すれ違いと……
「グラシエラ嬢、『王宮殺人事件』についての新たな情報だけど」
「アルヴァロ様、そういったことはエンリケ様にした方が有意義かと思います」
アルヴァロから『王宮殺人事件』の情報交換を求められたグラシエラだが、そう素っ気なく接してしまった。
「そうか……」
アルヴァロは相変わらずミステリアスな表情で、何を考えているのか分からない。
アルヴァロがエンリケに、グラシエラとの関係は『王宮殺人事件』の真相解明までのものだと言ったのを聞いて以降、グラシエラはアルヴァロと上手く接することが出来なくなっていたのだ。
(アルヴァロ様と私は、偽の婚約者。『王宮殺人事件』の真相が判明したら、この関係は終わるのだから)
グラシエラはそう自分に言い聞かせていた。
(恋心を抱いていたのは私だけ。アルヴァロ様は、私のことを何とも思っていない。だから、もう期待してはいけないわ)
グラシエラの胸の中には、虚しさが生まれていた。
マリャル侯爵家の王都の屋敷に飾られていたマリーゴールドは、少し元気がないようだった。
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「グラシエラ嬢、最近アルヴァロ殿と何かあったのかい?」
ある日、マリャル侯爵家の王都の屋敷を出る時、エンリケにそう話しかけられるグラシエラだ。
エンリケも丁度マリャル侯爵家の王都の屋敷を出るタイミングのようだ。
「エンリケ様……」
グラシエラはエンリケに目を向けて苦笑する。
(……そういえば、エンリケ様はアルヴァロ様と私が偽の婚約者同士だと知っているのよね。アルヴァロ様がこの前エンリケ様にそう仰っていたのだし)
ふとグラシエラはそのことを思い出した。
「……エンリケ様もご存じの通り、アルヴァロ様と私は偽の婚約者同士。『王宮殺人事件』の真相が解明するまでの関係ですから」
「おや……。ということは、もしかしてグラシエラ嬢は前にアルヴァロ殿と俺が話していたのを聞いていたと。盗み聞きは良くないぞ」
エンリケは明るくハハッと笑う。
その瞬間、グラシエラは一瞬しまったと思った。
「……扉の向こうから聞こえてきたのです」
グラシエラは開き直り、そう苦笑した。
「アルヴァロ殿は何を考えているのか読めないが、グラシエラ嬢はアルヴァロ殿との婚約をどう思っている?」
「それは……」
グラシエラは言葉に詰まる。
確かにアルヴァロに恋心を抱いている。
やはりアルヴァロから期間限定の関係と言われるのは辛いものがあった。
「ハハッ。野暮な質問だったな」
エンリケは再び明るく笑った。エンリケがグラシエラの本心に気付いているかは分からない。
「そうだ、グラシエラ嬢。せっかくだし一緒に王都の街を回らないか? 君とは是非とも親睦を深めたいと思っていたんだ」
エンリケはグイッとグラシエラの方に前のめりになり、そう誘って来た。
「えっと……」
グラシエラは驚いて思わず後ずさる。
(エンリケ様と……。確かに、エンリケ様とはあまり話をしたことがなかったわね。筆頭公爵令息であること以外、あまり知らないかもしれない)
改めて考えると、グラシエラは『王宮殺人事件』関係以外であまりエンリケと会話したことがなかった。
(アルヴァロ様以外の方とも話をしてみる必要があるかもしれないわね)
グラシエラはそう結論付けた。
「そうですわね。エンリケ様と王都を回る。良いかもしれません」
「おお、まさかOKがもらえるとは」
エンリケはアメジストの目を意外そうに丸くしていた。
「ではグラシエラ嬢、ブラガンサ公爵家の馬車で行こうか」
「はい」
グラシエラはエンリケから差し出された手を取り、ブラガンサ公爵家の馬車に乗り込むのであった。
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(これがブラガンサ公爵家の馬車……。座り心地が格別だわ……)
グラシエラはブラガンサ公爵家の馬車の椅子に何度も触れてはそう思うのである。
「グラシエラ嬢? どうしたのかな?」
「いえ、その……。やはり流石は筆頭公爵家の馬車だなと思いまして」
エンリケが不思議そうに首を傾げていたので、グラシエラはそう答えるのであった。
「そうか」
エンリケはハハッと白い歯を見せて明るく笑う。
その明るい笑みに、グラシエラも自然と表情が明るくなった。
(エンリケ様といると、不思議と気分が明るくなるわね)
グラシエラは窓の外に目を向けた。
グロートロップ王国の初夏は日差しがほんのりと眩しく、グラシエラは思わずヘーゼルの目を細めるのであった。
「グラシエラ嬢、せっかくだし、俺がたまに行くカフェに案内しよう。貴族御用達の人気店だが、俺が行けば予約なしで入れると思うだろうし」
