ブラガンサ公爵家のこと、王家のこと
「まさかブラガンサ筆頭公爵家の方にご協力いただけるとは……!」
エンリケが五年前の『王宮殺人事件』の真相解明に協力してくれるという事実に、グラシエラは放心していた。
しかし、心強い味方であることは確かである。
「ですが……」
グラシエラは少しだけ言いにくそうに口籠る。
「グラシエラ嬢?」
アルヴァロは不思議そうにグラシエラに目を向ける。
「実は私、あまりブラガンサ公爵家のことを分かっていなくて……。えっと、筆頭公爵家で、アヴィス王家に万が一のことがあった場合に王位継承権が与えられることは知っているのですが」
グラシエラは少し恥ずかしくなりながら俯いた。
(五年前の『王宮殺人事件』以降、グラシエラお姉様の無実を証明することばかりに集中していたから、グロートロップ王国の貴族のことをあまり知らないのよね……)
淑女教育などよりも、グラシエラの無実を証明することを優先していたので、今になってグラシエラは己の無知さを恥じていた。
「グラシエラ嬢、そのくらいの知識があれば大丈夫だ。我がブラガンサ公爵家についてはそれで合っている」
エンリケは明るい表情である。
「ありがとうございます」
グラシエラは少しだけホッとして胸を撫で下ろした。
「ですが、マファルダお姉様の無実を証明することばかりに集中していたので、今更ながら、私は国内のことに関して無知であるなと思いました。アヴィス王家のことも、そう言えばあまり知らないので……」
「その辺は僕が知っているから、グラシエラ嬢に教えることは出来る」
アルヴァロはグラシエラに柔らかな表情を向けた。サファイアの目も、グラシエラに優しく向けられている。
そんなアルヴァロに、グラシエラの体温は少し上昇したような気がした。
「王家については少し複雑な事情があるからな……」
エンリケは腕を組み、ソファに深く腰掛けた。
「複雑な事情……と言いますと?」
グラシエラは不思議に思い首を傾げる。
「そうだな、まず、王太子ベルナルド殿下が実は第二王子ということは知っているか?」
エンリケの言葉にグラシエラはヘーゼルの目を丸くする。
「第二王子……? ベルナルド殿下は王太子という立場だから、第一王子ではないのですか?」
グロートロップ王国では通常、長男が王位や家の爵位を引き継ぐことになる。
グラシエラはその知識を元に、当然ながらベルナルドはアヴィス王家の長男、すなわち第一王子であると考えていたのだ。
ふと隣のアルヴァロを見ると、彼は知っているかのような表情だった。
「アルヴァロ様は、ご存じだったのですか?」
グラシエラが聞いてみると、アルヴァロは「まあね」と頷いた。
「でも、グラシエラ嬢のようにベルナルド殿下が第一王子だと思っている人は多い」
アルヴァロはグラシエラをフォローするように微笑んだ。
嬉しいような、恥ずかしいような気分になるグラシエラ。思わずアルヴァロから目をそらすのであった。
その後、エンリケがアヴィス王家について説明を始めた。
「アヴィス王家には、ベルナルド殿下の上に第一王子ドゥアルテ殿下。そしてベルナルド殿下の下に第三王子パウロ殿下がいる」
「ドゥアルテ殿下とパウロ殿下……」
グラシエラは初めて聞く名前にヘーゼルの目を丸くした。
「確かドゥアルテ殿下とパウロ殿下は、公の場に姿を見せたことがありませんでしたよね」
アルヴァロはサファイアの目を右斜め上にやり、思い出すかのような口調である。
「その通りだ。アヴィス王家は血が近い者同士での婚姻を繰り返していたから、現国王であられるカルロス陛下のお子は奇形児が多くなってしまった。血が近しい者同士だと、生まれる子にそういった特徴が現れるらしい」
「奇形児が……」
グラシエラは相変わらずヘーゼルの目を丸くしている。
「カルロス国王陛下のお子の中で、唯一健康に育ったのがベルナルド殿下だけだった。ドゥアルテ殿下とパウロ殿下は、残念ながら奇形児だったらしい」
「だから公の場に姿を現さないのですね」
アルヴァロが言っていたことを思い出し、納得するグラシエラである。
「その通り。カルロス国王陛下は唯一健康に生まれ育ったベルナルド殿下を王太子、すなわち次期国王に任意した。陛下はベルナルドよりも下の代にも奇形児が生まれることを恐れたらしく、アヴィス王家と血の繋がりがほとんどないレアル伯爵家の令嬢をベルナルド殿下の妃に迎えたようだ。それがイゾルダ王太子妃殿下だが……」
