二人の関係
「アルヴァロ様、大丈夫でございますか?」
アルヴァロが風邪を引いて以降、グラシエラは毎日マリャル侯爵家の王都の屋敷を訪れていた。
アルヴァロの看病をしているのだ。
(アルヴァロ様は気にしなくて良いと仰ってくださったけれど、アルヴァロ様の風邪は私のせいなのよね)
グラシエラは内心軽くため息をついた。
(一応メゼネス伯爵家の王都の屋敷で、風邪を引いたアルヴァロでも食べられそうなアイスクリームを作って見たけれど、アルヴァロ様のお口に合うかしら?)
グラシエラはチラリと持って来たバスケットに目を向けた。
アイスクリームは保冷箱に入れているので、まだ溶けてはいないだろう。
「ありがとう、グラシエラ嬢。何だか悪いね」
アルヴァロがそう言ったことで、グラシエラの視線はバスケットからアルヴァロに向く。
熱を出しているせいか、ほんのりと顔が赤いアルヴァロ。サファイアの目は、少しだけトロンとしている。やはりどことなく色気を感じ、グラシエラはドキリとしてしまう。
窓からは太陽光が差し込み、風でカーテンがゆらりと揺れた。
(私ったら、何を考えているのよ!? アルヴァロ様は病人なのよ!)
グラシエラは必死に余計な考えを振り払った。
「いえ。やっぱり放っておけませんから」
「ありがとう」
「……一旦窓を閉めますわね。恐らく部屋の換気は済んだと思われますし」
グラシエラは換気の為に開けてあった窓を閉めた。
「何か欲しいものなどはございますか?」
「うーん……。身の回りの世話は使用人達の仕事だし……」
アルヴァロは少し考え込む。
「グラシエラ嬢は……ただ僕の側にいてくれるだけで十分かな」
グラシエラから目をそらすアルヴァロ。
その言葉に、グラシエラはやはりドキリとしてしまう。
グラシエラは少し頬を赤く染めながら頷く。
「……承知いたしました」
「アルヴァロ様、風邪の時でも食べやすいアイスクリームを作って来たのですが、召し上がりますか?」
「アイスクリームか……!」
アルヴァロのサファイアの目が、少しだけ輝く。
「いつもより食欲はないけど、それなら食べられそうだ。いただくよ」
「承知いたしました。今お持ちいたしますね」
アルヴァロの答えに、グラシエラは少しだけホッと胸を撫で下ろした。
グラシエラが用意したのは、桃と牛乳を使用したアイスクリームだ。
金属の容器に桃と牛乳と砂糖を入れ、それを氷と塩が入ったバケツに入れてかき混ぜて作ったものである。
グロートロップ王国や近隣の国々の貴族の屋敷には、氷を保管する氷室があるのだ。
グラシエラの生家、メゼネス伯爵家も例外ではない。
「桃のアイスか。甘くて食べやすい」
アルヴァロはスプーンでアイスクリームを掬い、口に入れると表情を綻ばせた。
保冷箱の効果のおかげで、アイスクリームは溶けておらず、グラシエラはホッと安心する。
「お口に合って良かったです」
「まさかグラシエラ嬢の手作りアイスが食べられるとは思わなかったよ。風邪も引いてみるものだな」
「ご冗談を……」
アルヴァロの言葉にドキリとしつつ、そう返すグラシエラ。
アルヴァロは穏やかに笑っていた。
グラシエラもアイスクリームを一口食べてみる。
もったりとした桃の甘さと牛乳のまろやかさが絡み合っていた。
「それにしても、風邪を引くのは何年振りだろうか?」
アルヴァロは懐かしそうにサファイアの目を細めた。
「……幼い頃、風邪を引いた時はよく兄に側にいてもらった」
「アルヴァロ様のお兄様……ペドロ様ですね」
「ああ。僕が風邪を引いた時、兄は側で面白い話をしてくれた。そのお陰で、ベッドの上でも全然退屈しなくてね」
「左様でございましたか。……申し訳ございません。私はあまり面白い話は出来そうになくて」
グラシエラは肩をすくめた。
「いや、別にグラシエラ嬢に何か面白い話をして欲しいわけではないから」
アルヴァロはフッと口角を上げた。
「グラシエラ嬢は、体調を崩した時どうしていたんだい? 姉君であるマファルダ嬢は側にいてくれたりしたかい?」
「そうですわね……」
グラシエラは視線を右上に向け、思い出していた。
「そんな時もありましたわ。確かまだ五歳の頃でしたが」
グラシエラはマファルダの優しい笑みを思い出し、懐かしさが込み上げた。