「貴族御用達……」
思わずグラシエラは身構えた。
社交界などであまり良い思い出のないグラシエラ。
今まではあまり貴族の者達と会わないよう違う店に行っていた。
グラシエラは貴族御用達の店に行くのは実は初めてなのである。
「個室になるだろうから、グラシエラ嬢が思う程嫌なことは起こらないと思うぞ」
グラシエラの心の中を知っているのか知らないのかは分からないが、エンリケは相変わらず明るい笑みでそう言うのであった。
「それならば……行ってみますわ」
エンリケの答えに少しだけ安心し、グラシエラは頷いた。
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エンリケに連れられて、貴族御用達のカフェまでやって来たグラシエラ。
エンリケの言う通り、個室に案内されたのでグラシエラが貴族達から白い目で見られることはなかった。
そこは安心である。
しかし、建物の造りから上質で、天井のシャンデリアから、意匠の凝らされた壁には有名な絵師の絵画まで飾られており、グラシエラはこの上質過ぎる空間に緊張してしまった。
「グラシエラ嬢、何を頼む? このカフェは季節のフルーツタルトがおすすめだが」
グイッとやや前のめりになりながらメニューを見せてくれるエンリケである。
「そういえば、グラシエラ嬢は桃が好物だと言っていたな。桃のタルトが丁度今の時期だ。どうだろうか?」
「……でしたら、桃のタルトにします」
グラシエラはカフェの雰囲気に緊張しながらそう答えた。
しばらくすると、グラシエラとエンリケが注文したものが運ばれて来た。
「これがこのカフェのタルト……!」
グラシエラが注文した桃のタルトは、まるで芸術品のようだった。
どうやって食べようか迷ってしまう程である。
一方グラシエラの正面に座るエンリケは、芸術品のようなフルーツ盛りだくさんのタルトを慣れた手付きで上品に切り分ける。
王族にも匹敵するような品のある所作である。
いつも明るく笑うエンリケだが、やはりブラガンサ筆頭公爵家の令息なのである。
この場には誰もいないが、グラシエラはエンリケに恥をかかせないように必死に自身の所作にも気を付けていた。
そのせいか、目の前にある芸術品のような桃のタルトの味があまり分からなかった。
ふと脳裏に浮かぶのは、アルヴァロのミステリアスだが穏やかな笑顔。
(アルヴァロ様とは……隠れ家のようなカフェに一緒に行ったわね)
グラシエラはアルヴァロと王都を回った時のことを思い出した。
隠れ家的なカフェで、グラシエラは姉マファルダの好物であるエッグタルトを頼んだ。アルヴァロは、マファルダとの思い出を黙って聞いてくれた。
(駄目じゃない。アルヴァロ様とは、いずれ終わってしまう関係なのだから)
そう言い聞かせても、やはりグラシエラの頭の中からアルヴァロの姿は消えてくれない。
グラシエラに向けてくれた甘く少しミステリアスなサファイアの目。令嬢達から絡まれて噴水に突き落とされそうになった時に庇ってくれたこと。
アルヴァロとの出来事が、次々と流れて来る。
(……やっぱり、これ以上アルヴァロ様を好きにならないようにしようと思っても……無理だわ)
グラシエラはヘーゼルの目を伏せてため息をついた。
そんなグラシエラを、エンリケは黙って見つめているのであった。
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カフェを出たグラシエラとエンリケは、しばらく王都の街を歩くことにした。
アルヴァロのことを考えてしまい、心ここに在らずなグラシエラ。そんなグラシエラにエンリケは何度も話しかける。
「グラシエラ嬢、あの小物屋には海を挟んだ南の大陸の国々のものがたくさんある。せっかくだから見てみようじゃないか」
「……はい」
エンリケの高らかな声に、グラシエラはそう頷いた。
小物屋の方に歩くグラシエラ。
ぼんやりとしていたせいで、背後から不審な馬車が近付いて来ることに全く気が付かなかった。
「え……!?」
いざ小物屋に入ろうとした瞬間、グラシエラは不審な馬車から出て来た複数人に取り囲まれたかと思いきや、あっという間に不審な馬車に乗せられてしまう。
「グラシエラ嬢! ぐっ……!」
エンリケはグラシエラを助けようとしたが、グラシエラを取り囲んでいた一人に腹部を殴られた倒れてしまった。
「エンリケ様……! 一体何なの貴方達は!? あっ……!」
グラシエラは自身を連れ去ろうとしている者達をキッと睨むが、グラシエラも腹部を殴られて意識を失ってしまった。
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