再始動
五年前に起こった『王宮殺人事件』で、アルヴァロの兄ペドロが浮気相手のフロールと共に殺された。そして、グラシエラの姉マファルダが犯人扱いされた。
姉マファルダの無実を証明したいグラシエラと、五年前の事件の真相を知りたいアルヴァロ。二人の利害は一致し、周囲から情報を引き出す為に偽の婚約関係を結んだ。
その後、王宮図書館で『王宮殺人事件』を調べようとした。そこでアルヴァロの兄ペドロの元婚約者で現王太子妃イゾルダの父親であるレアル伯爵が、『王宮殺人事件』の資料を破いているところを目撃したグラシエラとアルヴァロ。レアル伯爵が五年前の『王宮殺人事件』に関連がある可能性が浮上し、グラシエラとアルヴァロはレアル伯爵家を調べようとした。
そしてアヴィス王家主催の夜会でレアル伯爵と接触。しかしレアル伯爵があまりにも酷い言葉でアルヴァロの兄ペドロを侮辱したことで、グラシエラは我慢ならず激怒してしまう。レアル伯爵が王宮図書館で『王宮殺人事件』に関する資料を破いていた件を問い詰めてみると、見事にはぐらかされた上、王太子ベルナルドからレアル伯爵にはアリバイがあると言われてしまったのだ。
レアル伯爵と王太子ベルナルドから追い詰められたグラシエラとアルヴァロ。罰せられそうになったところに現れたのは、王太子妃イゾルダ。イゾルダのお陰でグラシエラとアルヴァロは罰を受けずに済んだ。しかしイゾルダの『これは私のわがままであることは十分承知しているわ。でも、私はただ穏やかに暮らしたいの。五年前のことは色々とショックだったから……思い出したくないのよ。でも、マファルダ様やペドロのことを考えるお二方からしたら、きっと許せないのよね。私が我慢すれば良いのよね……』という言葉によりグロートロップ王国の社交界全体はイゾルダに同情的になり、グラシエラとアルヴァロを責め立てる空気になってしまった。
グラシエラとアルヴァロにとって社交界は余計に針の筵となってなってしまう。そんな中の夜会で、二人はブローチを盗んだ濡れ衣を着せられた。そこへ現れたのが、ブラガンサ筆頭公爵家長男のエンリケ。彼はグラシエラとアルヴァロの味方になってくれたのだ。
こうして、エンリケを味方に引き入れたグラシエラとアルヴァロは、改めて五年前の『王宮殺人事件』について調べるのであった。
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再び王宮図書館にやって来たグラシエラとアルヴァロ。エンリケは別の観点から事件について調べるのでここにはいない。グラシエラとアルヴァロは二人きりである。
(改めて、まだまだ読んでおくべき資料がたくさんあるわ。レアル伯爵に破られていたとしても、情報はかなり入りそうね)
グラシエラは何としてでも姉マファルダの無実を証明しようと意気込み、分厚い資料を熱心に読んではメモをしている。
集中して資料を読み、グラシエラはまた次の資料を取りに行こうとする。
チラリと正面に座るアルヴァロに目を向けると、丁度アルヴァロも資料を読み終えたところのようだった。
アルヴァロはパタンと資料を閉じる。
「グラシエラ嬢、君も新しい資料を取りに行くのかい?」
「ええ。アルヴァロ様もですか?」
「まあね」
アルヴァロはフッと表情を和らげて椅子から立ち上がる。
王宮図書館のシャンデリアが、アルヴァロのブロンドの髪を照らしている。
いつもよりもアルヴァロのブロンドの髪が艶やかに感じるグラシエラだった。
「この辺りの資料は……まだ探していませんでしたわね」
「ああ、そうだね」
グラシエラとアルヴァロは『王宮殺人事件』の資料がまとめられた部屋の隅にある本棚を見ていた。
グラシエラは本棚に手を伸ばす。本棚の端から持てるだけの資料を取り出した。
「グラシエラ嬢、そんなに持てるかい?」
「問題ありません」
少し心配そうな表情のアルヴァロ。グラシエラは涼しい表情である。
数冊くらいは軽々と持てるのだ。
(アルヴァロ様……心配してくださったのね)
アルヴァロの気遣いに、グラシエラは少しだけ口角を上げる。頬は、ほんのりと赤く染まっていた。
その時、グラシエラが抱えいた一番上の資料がバサッと床に落ちる。
グラシエラは抱えていた資料を一旦床に置き、落ちた資料を拾おうとした。
その時、グラシエラの資料に伸ばした手は、大きく温かい手に包まれた。
(え……!?)