エンリケはチラリとアルヴァロに目を向ける。
「確かにイゾルダ王太子妃殿下は兄ペドロの婚約者でしたが、気にしていませんよ」
アルヴァロはフッと苦笑した。
どうやらエンリケがペドロ関連のことを気にしているのかもしれないと気を遣ってくれたようであった。
「そうか」
エンリケは少しだけホッとしたような表情だった。
「まあ、イゾルダ王太子妃殿下は七年前、疫病が蔓延した時、特効薬やワクチンの入手ルートを確立した実績がある。アヴィス王家はそんな優秀な彼女を引き入れたかったのだろう」
エンリケはソファにもたれかかったまま、アメジストの目を天井に向けた。
「アヴィス王家にはそのようなことがあったのですね」
初めて聞くことばかりだったので、グラシエラはただ驚くばかりである。
(でも……)
グラシエラは王家主催の夜会を思い出し、表情を曇らせる。
『これは私のわがままであることは十分承知しているわ。でも、私はただ穏やかに暮らしたいの。五年前のことは色々とショックだったから……思い出したくないのよ。でも、マファルダ様やペドロのことを考えるお二方からしたら、きっと許せないのよね。私が我慢すれば良いのよね……』
王太子妃イゾルダがそう目を潤ませて言った。
それにより周囲はイゾルダに同情的になり、グラシエラとアルヴァロを責める空気になったのだ。
(イゾルダ王太子妃殿下……王家に認められるがあるのは確かだけど……好ましいとは思えないのよね……)
グラシエラは王太子妃に少しだけ嫌悪感を抱いてしまうのであった。
客間にあった燭台の蝋燭の火が、一つ消えていた。
「ベルナルド王太子殿下とイゾルダ王太子妃殿下か……」
アルヴァロは腕を組み、考える素振りをする。何やら難しそうな表情になっていた。
(ベルナルド王太子殿下とイゾルダ王太子妃、この前の夜会のことで、確かに色々と思うところはあるわね)
グラシエラは軽くため息をつく。
レアル伯爵と一緒にニサップ王国との国境付近にいたと証言したベルナルド。
明らかに信じられる言葉ではない。
何故ベルナルドがそのようなことを言ったのか。
色々と謎が残っていた。
「どうしてベルナルド殿下は、この前の夜会であんなことを……?」
グラシエラはポツリとそう呟いた。
「ん? グラシエラ嬢、あんなこと、とは?」
エンリケはグラシエラの方に身を乗り出し、アメジストの目を丸くした。
「実は……」
今度はアルヴァロがこの前の王家主催の夜会で起こったことを話した。
「それは不可解だな……」
アルヴァロの話を聞くと、エンリケは再びソファに深くもたれかかり、考える素振りをした。
「君達は確かにレアル伯爵が王宮図書館で五年前の事件の資料を破いているところを見た。でもベルナルド殿下はレアル伯爵がその時には自分と一緒にニサップ王国との国境付近にいたと」
「私も納得出来なくて……」
グラシエラはその時のことを思い出し、拳をギュッと握りしめる。
レアル伯爵が酷い言葉でアルヴァロの兄ペドロを侮辱し、アルヴァロを傷付けたのだ。
グラシエラの中に、許せないという感情が蘇る。
(レアル伯爵……一体どういうつもりなのかしら? 事件に関わりがある可能性は高いわね。やっぱり何としてでも、真相を解明しないといけないわ。マファルダお姉様の無実も、それで証明出来るのだから!)
グラシエラのヘーゼルの目は、真っ直ぐであるが怒りにも染まっていた。
「とにかく、君達二人は立場上今までのようには難しいかもしれないが、『王宮殺人事件』の調査を進めてくれ。俺も、独自のルートで色々と調べてみる」
エンリケは凛々しい声であった。
頼もしそうな表情であり、グラシエラとアルヴァロは少しだけ表情を緩めるのであった。
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ちなみにエンリケは過去作『ゴミ箱がないと困るのだけど……』に登場するテルマの甥でもあります。
『ゴミ箱がないと困るのだけど……』
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