「その時のこと、聞かせてくれないか?」
「ええ。マファルダお姉様は、熱を出した私の為に、果物を持って来てくださいました。丁度夏の時期でしたので、桃を」
「もしかして、それでグラシエラ嬢は桃が好物になったのかな?」
「……そうかもしれませんわね」
グラシエラは少し考え、ふふっと笑った。
確かに五歳の時に風邪を引いて以降、桃をよく食べるようになっていたのだ。
「桃のあの味とジューシーさ、そして、マファルダお姉様の優しさを思い出すから好物になったのかもしれません」
「そっか」
そう笑うアルヴァロは、どこか楽しそうだった。
「もしかして、桃のアイスを作ったのもグラシエラ嬢が食べたかったからとか?」
悪戯っぽく揶揄うような表情のアルヴァロ。
「そういうわけではありませんわ。私、そこまで食い意地が張っているわけではないですから」
そんなアルヴァロに、グラシエラは頬を赤く染めながらムッと言い返した。
アルヴァロはやはり楽しそうに笑っている。
アルヴァロの笑顔に、グラシエラも自然と口元が緩むのであった。
グラシエラはしばらくアルヴァロの話し相手になっていた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数日後。
アルヴァロの風邪は無事に完治した。
そのことに、グラシエラはホッと胸を撫で下ろした。
(アルヴァロ様、風邪が治って良かったわ)
グラシエラはこの日も五年前の『王宮殺人事件』に関する集めた情報について話し合う為に、マリャル侯爵家の王都の屋敷に向かっていた。
この日はエンリケもマリャル侯爵家の王都の屋敷にやって来るので、もしかしたら有力な情報が手に入るかもしれないと少しだけ期待が膨らむグラシエラである。
アルヴァロの部屋の扉をノックしようとしたが、中から話し声が聞こえて来たのでノックをしようとした手を下ろしたグラシエラ。
「アルヴァロ殿、グラシエラ嬢は凄いと思わないか?」
エンリケの凛として高らかな声である。
「エンリケ殿、いきなりどうしたのです?」
アルヴァロは少し戸惑っている様子だ。
「いや、この前の夜会でグラシエラ嬢が令嬢達に絡まれていた時、随分と嫌なことを言われていても笑顔で切り返していたんだ。その精神力は尊敬に値する」
(アルヴァロ様とエンリケ様、私の話をしているわ。……盗み聞きは良くないけれど……何だか気になるわね)
グラシエラはそっと聞き耳を立てた。
扉の向こう側から、アルヴァロとエンリケの会話が続く。
「グラシエラ嬢は、マリャル侯爵家の使用人の噂話で『王宮殺人事件』の話題になった時も怒りを抑えて笑顔で対応していましたよ。彼女が怒る時は……きっと傷付く誰かを守ろうとする時です」
アルヴァロの声は、どこか真っ直ぐで切なく聞こえた。
(アルヴァロ様……やっぱり私がマリャル侯爵家の王都の屋敷に潜入していた初期の頃を見ていたのね)
グラシエラは少し懐かしくなり口角を上げる。
(それに、王家主催の夜会ではアルヴァロ様に迷惑をかけたわね。レアル伯爵の暴言が酷くて……)
グラシエラはそのことも思い出し、苦笑した。
「そんなグラシエラ嬢が婚約者だなんて、正直俺は君が羨ましいかもしれないな」
ハハッと笑うエンリケ。しかしその声はどこか切ないように感じた。
「エンリケ殿には言っておきますが……」
アルヴァロはそう切り出す。
一体何を言うつもりなのかグラシエラも扉の内側の会話が気になった。
「グラシエラ嬢と僕は、正式な婚約者ではありません。僕達は、偽の婚約者同士。『王宮殺人事件』の真相が解明するまでの関係ですよ」
(え……!?)
扉の内側から聞こえたアルヴァロの言葉に、グラシエラの頭の中は真っ白になった。
分かってはいたが、アルヴァロに恋心を抱いてしまった分そう言われたショックは大きかった。
どうしてそんなことを今言ったのか、アルヴァロの声の様子からは、真意が全く分からない。
エンリケが戸惑ったように何か言っているような気がしたが、グラシエラの耳には全く入って来なかった。
廊下の窓の外から見える空は、灰色の雲に覆われていた。
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