一瞬、何が起こったのか分からなかったグラシエラ。数秒が経過し、ようやく自身の手がアルヴァロの手と重なっていることを理解した。
(アルヴァロ様の手が……!)
グラシエラの体温が一気に上昇する。グラシエラはアルヴァロから目をそらした。自分でも顔が赤く、熱くなっていることが分かる。そんな状態で、アルヴァロのことをまともに見ることが出来ない。
「あ……すまない、グラシエラ嬢」
アルヴァロの少し申し訳なさそうな、戸惑ったような声が聞こえた。
アルヴァロの手は、ゆっくりとグラシエラの手の上から離れる。
グラシエラはそれがほんの少し名残惜しく感じてしまった。
「いえ……」
グラシエラはそう答えるのが精一杯だった。
恐る恐るアルヴァロの方に目を向ける。
アルヴァロは、心なしかほんのりと頬が赤くなっているような気がした。しかし、ミステリアスな表情なので何を考えているのかは全く分からない。
「……とにかく、『王宮殺人事件』のことを調べましょう。真犯人に関する情報も欲しいですし」
グラシエラは心臓をバクバクさせながらもそう切り替えた。
そして、なるべくアルヴァロの方を見ないようにして席に戻る。
(私……何だかおかしいわ。アルヴァロ様のことが気になってしまうし……)
グラシエラは必死に平然を装うが、頭の中がアルヴァロのことでいっぱいになる。
心なしか、王宮図書館のシャンデリアが眩しく感じた。
(アルヴァロ様とは、『王宮殺人事件』の真犯人や真相が判明するまでの偽の婚約関係なのよ)
グラシエラはため息をつき、必死にそう言い聞かせるのであった。
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「かなり調べてみたものの……」
「真相や真犯人に繋がる決定的な情報はありませんでしたね」
必死に読める限りの資料の隅々まで読んでみたが、『王宮殺人事件』の真相などに関する情報はなかった。
グラシエラは少し肩を落としていた。
「レアル伯爵の破いた情報の中にあるのか……」
アルヴァロは腕を組み、険しい表情をしていた。
「そうなると、レアル伯爵家に潜入する必要がありますね。でも、レアル伯爵は破り取った情報を処分した可能性が高いですし……」
グラシエラもアルヴァロと同様、腕を組み険しい表情になる。
『実の姉の無実を信じたい気持ちは分かるが、世間の声が真実だろう。ああでも、私は君の姉マファルダに感謝しているんだよ』
『ペドロは死ぬべき人間だったのだ! いや、私の大切な娘を邪険に扱う奴など人間ではない! 害虫以下の存在だ! 害虫以下のペドロに人権なんて必要ないだろう!』
『ペドロと言う碌でなしは生まれてくるべきではなかったのかもしれないな! その弟アルヴァロも、果たして本性はどういったものなのかな!?』
『マファルダの妹、君は確かグラシエラと言ったかな。君も気をつけたらどうだ? アルヴァロもペドロ同様浮気をする碌でなしかもしれないぞ。それとも、ペドロ同様アルヴァロも浮気相手の誰かに殺されて自身はもっと上の身分の存在との結婚を目論んでいるのか? 私の娘と同じように上手くいく可能性は低いと思うが』
王家主催の夜会でのレアル伯爵の言葉を思い出し、グラシエラは唇を噛み締め拳に力が入る。
レアル伯爵の下品で醜悪な物言いにはらわたが煮え繰り返るグラシエラだ。
「グラシエラ嬢」
アルヴァロの声により、グラシエラはハッと我に返る。
アルヴァロは穏やかな声で、表情も先程とは違い穏やかなものである。
「今日は一旦ここまでにしよう。この後、王都を一緒に回ろうか」
「え? 王都をですか? それに……」アルヴァロ様と一緒に……」
グラシエラの鼓動が速くなる。
「ああ。グラシエラ嬢は今の様子でメゼネス伯爵家の王都の屋敷に帰っても、気分が悪いだけだろう」
アルヴァロはフッと優しげな笑みをグラシエラに向けている。
レアル伯爵の言葉を思い出して苛立っているグラシエラに気付いていたようだ。
(アルヴァロ様は……私の為に提案してくださったのよね)
そこまで気付いてくれていたことに、グラシエラは恥ずかしくなり頬を赤く染めたが、嬉しさもあった。
王宮図書館の窓から入る日差しは、優しく暖かかった。
「ありがとうございます、アルヴァロ様」
グラシエラは少しだけアルヴァロから視線をそらして頷くのであった。
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