢……)
アルヴァロはこの日、グラシエラがマリャル侯爵家の王都の屋敷を後にしてから少し考え込んでいた。
ソファに深くもたれかかり、腕を組む。
(最近グラシエラ嬢から避けられている気がする……)
アルヴァロは深くため息をついた。
アルヴァロがグラシエラの存在を知ったのは、五年前の『王宮殺人事件』が起こってから間もない頃だった。
兄ペドロと浮気相手フロールを殺した犯人とされたマファルダ・アナマリア・デ・メゼネス。その妹グラシエラ。
結局自死したマファルダは冤罪だったが、世間的には犯人扱い。兄のペドロも王太子妃イゾルダを裏切った相手として誹謗中傷の嵐。
アルヴァロは当時まだグラシエラの名前だけしか知らなかった。しかし、自身と似たような境遇にあるグラシエラに、ほんの少しだけ親近感を抱くことがあった。
数年後、そんなグラシエラがマリャル侯爵家の王都の屋敷にやって来た。ペドロの情報から、真犯人を探し出す為に。
『マリャル侯爵家も音楽サロンとか開いて欲しいわね』
『そうね。でも多分無理だと思うわ。だって、若旦那様、そういったこと興味なさそうだもの』
『そうよね。それに、五年前に若旦那様のお兄様、ペドロ様が殺された事件あったじゃない』
『ああ、『王宮殺人事件』ね。あれ以降マリャル侯爵家って何か大変そうなのよね。あたし達はきちんと仕事があってお給金も貰えてるから良いけどさ』
『でもあの事件の犯人、自殺したんでしょ?』
『そうそう。確か、マファルダって人らしいわ。メゼネス伯爵家の令嬢だって聞いてたけど』
『マファルダがペドロ様に横恋慕して殺しちゃったんでしょ?』
『そうそう。ペドロ様も酷いわよね。婚約者がいるのに同じく殺されちゃったフロールっていう男爵令嬢に手を出すだけじゃなく、マファルダにもね』
『お貴族様の恋愛事情、怖いわ。大声じゃ言えないけれど、何股もかけていたペドロ様の自業自得感もあるわよね』
マリャル侯爵家の使用人達が好き勝手話していた際、グラシエラはひたすら怒りを堪えていたのを覚えている。
『あら? エラ、どうかしたの?』
『あ、もしかして『王宮殺人事件』の話が怖かった? そうよね。白い部屋が血の海になった事件と言われているものね』
使用人達にそう言われた時、グラシエラは上品な笑みを浮かべていたのを覚えている。
『いいえ、大丈夫でございます。お気遣い、ありがとうございます』
アルヴァロはまだこの時はマリャル侯爵家に潜入したエラがグラシエラだと確証は持てなかったが、改めて思い出してみるとこの時グラシエラはどれ程の怒りと悲しみを隠していたのだろうかと考えてしまう。
栗毛色の髪に着けてあるマファルダのローズクォーツの髪飾り。意志の強そうなヘーゼルの目。
本当に、彼女は一体どのくらい怒りと悲しさに耐えて来たのだろうか。
アルヴァロの胸の中はそのような思いでいっぱいだった。
そして、自身も『王宮殺人事件』の真相を知りたかったので、グラシエラに偽の婚約を持ちかけた。
『さて、グラシエラ・キアラ・デ・メゼネス嬢。僕は五年前の『王宮殺人事件』の真犯人、そして真相を知りたい。あの時、本当は何があったのか。その為に、君に協力して欲しい』
すると、グラシエラは戸惑いつつも頷いてくれた。
『アルヴァロ・ヴィトール・デ・マリャル様、私も同じ気持ちでございます。『王宮殺人事件』の真犯人を見つけ出して、何としてでもマファルダお姉様の無実を証明したいですわ。その為にも、貴方と協力いたします。偽の婚約、お受けいたしますわ』
アルヴァロに向けられた真っ直ぐなヘーゼルの目。この時アルヴァロは、少しだけグラシエラのヘーゼルの目に見惚れてしまっていた。
社交界でグラシエラに向けられる視線は予想通りのものだった。
アルヴァロも同じ視線を向けられたことがあるからこそ、グラシエラを守りたいと言う気持ちがあった。
『別に僕は、グラシエラ嬢がグラシエラ嬢だから婚約しただけです。お二方が思っているようなことはありませんので』
アルヴァロはそうグラシエラを庇ったが、果たしてグラシエラは庇われることを望んだのだろうかと改めて思うと少しだけ不安になってしまう。
しかし、グラシエラのほんの少し和らいだ表情を見てアルヴァロは安心するのであった。
その後、楽しそうにダンスをするグラシエラに、アルヴァロはどんどん心惹かれるのが分かった。
グラシエラは本来笑顔が似合う令嬢なのである。
グラシエラの笑顔を見ていたい、守りたいと言う気持ちがどんどん大きくなるアルヴァロ。
情報収集が上手くいかない時の息抜きに、グラシエラのヴァイオリンの演奏を聴いたり、共にボードゲームをした時には既にグラシエラのことを好きになっていた。
(グラシエラ嬢とは、『王宮殺人事件』の真相解明までの関係だ。いつまでも僕に縛り付けているわけにはいかない)
アルヴァロは必死にそう言い聞かせていた。
しかしそう思いつつも、王家主催の夜会でレアル伯爵の暴言でこれ以上アルヴァロを傷付けまいと動いてくれたグラシエラに対し、嬉しく思い余計に手放したくないと考えてしまったアルヴァロ。
グラシエラへの気持ちがどんどん積もっていく。
そんな中、エンリケが現れた。
グラシエラがエンリケとダンスをした際に見せた明るい表情。
それはアルヴァロといる時には見せてくれなかった表情である。
それを見たアルヴァロはショックを受けたと同時に、グラシエラにはエンリケのような明るいタイプがお似合いだと思うようになったのだ。
この日、グラシエラがエンリケと共にマリャル侯爵家の王都の屋敷を出た後、アルヴァロはそのまま自室のソファにもたれかかっていた。
(グラシエラ嬢とは、五年前の『王宮殺人事件』の真相が解明するまでの関係だと僕から契約を持ちかけた。それに、彼女はエンリケ殿と一緒にいた方が明るい表情になる。グラシエラ嬢からは、避けられた方が丁度良いじゃないか)
アルヴァロは、グラシエラに避けられるのは寂しいと思いつつも、必死にそう言い聞かせているのであった。
窓の外の空は先程まで晴れていたが、今はどんよりとした灰色の雲が広がっていた。
その時だ。
「アルヴァロ殿!」
自室の激しいノック音と共に、エンリケの慌てたような声が聞こえた。
「エンリケ殿……!?」
アルヴァロは帰ったはずのエンリケが再びマリャル侯爵家の王都の屋敷にいることに驚いた。
一体どういうことだろうか。アルヴァロの脳内にはクエスチョンマークでいっぱいだった。
自室の扉を開くと、血相を変えた様子のエンリケがいた。
「エンリケ殿、どうかしたのですか?」
「グラシエラ嬢が……グラシエラ嬢が……!」
「グラシエラ嬢に何かあったのですか?」
グラシエラの名前が出て来たのでアルヴァロは少し気が気でなくなる。
「誘拐された……! 俺が一緒にいながら、こんなことになって申し訳ない……!」
「何だって……!?」
エンリケからグラシエラが誘拐されたことを聞いたアルヴァロは、頭の中が真っ白になった。
外はポツリポツリと、雨が降り出していた。
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